第1話 『進む道なき』シオン その3

 一歩と動いていないのに、鼓動が早鐘のように早まるのをシオンは感じた。

 先程まで全身を覆っていた疲労は、もはやどこかに消えていた。

 代わりに、ピリピリとした緊張がシオンの周囲に満ちていた。


「さあ、せめてもの情けだ。武器を取れ」


 正面には盾を構えたサライがいる。

 円形の盾の向こうから、殺気を籠もった眼差しがシオンを貫く。


「抜いた所で勝ち目は無いだろうが」


 サライの【天名】は『四連剣士』だ。

 かつては『戦士』だった。

 そこから【術技】を習得し、実力を高め、より上位の【天名】を授かるに至った。

 名前の通り、剣を扱い、連打を得意とする。


 シオンも『戦士』ではあるが、基本的な戦い方は同じだ。

 盾と片手剣を装備し、攻撃防御どちらにも対応して戦う。

 そして、戦い方こそは同じであっても、経験も実力もシオンはサライには遠く及ばない。


 冒険者の力の源は【術技】だ。

 攻撃も防御も、戦闘の基本的な動きから、身体能力の向上、特定の攻撃への耐性、魔法を発動させる技術まで。

 通常で学ぶならば多大な時間と労力を要する技術や力を、【術技】は容易く与えてくれる。

 

 【術技】はクラキルの神殿で儀式を受ける事で新たに習得する事が出来る。


 その為には相応の寄進が必要だ。

 高位の【術技】となると、特別な触媒も必要となる。

 殆どは魔物の身体の一部だ。

 それも高価な金を払って購入するか、自力で魔物を倒して持ってくるしかない。


 強大な魔物程、その身体は希少な素材や触媒となる。その価値は高い。

 そうやって手に入れた金と素材で冒険者はさらなる【術技】を手に入れる。

 一定以上の実力を手に入れた者は、新たな【天名】を授かり、さらに強力な存在へと生まれ変わる。


 戦うほど、経験を積むほど、魔物を倒す程、冒険者は強くなる。

 シオンとサライの経験の差は、そのまま実力の差だ。

 戦い方が同じなら、その差は埋まる要素も無い。


 どうすれば良いのか……。


「……もしかしてお前。抜かなければ、このまま何とかなるかもしれない、とか思ってないか?」


 一瞬、シオンの息が止まった。

 図星だった。

 『このまま何とかなるかもしれない』。

 無意識に、そう思っていた。

 言われてシオンはその事に気がついた。


「……はは……そうか。そうですよね……」


 見下ろすと、土に汚れた自分の剣。

 最初からやり直すと言った矢先にこの有様だ。

 きっと、自分の本性はそういうものなのだろう。

 きっと、ルークも呆れていたのだろう。

 そう、シオンは思う。


「……何故笑う?」

「何か狙いがあるのか?」

「ヤケになってるだけじゃないか?」


 考えなくてはいけない。

 決断しなくてはいけない。

 自分の頭で。自分の責任で。

 自分自身の命をかけて。


 その事がシオンは嬉しいと思った。

 村を出てから半年、ただ流されるだけの毎日があった。

 『勇者』の後ろについて、危険も、責任も、考える事も他人任せの日々だった。

 自分の頭で決断するのは、久しぶりの事だった。


 見下ろすと、土に汚れた自分の剣。

 村の裏山に、親友と二人で登った日を思い出す。

 泥だらけになって汗まみれになって。

 行き道も分からず不安におびえて。

 ザワザワを風に揺れる木々の影が、巨大な怪物に思えたものだ。

 今にして思えば。小さい山だった。魔物の一匹もいなかった。

 それでもあれは、間違いなく冒険だった。


「三人相手は、流石に無理かもしれませんが……」


 三人は、三人共にシオンよりずっと格上だ。その自覚も十分にある。

 一対一であったとしても、シオンの勝ち目はまったく無い。

 ……と、思っている事だろう。


 そこが付け目だ。


「でも、一対一なら……」

「安い挑発だな」


 サライがそれを遮った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る