他人の都合

 


 障害はすべて取り除いた。


 門は外敵に対してあまりにも優秀過ぎるがゆえに、干渉することさえできれば完全に無効化される。


「さあ、門の中から出てもらうよ。国王の命令は生き残りを助けて王都に連れていくことだからね」


 交渉の余地などは少しもない。命令は命令だ。


「やめてください!あなたは当時の悲劇を何も知らないから、そんなことが言えるのです。一体、いったい何人の人間が死んだと思うのですか?私が原因で、どれだけの被害が出たと思っているのですか!」


 ぼくは足を踏みだす。知らない。


 知らないのだそんなことは。


 この時代、今を生きているぼくがそんなことを知っているわけがないし、特に知りたいとは思わない。


 誰かが傷ついたとか、誰かが悲しんだとか、そんなことを慮って生きていくと、人間は雁字搦めで動けなくなってしまう。


 思いを馳せるぐらいはしてもいいが、尊重してはやれない。


 個人の思いが尊重されるというのなら、ぼくのことだって尊重してもらわなければならない。


 人には事情というものがあり、全てを最優先にしてあげることは出来ない。


 何故なら、別に何十億の人間の総意だからと言って、ぼく一人のの意見より優先されなければならないという理由にはならないからだ。


 もしもそうだというのなら、人間と言う生命はとっとと滅びたほうがいいぐらいだ。


 他人を優先して生きてなどいけない。ぼくが誰かを優先するなら、誰かはぼくのことを優先してくれなければ天秤が釣り合わないのである。


「お前、うるさいよ」


 ぐだぐだと鬱陶しい。


 他人のことばかり気にして、自分のことを蔑ろにしている。


 長い間、こんな場所にいるから、自らの幸福を願うことすら忘れてしまう。


 人間は自分のために生きているし、生きるべきだ。


 他人を慮る姿勢は確かに素晴らしい部分もあるが、自分を幸福に出来ない人間が、他人を幸福にできるわけがない。


 何故なら自らが幸せでない人間が、何が幸せなことなのかと言うことを実感できるわけがないからだ。


 それはつまり、他人がこれは幸福だろうという思い込み。ただの幻想に過ぎない。そんなものを押し付けられても迷惑なだけだ。


「お願いします!私を助けるためにお兄さまは死んだのです。世界の全てを欺いてでも助けてくれたのです。それなのに、それなのにこんな風に全てを無意味にすることなんて、絶対に許されないのです!お願いします!私にできることならなんでもします。この世界を滅ぼさないでください!」


「……別に、君が外に出たからって世界は滅ばないだろう?今だって世界は普通に続いている」


「滅びますよ。今の世界にはお兄さまがいないのですから」


 カチンときた。つまり、初代より、ぼくのほうが格下だと思っているというのか。


 確かに初代は伝説の剣星だ。一時代の間、最強の存在だった。


 でもそれは過去のことでしかない。その時代にはぼくがいなかったからこそ、偽りの最強を名乗れたということを思い知らさねばならない。


「……わかったよ。条件を二つ飲んでくれるなら、とりあえず出さないであげよう」


「どんな条件でも受け入れます!条件とはなんですか?」


「一つ目は君の知識の全てをぼくに提供してもらう。過去の歴史は空白部分も多いし、ぼくの役に立つことは多いだろう。聞いておきたいことは色々とある」


「は、はい。ですが、あなた個人になのですか?」


「国との話し合いは君の裁量に任せるよ。交渉にもなるだろうし、自分の利益にすればいいさ。ぼくの行動は国に対するものでその利益のために動いているのは確かだが、それはあくまでも国という対象であり、究極の所ぼくの利益で問題はない。それ以上のものは求めていない。ぼくの利益は国の利益に直結するから別にぼく以外の誰かに利益が必要とは考えていないよ」


「……つまり、あなたの手柄以上の利益など必要ないと?」


「ぼくの行動による結果としてはね。他の人間が自分の利益が欲しいというのならぼくの関わりがない所で、君との交渉によって得るべきだ」


「利用されるのは好まないということですね?」


 ぼくの手柄を、なにもしていないやつらにタダで持ってかれるなんて御免だ。


 せめてこの子たちの利益にしてやるべきだろう。


「もう一つは君の門を共有させてもらう」


「門、ですか?」


「自由を奪っておきたいし、門は利用価値がたくさんある。それに、国王からの任務を果たすのにも必要だ。かまわないよね?」


「は、はい。すべて受け入れます。世界の危機に比べれば。ですが、門の共有方法なんて、私は知りません。そんな方法があるのですか?」


「まあ、色々とね」


 門を破壊するという、世界に存在しない技術を使えるぼくに対して、怯えた顔をするアサヒを無視して門の中に入る。


 その様子はぼくの門とはずいぶん違うことがよくわかる。


 基本的には、門というものは限度のないほどの広大な空間であり、端的に「広い」ものだ。少なくてもぼくの門はそういう一面を持っている。


 だが、アサヒの門は「狭い」のである。


 彼女の内面を表すように。


 それは心理的な要素による圧迫感と言う意味もあるが、単純に使っている範囲が狭いのだ。


 有り得ない広さがある門の中の、ほんの一部屋分しか使っていないのがよくわかる。


 その感情は苦しみか、悲しみか。


 残念ながらぼくには分からなかった。

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