幸せにすること
宮瀬直
プロローグ
天国の扉へと続くこの空間は、真っ白です。
ここには植物も建物もなにもありません。空もないので、朝なのか夜なのかもわかりません。
そんな白しかない空間で、わたくしは毎日、死者を迎えます。
天の使いとして、ここから天国の扉まで死者を案内する――それがわたくしの長年の仕事です。
ここから天国の扉まで約十五分。その道すがら、亡くなった方の生前のお話を聞くことが、わたくしの楽しみでした。幸せなお話を聞くと、わたくしも幸せになりますし、ちょっとつらいお話は、わたくしも胸が痛みます。
ですが、それがたとえどんなお話でも、その人がしっかりと自分の人生を歩んだということがわかると、わたくしはとても安心するのです。
今日もひとり、交通事故で亡くなった少年がやってきました。
名前を
高校一年、明日から夏休みに突入するというその日、彼はゲームのために帰路を急いでいたところを大型トラックに轢かれました。即死でした。
天国へと案内する途中、わたくしはいつものように生前のお話を聞こうとしました。
しかし、彼の口から出た言葉は、わたくしが求めていたようなものではなかったのです。
それどころか彼は、自分が死んだという事実を気にも留めないそぶりで、こう言います。
「あっちの世界ではゲーム、できるんですかね」
その言葉を聞いて、わたくしは天国へ向かう足をピタリと止めました。彼の現世に未練のないその言葉が、態度が、わたくしの怒りの導火線に火を点けたのです。
「
わたくしの言葉に、少年が一瞬、
「別に不憫でも何でもいいですから。さっさと天国に連れて行ってくださいよ」
そのひとことで、わたくしは彼を天国へ案内したくなくなりました。それまで軽く握っていたはずの両手は、いつの間にか怒りでぶるぶると震えています。
わたくしは、自分の人生に何の思い入れもない人が大嫌いなのです。
「貴方を天国に案内することは、できません」
少年は「は?」と不安そうに聞き返しますが、わたくしの気持ちはもう変わりません。
いちおう天国にも寿命というものが存在します。それがどのくらいの長さであるかは人それぞれですが、それを全うして初めて生まれ変わりの手続きがなされるのです。
わたくしは心配でした。長年の勘ですが、彼がこのまま寿命を全うして生まれ変わったとしても、なにも変わらないのでは? と危惧したのです。
だからわたくしは、ひとつ、リスクを犯すことにしました。
「貴方が望むなら、一度だけ生き返らせることも可能です」
わたくしの言葉に、少年がここに来て初めて明るい表情をしました。彼も生きること自体は嬉しいようです。それは、わたくしにとっても救いでした。
「ただし、条件があります。……」
そう言って少年の額に人差し指を立てると、彼はもう目を開けることも話すこともできません。
「……以上です。その条件をクリアできたら、あの日、貴方が死ぬ未来は無くなるでしょう」
動かなくなった少年(動けなくなったという方が正しいでしょうか)に語りかけます。
「三つ数えます。次に目が覚めた時、貴方は過去にいるでしょう。ワン、ツー……」
少年の額に当てた人差し指に力を込めました。
「スリー」
その瞬間、少年の身体は真っ白な光に包まれました。わたくしは光となった少年を静かに見送ります。
「わたくしは、いつでも近くで貴方を監視していますからね」
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