美味しい物

 


 あれからいつものように徹夜で仕事をして、朝の五時から面倒な料理をした。


 ひと段落がついて料理が完成すると、オルト教室に料理を持って移動し、中で待機する。


 食事の準備が出来て数分もすると、白い子と笑顔の子が現れた。


「ねえ、なんで君がいるの?」


 心からの疑問を、何故かここにいる笑顔の子に向ける。ぼくは白い子しか呼んだ覚えがないのだが。


「その言い草はなにかな?あれだけクルギス君に協力したんだから、あたしも美味しい料理を食べてみたいよ」


 あれだけ協力とはなんだろうか。


 料理の研究には、そんなに時間がかかっていないとは思うのだが。


 大してぼくの役に立ったとも思わないし。


「それより食べてみてくれ。白い子」


 ぼくが持ってきた料理の蓋を開けると、グラタンが現れた。


 温度を下げないように、ちゃんと蓋を使ったので料理は出来立てのように熱い。


 白い子は料理を食べるということに恐怖を感じているようで、体の動きがとても鈍い。スプーンを持つことすら難しいようだ。


 当然の話だ。


 彼女がこれまでの人生で食べてきたものは、全て毒のようなものなのだから。


 それでも白い子は、勇気を出してぼくが用意してあるスプーンを持ち、口に運んだ。


「……食べられる?」


 グラタンを口に入れて、その味に衝撃を受けたような顔をして白い子は二口目を食べる。


 三口、四口、決して手が止まらない。


「凄い、これ凄いわ!」


 白い子はとても感動しているようで、一皿分の料理があっさり終わった。


「これをもっと食べたいわ!」


 白い子は珍しく、満面の笑顔を浮かべぼくに食べ物のおかわりを要求した。


「美味しかったか?」


「ごめんなさい。それはよくわからないわ。ただもっと食べたいの!もっとたくさん食べたいの!」


 その言葉はつまり、自分ではよくわからないだけで料理が美味しかったのだろう。


 ただ、その感情が生まれて初めての感覚で、自分の中で理解できてないのだろう。


「そ、そんなにこれ美味しかったの?あたしも食べてみたいよ!」


 笑顔の子もぼくに要求してくるが、あまり頭に入らない。


 一番のグルメらしい白い子の舌を満足させることが出来たことに、ぼくは安堵してしまったのだ。


 流石に命に直結することなので、上手くできて安心した。


「そっか。美味しかったならもう問題ないな。白い子もこれからはちゃんとご飯を食べれるし、体に栄養もつくだろうさ」


 一歩間違えれば死ぬような状況で生きるのは哀れだからな。


「でも、どうやってこんなにおいしい料理を作ったの?今までどれだけ凄い料理を食べてもダメだったのに」


 まあ、普通なら隠すがいずれ国中に浸透させるつもりだから構わないだろう。


 もちろん直ぐには無理だが時間をかけて。


「グルメ気取りの君たちが美味しいと感じる料理は三つの要素で決まるんだ。時間、手間、味。時間と手間は無理だから味を追求したんだよ。大体ねえ、ぼくは常日頃から料理とは足し算ではなく、掛け算だと思っていたんだ」


「どういうこと?」


「食材の切り方、味の組み合わせ。普通の人間はその全てを足し算と引き算で構成する。どうしたところで味を組み合わせるとは足す、引く、でできるんだけど、ぼくはそこに掛けるという概念を作り、足すのと引くのを全てなくしたんだ。料理を作る時の全ての行動を掛け算にすることによって最高級料理など比べ物にならない味の料理を作ったんだ。手間も時間もかからずただの味だけで君たちが満足できるほどにね」


「すごい、すごいわクルギス!私に掛け算の料理を教えて!」


 白い子が興奮してぼくに教えを乞う。


 自分の死活問題になるのだから当たり前だろうが、残念なことにそれは不可能だ。


「無理だな。この作り方はアイテムという裏技を使ってないんだ。完全に実力だけで出来ている。君が全ての才能に秀でている奇跡の子だとしても、この味を出すのには何年もかかるだろう」


 確かに食材の加工や、純粋な調理技術などはぼくにないのでアイテムの効果を使った。


 だが常識外れの味を引き出したのは、完全にぼくの新理論のみだ。


 技術ではなく、理論の味なのでぼく以外の誰にも再現は出来ない。


「それじゃあ、私はこれからどうすればいいの? 私はこれぐらいおいしい料理じゃなければとてもじゃないけど何かを食べることができないわ」


「この料理は短時間で作れるんだ。面倒だけどしばらくはぼくが君たちの料理を作ってあげるよ」


 そういうと、白い子がまた今まで見たこともないような笑顔を浮かべた。


 その表情からは、ぼくへの心からの感謝を感じる。


「でもさあ、毎回グラタンじゃ飽きちゃうよね」


 だが、笑顔の子がいちいち文句をつけてくる。


「ぼくが発見したのは美味しいグラタンの作り方じゃない。美味しい料理の作り方だ。つまりどんな料理でも応用できるってことさ」


「凄いよそれ!」


「でも、君たち以外の人間が食べたら死ぬから誰かに食べるのを勧めちゃだめだよ」


「……へ?」


「この料理は美味しすぎるんだ。普通の人間が食べたらショック死する」


 ぼくは圧倒的な事実を公表した。

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