145話「イレギュラーゾンビvs魔神」


 『両者、戦闘を始めました!周りに生物が吸えば死ぬ濃度の瘴気が立ち込めています。お二人ともコウガさんのところへ行かない方が良いです!』

 「ここからでも見えるあの瘴気、確かに私たちが入れば、死ぬかもしれないですね...」

 「悔しいですが私は完全に足手まといになりますね。しかしヨリカさん、あなたならコウガさんを援護できます。私の代わりに、彼を助けてくれませんか?」

 

 瘴気のせいで近付けないでいる縁佳とクィンは、ミーシャの忠告に従いここに止まっている。そしてクィンは縁佳に向き直ってそんなことを言う。


 「クィンさん...やれるだけやります!私の狙撃が通用するか分からないけど、何もせずにはいられません。今だって皇雅君は、必死に戦っているはずだから」


 それに対し縁佳は強い意志を宿した目で答えた。迷いは無い。皇雅を支えることに何の躊躇は見せなかった。

 しかしその実、二人とも内心は穏やかにはあらずだった。ついさっき聞いたバルガによる全ての真実について何も思わない彼女たちではなかった。


 皇雅が死んでなおも強い憎悪や殺意を抱いていたこと、縁佳たちに復讐しようと思っていたこと。

 それに惹かれたバルガによって彼が復活したこと。今までずっと彼の中に魔人族の王が潜んでいたこと...。


 (それでも皇雅君は皇雅君のままでいる!前も今も皇雅君でいてくれている。魔人族でも誰でもない、私が知っている皇雅君だよ!美羽先生が信じていた皇雅君に違いはない!だから皇雅君はきっと大丈夫...全部終わったらきっと戻ってきてくれる...!私は信じてる!!

 戻ったら...まずは君と完全に和解してみせるからね?)


 (同行していた時のコウガさんは、私のことも気にかけてくれた。アレンさんと同じ仲間として接してくれた。守ってもくれた。あなたの復讐を否定して立ちはだかり、同行を離脱してからは、あなたは私を、敵を見るような目で見ていましたね。けれど今はまた最初のように、仲間を見る目をしてくれている。

 まったく、切り替えがはっきりしている人ですねあなたは。でも、大切な人を守ろうとするあなたは...素敵に思います。だから...魔人の王がどうとか関係ありません!あなたはあなたです、コウガさん!!)


 縁佳もクィンも、皇雅を信じていた。バルガなんかに惑わされないと。必ず戻ってくると。

 そう思いながら縁佳が狙撃の準備をしていると、水晶玉からカミラの焦燥した声がした。

 

 『......そんな!?』

 「?カミラさん、どうかしたのですか?」


 クィンの問いから数秒後、カミラの震えが混じった返答がきた。


 『予測できません...バルガの姿を目にしても、奴の未来が全く見えない...!私の“未来完全予測”が通用しません!』





 「――未来が予測できない、ね...」

 『ごめんなさいコウガ。技能を発動してバルガを見た瞬間、目の前に何か靄が生じて全く機能しないのです。もはや、私ではどうすることも...!』

 「そうか。...テメーの仕業か?」


 頭から出てる血を雑に拭いながら、バルガを睨んで問う。


 《ふん。俺の行動を予測しようなどと、そんな不届きを許すわけがないだろう。

 “陰滅いんめつ”...。己の心を闇で覆い隠し全て常に相手に己の行動や思考を予測させないようにする。相手に己の行動を悟られないようにするのは、戦いの基本だぞわっぱどもめ》


 ニヤリと見下しながら答えるバルガに、思わずこっちも苦笑いする。確かに、相手の行動予測する固有技能があるなら、当然それを阻む技能もあるよな?ただそれだけの話だ。


 《それにしても...ほう、その水晶玉やコンタクトレンズとやらで遠方から戦況を覗き見ているのか。見たければここまで来るがいい、不届き者ども》


 パリィィン...!「な!?」


 『コウガさ――(ブツン...)』


 バルガの一振りで、懐にあった水晶玉とレンズが割れてしまった。カミラとミーシャとの通信が途絶えてしまった...。


 《戦いは直に見てこそ価値あって昂るものだ。そんなアイテム越しから観て何が楽しい?下らん》

 「テメーと一緒にするな戦闘狂が。あれが彼女たちの軍略たたかいだって、のっ!!」


 駆け出して、聖属性の魔力を纏った武装硬化状態の両拳・両足を、超音速で振るいまくる。その悉くをバルガは魔剣でいなす。

 聖属性を付与していなければこの四肢はとっくに斬り落とされている。一瞬たりとも解除できない。

 そしてそのせいで、四肢は聖属性によって溶かされつつあるが...


 “自動回復オートヒール


 手足が原型を留められなくなる直前に回復魔法で元通りにする。これで弱点克服だ。


 拳・蹴りと魔剣による激しい応酬は数分間続いた。俺はもちろん、バルガも息一つ乱すことなくお互い殺意を込めて己の武器を振るい続けた。


 “聖絶脚”

 “魔剣撃”

 ―キィィィィィィン!!


 “聖天旋”(風属性付与)

 “獄焔斬ごくえんざん

 ゴヒュウウウウウウウウ...!


 “聖絶爆拳”

 “鋼剛槍突アイアンランス

 ―ガドウウウウウウウウウウ!!!


 “双聖絶拳”(雷属性付与)

 “獄雷魔連閃ごくらいまれんせん

ガガガガガガガガガギギギギギギギギギギギギギギン!!

 

 “大槌絶爆拳おおづちぜつばくけん”(聖属性付与)

 “尽滅槍撃ディザスターランス

―ゴッッッッッッッッッッ......!!!



 俺は拳と蹴り、バルガは魔剣と魔槍で激しい応戦を繰り広げる。

 大技と大技の応酬がひたすら続き、ザイ―トとカウンター技をぶつけ合った時と同じ、辺りが更地となり、大陸に皹が入った。

 今や俺たちの戦いが、世界を滅ぼす天災となろうとしていた。



 《フッッッハハハハハハ!!ファ――――――ハハハハハハハハハハハァ!!

 これだ!これこそ俺が求めて続け焦がれ続けていた次元だ!!百数十年ぶりの自らの戦いに対するこの昂り!!興奮せずにはいられない!!

 最高!愉悦!快楽!!礼を言うぞぉ!!こんな気分にさせてくれたことを!!

 カイダコウガアアアアアアアア!!!》

 「ちっ、戦いの最中にうるせぇ...。その幸せな気持ちのままとっとと地獄へ逝けクソ野郎」


 “聖嵐竜水瀑布プロメスドラグーン


 聖属性を纏わせた、竜の形態をした嵐と水の災害を模した魔法を遠慮なくぶつける。が、バルガが放った極大の魔力光線に相殺され、一瞬で消滅した。



 《―そうだ、今まで愉しませてくれた礼に、特別に俺からプレゼントをやろう》


 「!?テメー一瞬で...」


 《ハァッッ!!!》


 ト.........ン―「―――!?」


 「危機感知」する間もなく俺に接近したバルガがそう言うと同時に、灰色の魔力(また見たことない属性)が灯った人差し指で俺の額を突いた。


 その瞬間、俺の全身が強く光り、俺の中にあった何かが出て行く感覚がした...!

 それは数秒のことか、あるいは数分、数時間にも感じられた。気が付けば俺は膝を着いていた。



 「......何を、した!?」

 

 脂汗を大量に流しながら問うのが精一杯の俺に、バルガは魔剣を構えながら答える。

 俺が予想だにしない内容を、告げる――



 。お前がいた世界に倣い、“人間”と呼べば良いか?



 つまりたった今お前は...生前通りの存在に...“人間”に戻ったのさ》



 ............。

 マ......ジ......で??



 《よく見てみろ、自分の体を。本来なるべきのその体の色を。自分の目はそんな黒い眼窩だったか?》


 割れた水晶玉の破片を鏡にして自分の姿を見る。体中に走っていた線が消えている。目は二重瞼の黒い瞳に白い眼窩。肌はアジア人特有の黄色肌。


 マジだ。大マジだ...。



 俺は―――人間に戻っていた...!



 《さて、人間に戻ったことで、お前に良いことと悪いことが今から降りかかることになる》


 あまりの衝撃に呆然としている俺にバルガは面白そうに話を続ける。


 《まずは、良いことについて...不死の種族にとって聖属性は毒みたいなもの。だが人間になった今なら、回復魔法を使わずとも手足が爛れて溶けることはあるまい。よかったな、面倒なことにならなくなって。


 でだ...悪いことについてだが。不死属性が消えた今、お前の体力・魔力は共に有限となった。それにより明確な死を与えることもできる。不死の種族が無くなったことで、いくつか固有技能が消えた。五感の意図的な制御、傷の自動修復、相手の固有技能を奪う能力。消えたのはそれくらいか。

 そういえばお前は、己の脳のリミッターを解除して肉体の限界以上の力を発揮できるそうだな。痛みを感じない、不死だから成り立つその荒技。いやはや恐ろしく脅威だ...。

 


 ここで問題だ。今のお前がそんな荒技を発動したままでいると、いったいどうなると思う?》



 「―――――――!!!」


 ブシャアアアアアアアアアアアアア!!!



 咄嗟に自分の体に手を当てるのと、全身...特に頭から夥しい血が噴き出したのは同時だった。



 《あっけない最期になりそうだな...。

 

 ――死ね》




 そして、血まみれの俺に向かって、酷薄な笑みを浮かべたバルガは魔剣を振り下ろした――

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