「連合国軍の修行」(後編)


 時刻は夜。場所は深い森。音も光もないこの空間は、ある少女の修行場所となっている。

 

 「.........」


 少女...高園縁佳たかぞのよりかは瞑目したまま弓を構えて弦を引く。キリキリと弓を引く音だけが響く、それ以外の音は一切無い。

 無音に近い暗闇の中、彼女は刮目と同時に矢を放つ。ヒュンと音を立てて矢は森を駆けそして―――


 ドス―――ッ


 正確無比ダミー人形の頭部を射抜いた...。

 だが縁佳はその神業を誇ることをしないまま次の矢を弓にかけて射出態勢に入る。


 「堂丸君、お願い」


 縁佳がそう言うと遠く離れたどこかから銃か何かを構える音がして、その数秒後に発砲が響いた。

 発砲音と同時に縁佳は矢を放つ。狙いはさっきのようなダミー人形...ではなく、射出の直前に耳にした発砲音のところ...でもなく、発砲によって放たれた、どこへ放たれたのか分からない射出物を―――


 ―――カィン......ッ

  

 ダミー人形と同様に射抜き、撃ち落としてみせた...。


 「.........っ、ふぅ......」


 先の狙撃を終えた縁佳は肩の力を抜いてその場でへたり込む。長く深呼吸をして呼吸を整える。しばらくして縁佳のもとに彼女の仲間が二人やって来る。


 「すっげぇな高園!全部正確に射抜いたよな。数十発全部命中だったもんなー。スゲーよマジで...!」


 縁佳をベタ褒めするのは堂丸勇也《どうまる

ゆうや》。


 「お疲れ様縁佳ちゃん。はいタオル」


 縁佳を労ってタオルを渡したのは米田小夜よねださや

 彼ら三人ともこの世界とは違う世界...日本から来た高校生である。現在、米田と堂丸が縁佳の修行に付き合っているという構図だ。

 全50回にわたる狙撃を行い、縁佳は全て的を射ることに成功している。米田の魔術で作った動かないダミー人形と堂丸のガンで撃った弾を的にしてだ。しかもこの暗闇の中で。堂丸に至っては彼がどこにいるのか分からない場所からの砲撃を射るわけで、いわば死角から放たれた高速の見えない弾を射抜いたということになる。堂丸が個人的感情抜きにしてもベタ褒めするのは当然のことと言える。


 しかし、そんな神業レベルの狙撃は当然容易ではない。狙撃の強力な固有技能「鷹の眼」の長時間の発動はそれなりに負荷をかける。「千発千中」というこれも強力な固有技能もあるとはいえ、超精密狙撃は狙撃手に多大な負荷をかけている。

 事実今の縁佳はだいぶ疲弊している。縁佳の体力はこの三人の中では高い方に位置しているがそれでもこの疲労度である。そして縁佳はそんな今の自分の現状を良しとはしていない。


 次の戦い...災害レベルのモンストールの何倍も強いと言われている魔人族との戦いで、50回の狙撃で疲弊しているようでは自分は殺されると縁佳は予感している。

 彼女は魔人族の脅威については伝聞でしか知らない。堂丸と米田、残りの仲間...同じクラスメイトの二人も魔人族の脅威についてはまだ理解しきれていない状況だ。


 「まだまだこんなんじゃ...喜んでられないよ。次はもっとたくさん続けられるようにしなきゃ...。威力ももっと上げて...Sランクのモンストールもすぐに倒せるくらいに...」


 今の狙撃を誇るどころかまだまだと自身を戒める縁佳を、二人は感心する。


 「お、俺も...高園くらいに励まねーとな!高園ばかりに負担かけさせないように!なぁ米田、俺らももっと強くなろーぜ!」

 「うん......そうだよね。縁佳ちゃんと一緒に、私も戦って...これ以上仲間が死ななくていいようにしたいし...」


 米田の言葉に二人とも押し黙る。異世界召喚でここに来た彼ら高校生は、この三人とのこりの二人だけではなかった。かつて高校生クラスは35人いた。だがそのうち30人は召喚かれてから約一月以内に死んでしまった。

 しかし、真実は...死んだ30人のうち29人は殺されてしまっている。死んだ30人のうち一人、ゾンビとして復活した男...甲斐田皇雅の復讐によってだ。

 彼は今もどこかで活動していて、いずれは自分たちにも復讐の刃を向けて来る...とされている。彼らは魔人族らと決戦を交える他にも、皇雅とも戦う羽目に遭うとされているのだ。


 「あの野郎...みんなを殺した報いは俺が絶対に受けさせてやる...!誰も殺させるもんかよ!」


 堂丸は殺されたクラスメイトたちのことを思い出して皇雅に怒りの態度を示して、二人に挨拶を言って森から去って行く。堂丸の今の発言に縁佳は複雑な気持ちにさせられる。

 皇雅を見捨ててしまったのは自分たちで、それを恨んだ彼は皆を殺そうとしている。見捨てたせいで死んでしまったから自分たちを殺す...理解はできるが、だからといって素直に殺されるわけにもいかない。そして殺しに来る彼を殺すのかと訊かれると肯定は出来ない。


 「私は......甲斐田君を、どうしてあげれば......」

 

 皇雅の事情を聞いてからひと月以上経ってもその答えが未だ出せないでいる縁佳は、今も苦悩している。


 「縁佳ちゃんは、甲斐田君を殺そうって思ってる?」


 悩んだ様子でいる縁佳に米田は問う。


 「ううん、そんなことしたくない。ただ...まず話がしたい。それで何かが変わってくれれば...って思ってる。今もずっと...」

 「そっか...。私は...甲斐田君のことを聞いてから怖くて、正直彼はいなくなって欲しいって思ってる...。でも縁佳ちゃんがそうしたいなら、出来るだけ協力するよ。怖いけど縁佳ちゃんが殺されたりしないよう私が呪術で止めてみせるから」


 米田の言葉に縁佳の顔が明るくなる。彼女にとって米田は信頼できる親友であり、その米田が自分の漠然とした思いを真摯に受け止めてくれて一緒にいてくれると言ってくれるのはとてもありがたく嬉しく思った。


 「ありがとう...小夜ちゃん!」


 どこか憑き物が落ちた様子の笑顔で礼を言う縁佳に笑みで答える米田。そこでふと米田が縁佳に相談を持ち掛ける。彼女が使う呪術についてである。


 「死霊、魔術...?そんな種類の呪術があるんだ...」

 「うん。その呪術は死んだ者を術者の意のままに操るものだって文献で知ったんだけど...私ねあることを思いついたの...。

 私の呪術でモンストールをコントロールできないかって」

 

 米田の提案に縁佳は驚愕した。だが同時に希望を見出した。

 彼女なら、戦局を大きくひっくり返すことができると...!




 それから三か月後、複雑な術式をマスターした米田は死霊魔術を会得し、縁佳が思っていた通りにソレは叶った。


 「マジで......!?マジでモンストールを操ってる......っ!!」

 「うっそ...!?小夜ちゃんスゴ過ぎ!!」

 「これが...災害レベルにも通用できたら、戦局は大きくこちらにとって良い方に傾くことに...!」


 討伐任務先で遭遇した上位モンストールを米田のコントロール下に置くことを成功したことで誰もが希望を見た。そして誰もが米田小夜という呪術師を称えたというのは言うまでもない...。


 同時期に、縁佳も大きな進化を遂げる。


“見えざる矢”―――


 フォン―――トス......ッ


 「今......矢が見えた人、いたか...?」

 

 堂丸の問いに答える者は誰もいなかった。つまりは誰も見えていないということを意味する。


 「“隠密”と“気配遮断”を掛け合わせたことで実現させた“不可知の狙撃”...。対人においてこれ程の強力な技はありません...!魔人族相手にもこれなら...!」


 ミーシャの驚嘆と歓喜が混ざった評価に仲間たち全員がさらに希望を抱く。

 縁佳のオリジナル技が完成した瞬間だった――。





 同じくして...美羽もまたオリジナル魔術を会得しようとしていた。



 “時間回復リバース・ヒール”―――



 枯れ木に手を当てて魔術を発動すると、枯れ木が淡く輝いたかと思うと、木に変化が訪れる。みるみる緑が生えていき、数秒後には枯れ木が緑豊かな木へと変貌...否、回帰した。


 「大体......5年前まで戻せた...かな」


 息を切らして回帰させた木を眺めて美羽は一人呟く。

 対象を過去の状態に巻き戻す究極の回復魔術...それが美羽オリジナル魔術である。

 この方法を思いついたきっかけは...皇雅のラノベ布教活動で知ったある知識からである。


 「回復...治す。その上位互換が、戻す...回帰。それを応用させると......時間をも過去の状態に戻す......。見た目も、ステータスをも...!そういうことをやってのけた主人公が、いたわね...!甲斐田君が教えてくれたラノベのうち一つに!それを私も出来るようになれば...!」


 結果、長い月日をかけてそのラノベで知った魔術を会得してみせた。かといって素直に喜べるものではなかった。


 「く、う...っ!これは、体力とか魔力とかの問題じゃない...。心をも削っている...!?日に何度も使える魔術じゃないわね...。

 良くて日に一度きり...。そして巻き戻す時間は、年単位だと命に関わるリスクがつく、かぁ......」


 自身の今の疲労具合をみて計算した結果そういう答えにたどり着いた美羽はガックリと項垂れる。あまりにも燃費が悪い。たとえ体力と魔力を大いに上げたとしても魔人族一人を無力化するのに、こちらの命を半分以上削らされるのは避けられないだろう。魔人族が災害レベルのⅩランクの脅威となったのは少なくとも10年は前であり、そこまで巻き戻すとなると美羽にかかる負担は尋常ではなくなる。


 「今の木を少ない負担で年単位にまで回帰できたのは、この木に魔術への抵抗力が無かったから。もしかしたら敵をこの木みたいに抵抗力を弱らせたらすんなり巻き戻せる...?」


 だとすればやはり魔人族との死闘は避けられないであろう。自身の命を散らさずに回帰させるにはそれなりに敵を弱らせる必要がある。


 「クィンと......私の大切な生徒たちにも協力してもらわなくちゃ、いけないよね。あの子たちにそんな命を懸けた頼み事はしたくないけど......こればかりはどうにもならないよね...」


 美羽は一人自身の不甲斐なさに自嘲する。自身を責めるのはこれが初めてではなかった。

 あの実戦訓練で一人の生徒を助けられなかったこと。その生徒は復活したものの、彼の復讐を止めることができず29人もの生徒を死なせてしまったこと。そして今も彼の復讐を止められていないこと。

 自分がもっとしっかりしていれば、あの時彼を救うことが出来ていれば、彼が復讐している時に私がドラグニア王国にいていれば...。そんな取り返しのつかないたられば思考に駆られて自身の非力さを責める。


 「...自分を責めてもどうにもならないのは分かってる。だから、これ以上悪いことにならないように...。

 私が......っ!!」


 甲斐田君を止める!魔人族から皆を守る!!


 緑萌ゆる大木の下、藤原美羽は決心した......守りたいものを守り抜くと。


 失くしたものを取り戻すと―――





連合国軍の修行 完

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