第4話 そして勇者は夢を見る その7
「なんとも凄まじい……」
『剣聖』イーゲルブーアが知る『勇者』はルークで二人目だった。
だが、一人目はここまで凄まじい力を奮った事は無かった。
少なくとも、ダンジョンそのものを崩壊させたりはしなかった。
それが、しなかったからなのか。出来なかったからなのか。
イーゲルブーアには判別出来なかった。
「参りましょう、フレア」
「勇者様は来るなと言われたではないですか。アリア」
冷や汗を流す『剣聖』の背中で、二人の『聖女』が言い争っていた。
アリアは『勇者』に続き進もうとし、フレアがそれを引き止める。
「だとしても、ここでただ待っていたいのですか。貴方は?」
アリアは思う。
来るなと言われてその通りにして、果たして『勇者』の歓心を得られるものかと。
「足手まといになるよりは、余程よろしいかと」
フレアは嘲る。
『勇者』の苛立ちは明らかではないかと。
「それに、地上であるならば、勇者様を心安らかにする手段もいくらでも用意出来るでしょう?」
それならば、『勇者』が勇者たるダンジョンの中では無く。
自分たちの有利な場所での立ち回りを考えるべきだ。
そう、フレアは思う。
「……貴方がそう思うなら、そうなさい」
アリアはぎゅうと杖を握る。
彼女も愚かな女ではない。そんな事は言われずとも分かっている。
それでも、退くべき時とそうで無い時はあるはずだ。
「私は行きます」
そして今は、退いてはならない瞬間だ。
自分の女の勘にかけて、フレアは大穴に脚を踏み入れる。
握る杖の先端に魔法の灯りをつける。
脚を入れただけで、闇が纏わり付いてくるようだった。
「無駄な事を。いいえ、無駄どころか有害な行為ですわね」
おっかなびっくり下っていくアリアを、フレアは冷たく見下ろした。
「フレアはルーク様のお気持ちを考えてみたらよろしいのでは?」
「アリアは自分のお気持ちしか見えておりませんわよ?」
フレアの反論に、アリアは思わず黙り込む。
確かに有害な行為だ。
一団全員の存在すべてが厭わしいと、『勇者』は態度で語っていた。
彼にとって、アリア達は邪魔でしか無いのだろう。
共に下って、役に立つ事も何も無いだろう。
それでも、来るなと言ったのは、これは初めてだった。
きっと、これに従えば、二度三度と続くだろう。
自分と『勇者』の距離はどんどん開いてゆくだろう。
それを直感した。
だから、意を決した。
眦を決っして、杖を強く握って。震える脚に力を込めて。
階段を一段一段降りていく。
杖の灯りは足元すら満足に照らしてはくれない。
「わかっていませんわね。フレア」
精一杯の皮肉の声。
自分で驚くほどに震えていた。
「男性は、普段気の強い女が気弱に頼ってくる姿に弱いそうですわよ?」
「弱い姿を『勇者』様に見せたいのならばご勝手に。私には私の考えがありますので」
呆れたようなフレアの声。
アリアはもう振り返らない。
振り返っても、纏わり付く闇しか見えない。そんな気がした。
そんな事になったら、もう一歩も進む事も戻る事も出来ない。
「まったく。分かっていませんわね、あの子は」
なけなしのプライドを頼りにアリアは前に歩を進める。
少し前に降りだしたはずの勇者の気配は既に無い。
全力で照らす魔法の光も、どこにも行き着く事無くただただ闇に消えていく。
暗闇の中、世界に自分一人きりなのではないか。そんな恐怖が湧いてくる。
恐怖を必死で押し留めて穴を下っていく。
歩く速度は早足になっていた。
すぐに息が上がる。
自分が焦っているのをアリアは感じる。
そう、焦っているのだ。
焦らなければならないのだ。
アリアとフレアは貴族に生まれた。
血筋は古く王族に繋がっていた。
家の栄誉はそれだけだった。
領地も、権力も、家には存在していなかった。
飯の種すらその血筋だけだった。
名家の血筋が欲しい者。成り上がりの平民や、大義名分の欲しい貴族。
そう言った連中に血筋を売る事。それでアリアの実家はなんとか成り立っていた。
つまり、生まれた女を輿入れさせるのだ。
それによって得られる持参金。輿入れ先からの援助。
そう言った金で、家の格式にふさわしい生活というものを維持していた。
結局のところ、アリアもフレアも商品に過ぎなかった。
見ず知らずの男の所に買われていき、子を産むためだけの商品。
それは娼婦と何が違うのか。
冒険者などと言うばけものになったのは、精一杯の抵抗だった。
貴族の間では、冒険者は魔物と変わらぬ存在だと思われていた。
たまたま、『聖女』に成り得る素養がアリアとフレアにはあった。
貴族の中には、そういう人間も存在する。
だが、彼らはわざわざ冒険者等に身を落とす事は無い。
冒険者と言うものはそういう存在だ。
それでも、アリアとフレアは冒険者となった。『聖女』となった。
なって得られる富と名声が、きっと自分達を自由にしてくれる。そう信じたから。
子供の頃から意見の合わない姉妹だったが、この時だけは共に進む道を選んだ。
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