152話「またな」


 「そう......帰るんだね、コウガが元いた世界、国、コウガの本当の家に……。この世界にいる人族じゃない、元の世界にいる人族…ニンゲンたちが暮らしている世界に」

 「ああ。ミーシャがその魔術を完成させた。いつでも帰れるようになってる。その前にアレン、カミラ...あと鬼族たちにそのことを伝えにきたってこと」

 「さすがはミーシャ様ですね。元の世界に帰すなんてこと、次元が違い過ぎる。軍略家だけでなく召喚術士としての才覚もおありのようですね」


 帰れることを知った二人は最初は驚愕のあまりしばらく絶句していたが、アレンはしんみりした様子で、カミラはミーシャの有能ぶりに感服していた。


 「ここひと月、サントで強制労働していたからアレンたちとはあまり時間がとれなかったからな。最後に、お前らとの時間を取りたくてだな......」

 「私たちの為に......ありがとうございますコウガ。その気持ちだけで幸せです」


 カミラが目を潤ませて俺の行動を褒めてくれた。やっぱりお姉ちゃん気質あるなぁ。

 一方アレンは、ゼロ距離まで俺に近づき、俺の袖をキュッと掴んで、寂しげな視線を寄越して問いかける。


 「帰りたいんだよね……?コウガは元の世界、国、家での暮らしを望んでるんだよね…?」

 「その通りだ。あの日…地底で一度死んでゾンビになって生き返ったあの時からずっと抱き続けていたんだ、“帰りたい”って気持ちを。

 まあその前に復讐って気持ちもあったけどな」

 

 ここまでくればアレンの気持ちは大体分かる。割と鈍いらしい(?)俺でも分かる。

 アレンは俺と離れたくないと思っている。ここにいて欲しいと願っているんだ……。

 俺だって同じ気持ちさ……。アレンとお別れするのは惜しい。一緒にいたいと思ってる。けど………俺はこの世界で暮らしたいとは結局思うことができなかった。元の暮らしを強く望んでいるんだ…!


 「二人とも俺が暮らしていた世界に連れて行く......ってのは無理あるよな?アレンの目標......種族の繁栄、里の完全復興。それらが叶うまではここを離れるわけにはいかない。連れては行けない...!」

 「じゃあ......コウガと一緒にいられるのは、あと少しだけ?

 あと少しが終われば、もうコウガとは永遠にお別れになる、の...?」

 

 そんなのは嫌だ、とアレンは俺に抱き着いて泣き出した。カミラも悲し気に俯いている。

 そんなアレンの頭を、優しく撫でながら、俺は明るい声で返す。


 「永遠?そうはならねーよ!俺はあと数日で帰ることになったけど、これがお前たちとの今生の別れになるって誰が言ったよ?」


 涙で濡れた目でアレンは俺を見上げる。


 「異世界召喚・転移が最後の一回きりだなんて誰が決めた?数年後に俺はまたここに来られるさ!ミーシャたちならまた俺たちをこの世界に召喚してくれるさ!だから、これが最後だなんて絶対にならない。また会える!絶対にだ!!」


 俺の力強い発言に、アレンは顔を上げて俺をジッと見る。その目には希望の光が灯っていた。


 「また.........会える?コウガはまたここに戻って来る?」

 「人族を......ミーシャたちを信じろ。俺も信じてる。それにこの里、この場所はもう俺にとって第二の故郷だ。だから、帰って来るよ。ここに、必ず......!!」

 「うん......うん!!だったら信じる!コウガの言葉を。ミーシャたちの力も。信じて待つことにする!また逢えるって、信じる!!」


 信じることを決意したアレンは、再び涙を滲ませて俺に抱き着いてきた。俺もアレンのことを抱きしめた。彼女の涙は悲しみの色なんかじゃない、希望の色だ......!


 「でも、今日は一緒にいてくれるでしょ?」

 「ああ。二日間はここにいて、その翌日に帰る予定だ」

 

 それを聞いたアレンは抱擁を解いて、俺の顔を熱っぽい視線をとばしながら、こんなお願いをしてきた。


 「じゃあ......コウガの子種、ちょうだい?

 私、コウガとの赤ちゃんを産みたい。コウガとなら、立派で強い鬼の子になれると思うから......!」

 「もちろん。俺も……お前と愛し合いたい



 人間に戻った今なら、世継ぎができるはず。アレンの......鬼族の為に、アレンと家族になる為に、俺は喜んでアレンの申し出を受け入れた!




 そして三日後、その時帰るがやって来た―。





 三日後に、なってしまった。

 セン、スーロン、キシリト、ソーン、ガーデル、ルマンド、ギルス、ロン、他の鬼たちと別れを交わして俺は故ハーベスタン王国を出た。最後の見送りとしてアレンとカミラを連れて。

 先に二人をサント王国へ行かせて、俺は少し寄り道をした。

 行き先はサラマンドラ王国。竜人族たちにも世話になった。礼と別れを言いに行くのは当然だ。

 顔パスで族長エルザレスの屋敷へ入り、彼らと少し話をした。

 俺との実戦は楽しかっただの、魔人族を討伐してくれてありがとうだのと、笑顔を交わして、全戦士に見送られながら俺たちはお別れした。

 ドリュウとはまた実戦稽古をしようと約束をして――。


 そしてサントへ着いて、王宮に入り、約束の場所へ行く。

 そこには既に全員揃っていた。マリスまで来ていた。

 倭の遺骨についてだが、ラインハルツ王国に残すことにした。元の世界に持って帰っても、そこに彼の居場所はもう無いからな...。家族のように慕われていた兵団がいるところの方が、本望だろう。

 美羽先生の遺骨は持ち帰ることにした。彼女の実家に届けようと3人で決めた。

 まずはガビルから今までのことに対するお礼と別れの挨拶を聞く。その間にミーシャたちが転移魔術を行う装置を起動する。ガビルとの挨拶が済んだ頃、部屋の中心に円環と幾何学模様らしき紋様の魔法陣が俺と縁佳たちの足元に出現した。あの日…俺たち3年7組のクラス生徒たちがいた教室に突如現れた時とは少し色や形が異なるものだった。


(この魔方陣に入っていれば、俺たちは元の世界に…日本に…俺ん家に帰れるんだな……!)


 そのことに期待で胸がときめいてしまう。そこにミーシャが俺たちに説明を告げる。


 「転移先は以前皆さんが最後にいた場所にしました。あとは術者の方々が魔術を発動すれば、元の世界へ帰れます。

 ですから、最後に……私たちからも挨拶を」


 ミーシャは俺のところに歩み寄ってくる。後ろにはクィンとカミラ、そしてアレンもいた。


 「コウガさん、約束します!あなた方を必ず再びここに呼び出すことを。今度は召喚することをちゃんと事前に知らせますね。

 その、水晶玉で」

 「ああ、そうしてくれ。何年経っても良い、待ってるからな」

 

 懐には片手に隠れるサイズの小さな水晶玉が入っている。こいつが光れば、俺たちをまたこの世界に召喚できるという合図となる。しかもこいつで通信通話もできるそうだ。まぁ通話が可能になるのは召喚準備が整ってからになるようだけど。


 「コウガさん、ヨリカさん、サヤさん。私たちの国を救ってほしかったとはいえ、そちらの都合を無視して勝手に呼び出してしまったこと、改めて謝罪します……ごめんなさい。

 みなさんにとっては過酷過ぎる日々を強いてしまったこと、今でも申し訳なく思っています。

 特に...コウガさんは、そのせいで命を落とすことになってしまって、本当にごめんなさい」



 俺の方に向き直り深く頭を下げるミーシャに、俺はもう気にするなと返して、彼女の頭を上げさせる。


 「確かに…お前らドラグニア王国の連中の都合で勝手に呼び出された。なのに俺は恵まれないステータスを授けられてそれを理由に酷い待遇を受けるようになって、挙句実戦訓練で死ぬことになった時は、ミーシャ含めてみんな殺そうと考えていた。けど......ミーシャがこの世界に召喚したことで、アレンに逢えた。カミラに逢えた。クィンにも逢えた。ミーシャ、お前にもな。そして、ここにいる二人だけになっちまったけどクラスメイトたちとの和解もできた。

 何ていうか、悪いことばかりじゃなかったよ。悪くない異世界生活だったなーって、今ならはっきりそう考えられている。

 だから……色々ありがとうな」


 言い終わる前に、ミーシャに抱き着かれた。ありがとうありがとうと何度も呟いて強く抱きしめてきた。



 「絶対に成功させます。そしたらまた、私とお話して下さい......!!」

 「ああ、約束な」


 そう言ってミーシャは俺から離れて小さくお辞儀をした。別れの意を込めて...。



 「コウガさん。いつか罪に押し潰されそうになっても、腐らないで下さいね?もし辛くなったら、次の召喚で私のところに来て下さい。叩き直して、優しく迎えてあげます」

 「厳しくするのか優しくするのかどっちだよ。まぁ、その時は頼む」


 そう言い合ってクィンが軽い抱擁をしてきたので俺もそうした。ガビルから視線を感じたが気のせいだと努めて無視した。



 「コウガ、あなたが元の世界へ帰ろうとも私はあなたの専属軍略家です。

 今後の私は鬼族の繁栄の協力だけではなくミーシャ様たちと共に異世界転移の完成にも尽力します。コウガと皆さんがこの世界に戻って来られるように…!

 それとコウガが暮らす世界に負けないくらい、鬼族の里を豊かに発展させてみせます!」

 「それは凄く頼もしいな。お前の知識と知恵でミーシャたちを成功に導いてくれ。俺も、このひと月でお前に教えてもらったこと全部、元の世界で活かしてやるからな」

 「ええ…!だから、必ず……戻って下さいね…!」

 「ああ、また会おう。カミラの興味をそそる話題をいっぱい持って戻ってくるからな」


 涙を流すカミラの頭を撫でて、空いた手で握手を交わした。鬼族とミーシャたちならカミラを絶対に見捨てるなんてことしない。大丈夫だ。


 そして最後に...異世界で出逢った俺のいちばん親しい人の方へ行く。ちょうど彼女からも俺の方へ近づいてきた。



 「約束だ。俺はまた会いに来る。お前は、鬼族を完全復活させる。出来るさ。仲間がいる。何だって出来る。」

「ん、絶対に実現させる。コウガを驚かせるくらい凄いところにする!その時は、ちゃんとご褒美ちょうだいね?」

 「もちろん。好きなだけ求めてこい。全部受け入れてやるから」

 「えへへ……!」


 俺たちは抱き合い……………


 「.........またな」

 「うん、またね.........」




 「アレン」「コウガ」




 そして、最後に軽い口付けをすることで別れの挨拶を済ませる。アレンから離れて俺は魔法陣のところに戻る。数秒後、魔法陣が輝き出してその光が段々強くなる。




 「帰ろう。元の場所へ。皇雅君――」

 「ああ。帰ろう、縁佳」



 俺の手を握ってきた彼女の手を包むように握ったまま、光を見つめ続ける。やがて外にいるアレンたちの顔が見えなくなるくらいに光が強まって、浮遊感を覚えて―――


(............)


 景色が変わる寸前、俺は小さくこう呟いていた―――




 ――またな――







*次回 最終話(エピローグ)です!

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