恋か否かと言われたら

海に入るまでが長え、いちゃいちゃすんなbyシンヤ


砂の巻き上がる音か水のぶつかり合う音か、サーッ、サーッと定まらないリズムで波が奏でる。

雲が太陽を遮っては海の色を更に深く変え、陽が差し込めば泡に虹の色を持たせていた。

太陽は高く高く登っていて、しばらく雪山にいたせいで狂っていたが、あぁ、夏だったと思い出す。


この一年がうんと早く、長かった。

ずっと気になって仕方がなかったのだろうか。

ずーっとここに忘れ物をしてきたような気がしていたが、来てみればそんな物はあるはずもない。

彼女に会いたくて時の流れは飛び飛びできたのだろうか。しかし時々思い出す度に、あと何日があと何時間、あと何分、あと何秒と途方もない数字に化けていった日々。

そこから解放されて、熱い砂の上に腰をかけている。今、隣にはマコさんがいる。


そんな叙情的であるようなそうでないような事をぽかーんと思いながら、少し遠くまで泳いで行ってしまったマサキたちを見つめる。

マコさんは麦わら帽子を顔に被せて、両腕を頭の後ろに置き大胆に脇を見せながら昼寝をしている。

少し筋肉のついた白いお腹が、水色の水着の下にある胸が、彼女の寝息と共に上下している。思わずドキッとして、首ごと視線を逸らす。

視線の先には黒い大岩があって、所々沖縄っぽいシダ植物で緑がかっていた。


「タクミ君さぁ」


ビクッとして振り返る。

まさか起きてた?!

ちょっと体見ちゃったのバレたかな…


マコさんが麦わら帽子を手に持って起き上がっていた。

背中に砂の跡がついていて、パラパラと落ちる。


「そろそろ泳ぎに行かない?」


「あぁ、はい…行きましょう」


危ない…バレてなかったかと頭を掻く。

どうやら中学生の頃から聞いていた噂では、女の人は自分の胸とか体を見られてるのが分かるらしい。

少しホッとはしたものの、狼狽ていたせいでマコさんが何を言ったのかを頭の中で解かずに返事してしまった。


海…海かぁ…

大丈夫だろ、多分泳げるはず。

実際去年は泳げていたじゃないか。

それに、クラゲだって大した痛さじゃ無かったし。


砂が水気を帯びて、足に纏わりついてくる。

足跡がくっきりと残り、そこに波が被さっては消えていく。

冷たく、気持ちのいい感覚が足元から這い上がってくる。

マコさんは少し僕より奥に進んでいく。

いきなり少し深くなったところに足を突っ込んで、「きゃあっ!」と楽しそうにマコさんが叫ぶ。

お̶っ̶ぱ̶い̶揺̶れ̶て̶る̶。


「大丈夫ですか?」


「だいじょーぶだいじょーぶ。ここの海そんなに深くないし。おいで、行こ」


マコさんが海に飲まれて溺れてしまうんじゃないかと少し心配になりながら僕も前に歩く。

水と波の抵抗をスネに受けて進みづらい。

太腿のあたりまで海水に浸かる。

やっべちょっと怖くなってきたかも。


「ふふっ、そうだった、タクミ君海ダメなんだったっけ」


「いぃ…や、今は大丈夫っす…」


あれ?なんか海中に白くてフワフワしたの見えない?あれクラゲじゃない?

行きのバスで見たハブクラゲとやらだったりしない?激痛だとかなんとか…

やばい、海の中にあるもの全てがやばそうに見えてきて、足元ばっか見てしまう。


「ほーら」


突然、細くて暖かい指が僕の手を握り、引っ張る。


「そんなに怖くないって!」


思わず全身がゾワっとする。

冷静になれ!と頭にバクバクと心臓が血液を送り、逆にダメになる。

顔が紅潮するのが自分にも分かる。

赤くなってるのがバレませんように…!


突然、「うひゃぁっ!」というマコさんの声と一緒に腕が引っ張られる。

反応する隙も、逆に引っ張って支える間もなく、顔が水面に叩きつけられる。どうやら更に深いところに足を取られたらしい。


口が塩辛い。

たくさんの海水が口の中に思いきり流れ込んだみたいだ。

手は離さないまま、上下が分からなくなる。

やばい。溺れる!

マコさん、マコさんは?!


海中で彼女が苦しそうにするのが見える。

肩くらいまでの長さの髪が、海中に差し込む光で艶っぽく揺らめく。

ギリギリ足の届く海底で踏ん張って、ぐっと引き寄せる。


「ぷはっ!けほっ!」


辛うじて頭が水面に出る。

彼女は少し水を吐いて、荒くなった息を整える。

どうやらちゃんと浮いてくれたみたいだ。


「大丈夫ですか?!」


流石に今度はだいじょばないだろ、と思っていたが、アハハハハ、と彼女が口を開けて笑う。


「ごめんごめんタクミ君、一緒に引きずり込んじゃって…目いたっ…」


「…びっくりした…気をつけてくださいよ」


違う意味で心臓がバクバクした。

びっくりしすぎて火照りも治ったみたいだ。

しかしそのまま、彼女は僕の手を握っている。

それを意識し始めるとやばい。


「あれ?タクミ君は目痛くないの?」


「え?全然ですけど…」


マコさんがバシャッと僕の顔にいきなり海水をかける。


「うわっ!」


目を閉じる猶予も与えられず、しみる!と覚悟する…が、特に目は痛くなかった。


「…痛くない?」


「ちょっと顔つけてみて」


「えちょっと何してガボッ」


マコさんが空いた手で僕の頭を思いきり水面下に押し込む。

はい?!何してんの?!鼻の中に水が!コノウミ、フカイ!

とはならならかった。

むしろ水の中はくっきり見えていて、ゴーグルをした時よりもずっと鮮明で、8kテレビの眺めよりも細かいサンゴが並んでいた。

息ができた。


「ちょっと、殺す気ですか!」


「ごめんなさい!つい」


ついって何だよ…と思いながら、体の変化について思い出す。アレだ。

この間、風呂でなったやつだ。

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