救い
「子供に迷惑をかけられて、文句がある親なんていないよ。もしいたらそんな奴は親じゃないんだよ。赤ん坊を産んで、約二十年の間育てて、一度も迷惑に感じない親なんていない」
それは、誤魔化すことができない。
「でも子供が可愛いからこそ、迷惑に思わずに育てるのさ。他も一緒だ。教師や上司は仕事だから迷惑に思う資格はない。友人や恋人は好意があるから迷惑に思わない。思ったら離れていくからね」
それは、利害でもある。
「これはそれだけの話なんだよ。一々拘るような話じゃないんだ。本当に拘ってしまうのなら、その時点で死ぬしかないのだから。ほら、君が言いたいことがぼくにはわからない」
人間は決して完璧には生きていけないのだから。
「誰でも、皇子のように割り切れるわけじゃないんだ……」
魔剣の子は力が抜けたように、その場に座り込んでしまう。
どうやら山場は越えたみたいだ。一歩間違えれば自殺させかねなかったからな。
魔剣の子のように完璧な自分の意見を持っている人間を論破するには、正しい意見を言うだけではいけない。
あくまでも相手の主張する理屈に乗った上で、一つ一つ潰していく必要がある。
そうしなければ、そもそも話を聞かせることが出来ないからだ。
どれだけ正しい理屈だとしでも、聞いてもらわなければ雑音となんら変わらない。
「どうしたの?」
「皇子の言っていることはあまりよくわからなかった。でも、なんだか思い詰めていた自分が馬鹿みたいに思えてきたよ」
「そうかい。これからどうするんだ? 一応、申請をすれば盗賊を殺した恩賞を第六王子からもらえると思うけど」
「そんなものに興味はない。だが、おれはあまりにも知識不足だってことに気づいた。……もう一度皇子の下で学ばせてもらえないだろうか?」
「嫌だね。ぼくは部下なんていらない」
「どうしてもか?」
ここで、白い子からの依頼を思い出した。
「そうだな、一応ぼくが顧問として白い子が団長を務める騎士団があるのは知っているだろう?」
そこに押し付けよう。
「そこに所属するといいさ。白い子の部下としてね。一応騎士団の人間はぼくの執事であるオルトから様々な授業を受けているから、君も学ぶといいさ」
「そうか、……そうだな。ああ、おれもそこから始めるとするよ」
魔剣の子は顔を伏せて、涙を流している。
「どうした?」
「……別に、ただ悲しくて、むなしいだけだ」
「それは何故?」
「結局おれは誰も救えていない。昔も、今も……」
声は、震えていた。この声には聞き覚えがある。自分の無力さに打ちひしがれている人間の声だ。
「昔、おれは苦しんでいる村の人間を誰一人救えなかった。村の人間は皆殺しにされて、両親が仇をとったけど生存者はいなくておれは……。誰にも謝れなかった」
「謝る?誰に?」
「おれが救えなかった人たちに。昔のおれは小さくて弱かったから仕方がなかったって思えた。でもあれから強くなったはずなのに。世界最強のトール村の人間なのに! またおれは謝ることができるやつすら救えなかった。また生存者はいないんだ。誰も、いないんだ」
強者故の傲慢、というのは間違っているのかもしれない。
自分が強いから、守ってあげたかったという自信やあまりにも純粋すぎたゆえの責任感。トール村の人間と言う誇り。
今日、彼はまた壊されてしまった。
つまり、あまりにも簡単に言ってしまうと、実際のところ彼は人間の邪悪さに絶望したのではなく、自分の無力さに絶望をしたのだろう。
このままでは間違いなく、三度目が起きてしまうだろう。
別にぼくはどうでもいいのだが、彼が救えなかった多くの命に免じて、彼の荷物をぼくが下ろしてあげることにしよう。
「ならさ、ぼくに謝ったらどうだ?」
「なんだと?」
「確かにぼくはこの村の住人じゃないし、この村は第六王子の管轄だ。でも、一応メテオ王国の人間だし王族だ。なによりみんなが死んでしまったのはぼくたちがいるこの村でのことだ。そんなに悪い相手じゃないと思うけど」
「そうか、そうだな。……ごめん。ごめんな! おれはおまえたちを守ってやれなかった! 弱かったから誰一人守ってやれなかったんだ! 本当に、ごめんなさい!
魔剣の子はぼくの肩に顔を押し付けながら謝る。ぼくには綺麗ごとを口にすることしか出来なかった。
「確かに君はぼくに謝ったけどさ、みんなはこの村で死んだんだ。今頃この言葉を聞いているかもしれないね」
「ああ、ああ!」
結局のところ、ぼくは少し調べれば誰でもわかる知識や揚げ足を取った屁理屈で論破しただけに過ぎないだろう。
でも、酷いものを見たせいで悪い方に凝り固まってしまった心を力づくで柔らかくしてやれたと思うし。
多分実際に魔剣の子の心は軽くなり、この後に起こったであろう被害を、ある程度減らすことが出来たと思う。
アイテムと一緒だ。ようはこの世の全ては使い方なのだろう。
残念なことに現実には誰でも知っていること、正しいと限らない理屈でも、本来なら救えない人間ですら救えてしまうということだ。
これが現実の甘さなのか、厳しさなのかはぼくにはわからないのだ。
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