56話「ゾンビの侵攻」


 周りが静かだ。何も聞こえない。聴覚を遮断したわけでもなく、実際に何もないからか。 

 100m走決勝レースのスタート直前の、選手も観客も静止しているあの感覚と同じだ。誰もいない。誰も音を立てない。世界で一人きりになったような、あれと同じだ。


 静かなのは俺の心もだった。とても静かで澄み切っている。サラマンドラ王国を出たばかりの時は、気持ちが昂ってワクワクしっぱなしだったのに、ドラグニアの国境に入ってからは、さっきからこんな調子だ。

 レースで走るわけでもないのに、おかしなものだ。


 それだけ、この後に起こす復讐劇に対して気合が入っていて、やる気満々で、真剣でいるのだろう。そういや、何かを絶対に成し遂げたいと思った時の俺って、いつもこんなだったな。死んでもその性格は変わっていないようだ。


 そして、「あれ」を目にした俺は再び高揚感に包まれる。


 ―—ドラグニア王国。俺はついに戻ってきた。


 サント王国やイード王国と比べて、無駄に煌びやかな造りの王宮だ。自身の国の威厳とか、下らない理由で金かけてあんなもの建てたのかよ。

 建物ごときよりも戦力に金使えってもんだ。いや、使ってたか。俺を含む異世界の人間を召喚したもんな。


 とにかく俺は戻ってこられた。全ては自分のため、復讐のために。

 全ての元凶を、この手でぶっ潰す。一人残らず消し潰す。国そのものを滅ぼすつもりで。

 あの老害クズ王の身勝手な異世界召喚のせいで、あっちの世界での楽しみを奪われた。

 あのゴミカス王子が出した命令で、俺は命を落とした。


 「赦すものか...。全員、生まれたことを後悔させながら苦しめて、殺す」


 いざ入国。門番2体を雑に殺して、堂々と国内へ侵入。

 中心街に着くなり、あちこちでパニックに陥った人たちが見られる。

 どうやら俺が仕向けたゾンビ兵士どもが仕事を終えて、街の人々を襲っているようだ。よく見ると、兵士がゾンビと応戦している。だが、仲間を殺すことへの抵抗感からか、ゾンビに致命傷を与えようとしない。防戦一方だ。


 仕方ない、手を貸そう。そう思い、手をパンと叩く。

 するとゾンビがボンッと爆発した。応戦していた兵士もろとも。辺りに二人の肉片が飛び散り、街の人々はさらにパニックに陥った。確かにこれは少しグロいな。

 ゾンビから逃げ惑い、悲鳴を上げている奴らを眺めながら、王宮へ進む。あそこへ近づくにつれ、死体があちこちに散らばっている。中々凄惨な光景だというのに、俺は可笑しくてつい笑ってしまっていた。

 

 「あのゾンビども、思った以上に勝手やってるなw自国の民を殺してしまって今どんな気持ちぃ?なーんてね」


 この狂った光景を見てこういうことを言う俺こそ、相当狂っているのだろうな。元々、日本もこうなれば良いと。どうでもいいカスどもは全員こうなれば良いと、ずっと考えてきた。

 その願望が、異世界で叶っている。可笑しなものだ。


 さーて、これだけ騒げば、俺が会いたい奴らがたくさん釣れるだろう。ゾンビどもを制圧するために。今回は一か所に集めたい。残りのカスどもは、もう殺した奴らと比べてそんなにヘイトが溜まっていない。だから、雑に、気分爽快になれる殺し方を選ぼう。


 「何とか無双で、ゴミ虫どもを殺虫剤で一気に殺す感覚でいこうか。スカッとなれそうだ」

 あいつらを殺す方法が決まったので、残りのゾンビどもに命令をとばす。


 ―全員王宮前の広場に集まれ。俺の元クラスメイトどもをそこまで引き付けろ―


 気配で大体分かる。今まさにあいつらは、この騒動の鎮静に向かっている。全員同じ場所に集めさせて、そこで楽しい殺戮パーティーの再開だ...!





 時は少し遡って、ドラグニア王国 王宮内。

 カドゥラ・ドラグニアは、兵士団長ブラットの報告を聞いて不審に眉を顰める。


 「ゾルバ村へ派遣した兵士全員が一斉に王宮に向かってきている...?

 救世団のメンバーが、殺された...だと!?」


 この国で現在最強とされている戦士たちが殺されてしまい、さらには様子がおかしい兵士たちが隊列乱さずにまっすぐここに向かってきていると、信じがたく理解できない出来事が同時に起きたのだ。当然周りの兵士や王族たちは狼狽える。 カドゥラはすぐに兵団長のブラットを王宮前に向かわせ、向かってきている兵士たちを直接問いただすことに。

 しかし、しばらくすると、さらに予想外の出来事が。

 ただ事ではないといった様子で報告にきたブラットの口からは、耳を疑うような内容だった。


 「彼らが王宮前に着くなり、全員が同時に同じことを大声で叫びながら、暴れ出して...!」


 そして何よりも驚愕だったのが、その兵士たちが叫んでいた内容が、



 “派遣した兵士たちと救世団8名は甲斐田皇雅が全員殺した。そしてこの後ここにいる王族どもも皆殺しにする。待っていろ―”



 というものだった。

 甲斐田皇雅。その名前は、聞いたことがあった。それも少し前に。


 「甲斐田...まさか、カイダコウガか!?」

 「一か月程前、救世団の実戦訓練の最中で災害レベルのモンストールに襲われて、死んだとされていましたな、父上」


 カドゥラに答えたのは、彼の息子であり、この国の王子でもある、マルス・ドラグニアだ。

 マルスの発言には、間違いは無いが、実際はこの男の命で皇雅ごとモンストールを地下深くに落とさせた、というのが真実だ。このことは、カドゥラもその他兵士も王族も周知なのだが、彼らがマルスを非難することは一切無かった。

 カドゥラにいたっては、皇雅が死んだと内心嘲笑ってさえいた。


 「部下たちの防衛により奴らの王宮内への侵攻は防いでいますが、危険な状況には変わりありません。国王様、王子お二人とも避難を勧めます」


 ブラットの提案に頷いた二人は、謁見部屋から籠城戦でいつも使っていた避難部屋に移動する。二人の護衛には、ブラットがつく。救世団を除けば、一応彼がこの国の最高戦力とされている。


 「カイダだと...!?死んで、化けて出てきたとでもいうのか?王族を皆殺しにきた?ハッ、馬鹿馬鹿しい。余を殺すことなどあり得ぬ...!」

 

 移動中、マルスは誰ともなくそう呟く。先程は平静を装っていたが、兵士や王族たちが周りにいなくなった後は、その相好を崩し、余裕が無い様子でいた。

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