三章 新時代 2—2



 猛の言ったとおりだ。

 国造りは順調に進んだ。

 もともと、平原の近くには、かつてそこで農業を営んでいた者たちが隠れ住んでいた。開拓し、水路を整備した農地を渡しさえすれば、あとは自力でうまくやってくれた。


 それに、出雲人の内向的で争いを好まない性質も利点にまわった。血気盛んなお国柄では、きっと、こうもトントン拍子には進まなかったろう。


 開拓村には常時三十人くらいの戦闘員が、不二村から配備された。土地の管理と自衛のために。それさえ必要ないくらい平穏に進んだ。

 いずれ土地が不足してくれば、利権をめぐる争いも起こるだろう。でも今のところ、土地はまだまだある。足りないのは人間だ。


 開拓村の人口が二百を越えたあたりで、猛が言いだした。


「古代人のコミューンってさ。百人前後だったんだってさ。人間が顔と名前を一致して記憶できるのが、平均して、それぐらいだから。それ以上になると、コミュニケーション不足で争いが芽生える。で、ここらで奥の手を使いたい」


 夕食の席。猛が言いだしたとき、蘭はイヤな予感がした。


「そういえば、猛さんって、けっこう人使いが荒いんでしたよね……」

「なに言ってんだ。蘭。人には、それぞれ得意分野ってあるだろ。才能は使わなきゃだぞ」

「やっぱり、僕に何かさせる気なんだ」


「危険なことは、私が許しませんよ」と、水魚。


 猛はその水魚に、ドンブリみたいな大きな茶碗をさしだす。おかわり三ばいめだ。あいかわらず、よく食う。


「わかってるって。蘭には、ただ立っててもらうだけでいい。二百人って言ってもさ。もともと一つじゃない。小さなコミューンの寄せ集めだ。どうしても、もとのコミューンにわかれて暮らすだろ。今んとこ、それで、うまくいってる。が、ここらで一発、ぐっと親交を深めたい。それには仲間意識が一番だ。それでな。全員で集まる日をもうけといた。建前、みんなで開拓村の名前を決めようって」


「僕に、いつもの村祭りみたいなことさせようっていうの? 歌って、おどって、『イェーイ、みんな、のってるかーい』とか? あれ、けっこう恥ずかしいんですけど」

「歌はいいね。心が一つになる。でも、一番は宗教なんだ」

「宗教ねえ」


 というわけで、蘭は開拓村へ行くことになった。そのときには特別な衣装を着て。専属デザイナーの赤城の出番だ。


「蘭をできるだけ神秘的に、そして御子らしく見えるようにしてくれ。材料は好きなだけ使ってくれていいから」


 猛から一任された赤城は大喜びだ。


「蘭。いよいよ、君が御子として世界にデビューする日が来たんだね。その衣装を手がけることができるなんて。腕が鳴るなあ」


 赤城は蘭たちと知りあったとき、三十代だった。今では六十だ。白髪は増えたが、それほど見ためは変わらない。


 ただ、両足は使えなくなった。ヘルの後遺症だ。薫と同様、蘭の血清を受けられない体質だったのだ。

 しかたなく、蘭ではなく、もっと御子の血の薄い村人の血液を輸血された。そのため、ヘル感染後、命は助かったものの、足が奇形化してしまった。いつも車椅子に乗り、ひざにストールをかけている。


「秀也さんの服って、僕に似合うんですよね。体のラインがきれいに見えるし」


 蘭が赤城を下の名前で呼ぶようになったのは、きっと、そのせいなんだと思う。せめてもの罪滅ぼしのような気持ち。


「なにしろ、材料にかぎりがあるからね。綿や絹は村で生産できるから、まだいいんだが。こんなことなら、パンデミック前に、大量に買っとくんだったなあ。プラスチックのボタンとか、化学繊維とか、ウールとかね」


 どれもこれも、今では入手困難な材料だ。


「少ない資源のなかで、秀也さんは、いつも最高の仕事をしてくれてますよ。ありがとう」


 蘭は秀也の頰にキスをした。秀也は悲しげに目をふせる。


「蘭。僕には、そんなに気をつかわないでくれ。僕は君が御子だから、お仕えしてるわけじゃない」


 蘭は軽率なふるまいを恥じた。

 御子として特別あつかいされてるうちに、高飛車になってたのかもしれない。


「ごめんなさい。秀也さん。あなたは僕の友達だ。昔も、今も」


 秀也の蘭への思いは、ただの友情ではないものがまじっている。そのことは蘭も知っていた。

 だからこそ、秀也は蘭の御子としてのふるまいを嫌ったのだ。村人と同一視されるのに抵抗があったんだろう。


「あやまることはないさ。理由はどうあれ、君のキスは歓迎だ。さあ、イベント用のデザインを見てもらおう。これでよければ、今日中に仮縫いしとく。最高級の絹をふんだんに使うからね」


 秀也のアトリエ兼住居は、研究所の宿舎にある。そのほうが車椅子の秀也には暮らしやすい。


 ロビーで蘭を出迎えた秀也は、アトリエへ移動しようとした。

 車椅子の車輪に手をかける。

 そのとき、秀也はうっかり、ストールを床に落としてしまった。

 なにげなく、ひろおうとした蘭に、


「見るなッ——こっちを見るな!」

 秀也が叫ぶ。


 その声の激しさに、蘭は硬直した。


「蘭、君には見られたくない。そのまま目をとじて、背中を向けて」


 蘭は言われたとおりにした。背を向けたまま、ストールをさしだす。


「ありがとう。すまなかったね。もういいよ」


 言われて、ふりむいたときには、いつもどおりのオシャレで紳士的な秀也に戻っていた。それだけに、さきほどの豹変ぶりは印象に残った。


(そんなに……ひどいのか。足。僕は見たことないけど)


 悪いことをしてしまった。

 秀也は外見にこだわる人だ。

 だから、なおさら、つらいだろう。奇形をあこがれの蘭にさらすなんて、あってはならないことだ。


 蘭は何事もなかったふりして、秀也の車椅子を押していった。

 しかし、このことは、蘭の記憶に深く刻みこまれた。


 そんなことはあったが、猛の計画は滞りなく進んでいった。


 そして当日、蘭はワンボックスカーに乗せられ、開拓村へ向かった。


 五月晴れの青空のもと、ススキ野はみごとな水田に変わっていた。ジャガイモやサツマイモの葉の緑。すくすく天をめざすトウモロコシ。

 種もみに限りがあるので、農地の八割は野菜畑だ。そのうち、じょじょに稲田に変えていく予定。

 田畑をかこむ鳴子のなわ。カカシも立ってる。要所には対人用の防壁や防衛戦。


 その中央に二千人は集結できる広場がある。広場のまわりには、丸太で造ったログハウス。まだ家屋の数は少ない。


 それでも、りっぱな村だ。

 これがあの放置されていた荒野と同じ場所だとは、とても思えない。


 人間って、くだらないことで争ったりもするけど、力をあわせれば、なんでもできるんだなと、あらためて思う。

 その『力をあわせる』ことが、難しいのだが。


(だからって、僕にこんなカッコさせなくても……)


 蘭を乗せたワンボックスカーは、広場のすみで止まった。


「じゃ、蘭はここで水魚と待ってろよ」と言って、猛は出ていく。


 今回は巫子の水魚も同行している。

 水魚は、いつもどおり、白い着物に黒い帯、黒の羽織。

 水魚自身が陶器でできた日本人形みたいに美しいので、蘭の神秘性にハクがつくと、猛は考えている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る