壊れた心
ぼくが様子を伺っていると、白い子が剣を抜いて超速でいきなり魔剣の少年に振り下ろした。
魔剣の少年にはあまり余裕はないようだが、それでも一応は白い子の一撃を受け止めることが出来たようだ。
流石にトール村の子供なだけはある。それともあの剣の力なのだろうか。
「なにをするんだ、アンナよ」
「この私を無視するから悪いのよ。質問に答えなさい! ここで何をしていたの?」
自分を無視したからという理由で、同郷の仲間を切り殺そうとするのが恐ろしい。
「あなたが旅に出た理由は、ある程度ミュウから聞いたわ。あなたは人の命、あるいは善悪に興味があって王城を出て行ったのよね。それがなんで盗賊を皆殺しにしているの?」
「ふん、確かにその通りだな。皇子に開放された後、おれは人間が善なのか悪なのか。命の価値とはなんなのかという疑問を解消するために旅に出た。これがその答えさ! まさかこんなに早く結論が出るとはおれも思わなかったがな!」
「是非、聞きたいな。順を追って教えてくれないか?」
世間知らずの田舎者が、大きな世界を見て何を思ったか。
実に興味がある話題だ。
ぼくは興味がないから最初から切り捨てた。
オルトはまったく違う理由から答えを出した。
魔剣の少年はどんな答えを出したのだろうか。
「そんなに長く語る内容でもない。そもそもが村の中である程度の結論が出ていたからな。そう、おれは数年前の両親との修行で、人間というものの価値がわからなくなるような事件をこの目で見た。それからは外の哲学書や事件禄なども読み、人間の本質を探っていた」
人間の本質ときた。
「本当ならすぐにでも村を飛び出したかったが、呪いのことがあったからな。無鉄砲に進んだら、おれが悪になってしまうと我慢していた。だが、皇子によって呪いは解け、意気揚々と旅に出て答えはあっさり見つかった。本来は何年もかけて答えを出そうと思っていたんだがな」
それでも、ただの考えなしではないようだ。
個人的な主観が核になっていても、客観的な事実や他者の意見にもちゃんと興味を持って結論を出したらしい。
トール村の人間に協力を仰がなかった理由は簡単に理解できる。
そんなことを語っても無意味だからだ。
そもそもが弱肉強食で、罪を償うことを第一目標にした閉じた世界になんの期待が出来るというのか。
せめてアサヒの存在を知ることが出来れば、なんらかの変化があったかもしれないが。
「とりあえず、王都を見て回ろうと思ったんだ。もちろん皇子に忠告されたように罪なんて犯さないで。だが、旅の途中でこの村が盗賊に襲われているという噂を聞いたんだ。本来なら無視してもよかった。何故ならそんな事件はどこにでもあるし、助けたってきりがないからな。でも、おれにはどうしても無視ができなかった。なぜなら昔見た事件も盗賊による被害だったからだ」
歴史は、繰り返す。
いい意味でも、悪い意味でも。
尊い幸福も、醜い惨劇も。
「おれは見たくもないものを見た。例えば、盗賊団が金に困っていて村を襲ったとか、村や国から何らかの被害を受けたからその復讐だというのならこんなに絶望をしなかった。だが、違ったよ。全然違った。おれは盗賊団のリーダーに直接理由を尋ねたんだ。他人を傷つけ、罪を犯す理由はなんなのかと。なんだったと思う?」
金銭でもなく、復讐でもなく他者を傷つける理由なんて、ほとんど一つしかないだろう。
「……楽しいからだとさ。悲鳴を聞きたかったからだとさ。理由なんてないけど弱者を殺したかったんだとさ! それを聞いた時に頭の中の何かが切れたよ。人間の本質はこんなものだ。理屈なんてなくて楽しいからと言う理由で人を殺す。そんな生物は滅ぼしたって問題がないだろう?」
魔剣の少年は、泣き笑いのような顔をする。
笑顔の子から魔剣の少年は十四歳だと聞いた。
ぼくは五歳の時点で心が完成していたから、いまいち気持ちをわかってやれないが、不安定な年齢だということは十分に学んだ。
ある日突然、村を滅ぼされたり人間の悪意を目の前にしたら、精神の均衡が崩れることなんておかしくもなんともないのだ。
「本当は、期待していたんだ。確かに命令だったかもしれない、利益のためだけだったのかもしれないけどクルギス皇子はおれたちを助けてくれたから。悪魔に村を滅ぼされて、まだ子供なのにあとは死ぬだけだったおれたちを、よくわからないやり方だったけど助けてくれたクルギス皇子に。冷たいことや文句を言いながらも面倒を見てくれて、最後には開放してくれた皇子の姿を見て、感謝してたから。本当は人間は素晴らしいものじゃないかって」
中途半端な期待をしたから裏切られた。
よくあってほしかったのに、悪いものだったから絶望したというのか。
気持ちを理解できないことはない。でも勝手に期待して勝手に裏切られて困るのだ。
自分でもわかっているようだが、ぼくはぼくの都合で動いただけでそこに何らかの感情を抱いたのは本人なのだから。
責任は、当然本人がとるしかないのだから。
「お前たちは知っているか? 何の理由もなくただ楽しいからと言う理由で自分以外の命を奪う生物は人間だけなんだと。そんな生物は滅びればいいだろう?」
理解はできるし、完全に間違ったことを言っているともぼくは思わない。
ただ決定的に……。
「……美しくない」
ぼくは呟いた。そして少し悩む。
もういいのではないか、一瞬で殺してしまえばいいのではないだろうか。
それはそれで魔剣の少年は一つの救いを得て、この下らない事件は解決するのではないだろうかとも思う。
「クルギス、あなたの言いたいことは大体わかるわ。でもお願い。できれば助けてあげてほしい」
「それは何故?」
「ゼクスはクルギスの素晴らしさの一端を理解できているわ。もしかしたら私と話が合うかもしれないし、きっとこれからクルギスの役に立つようになるわよ」
これだから狂信者は嫌だ。単純に信者を増やしたいと思っているのではないだろうか。
だが、まあいい。白い子の意見には大体同意だ。きっとぼくの役に立つようになるだろう。
ぼく一人ならとっくに殺しているが、白い子に免じて助けるか。
元々、頼んできたのは白い子たちだし。
それに、本心を言えばこれだけ純粋な存在は嫌いじゃない。
絶望とはつまり、希望が裏切られた結果なのだから。
仕方がない、人間と言うものに絶望してしまったその心をぼくがバキバキに壊してやろう。
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