くのいち☆ルナーズ!

矢田川怪狸

商店街の戦い

第1話

 その日は日曜日で、月ケ丘駅前の商店街には、たくさんの買い物客がいた。

 月ケ丘駅は都心に向かう特急がとまる駅で、その駅前の商店街は昔からあるおばちゃん向けの洋服屋さんや、小さな居酒屋さんやうどん屋さん、それに新しいカフェやパン屋さんや、おしゃれなアクセサリー屋さんもあって、とても賑やかだ。

 商店街はお客さんがたくさん来てくれないと困るから、お休みの日はイベントがあったりする。テレビで人気のヒーローが舞台の上で悪者と戦うショウとか、ジャグリングや手品をする大道芸人を呼んだりとか。

 だから、その『ガマ』が現れたのも、なにかのショウだと思って、誰もびっくりしたりはしなかった。

『ガマ』っていうのは蛙のこと。それもアマガエルみたいにすべすべして緑色のかわいいやつじゃなくて、茶色くて背中にいぼがついた気味悪いやつだ。

 しかも、この商店街のど真ん中に現れた『ガマ』は、人間よりもずっと大きかった。自動車ぐらいの大きさで、背中に忍者の恰好をしたおじさんを乗せていた。だからみんなは『ガマ』が作り物で、忍者のショーが始まるんだと思って集まってきた。

 特に男の子は忍者が大好きだ。小学生男子はガマを取り囲んで、忍者ショーが始まるのを待っていた。

 しのぶも、そんな小学生の輪の中にいた。しのぶは女子だけど、二つ年下の弟に手を引っ張られてきたのだ。

「まだかな! なにが始まるんだろう!」

 弟の孝蔵がピョンピョン飛び跳ねながらはしゃぐから、しのぶはあきれ顔だ。他の人には聞こえないように、小さな声で孝蔵に向かって言う。

「あんた、自分が忍者なのに、作り物の忍者なんか見て楽しいの?」

 実はしのぶと孝蔵は服部――漫画や映画の忍者のモデルにもなっているくらい有名な伊賀忍者の子孫で、おじいちゃんから忍術を教えてもらっている。だけど、二人が忍者だっていうことはみんなには内緒。

 だから孝蔵も、小さな声でしのぶに言い返した。

「だってさ、本物の忍者って、地味じゃん?」

 こんな人がいっぱいいる中で、そんな話を――たとえ小さな声でも、誰かに聞こえちゃうかもしれないなんて心配wpするかもしれない。

 だが、そんな心配はご無用!

 だって二人は忍者の訓練を受けているから、ただの小さな声じゃなくて『忍法・さざめきの術』で話しているのだ。二人は忍者だけが使える特殊な呼吸法で声を出しているから、会話が他の人に聞かれても『ざわざわ』という騒音にしか聞こえないはず。

「この『さざめきの術』だってさあ、便利だけど地味じゃん」

 孝蔵が不満そうな顔でいうから、しのぶはこれを叱る。

「地味な方がいいでしょ、派手だったら、私たちが忍者だってバレちゃうじゃない」

「それもさあ、せっかく忍者なのに忍術使っちゃいけないとかさあ、面白くないよ」

 孝蔵はまだ小学二年生、自分がすごい忍術を使えることを自慢したい年ごろである。

 対するしのぶは小学四年生、もうお姉さんだから、自分が忍者だってバレたら大騒ぎになることを知っている。

「あんた、間違っても忍者ショウに飛び入り参加とかしないでよ」

「僕だってそこまでバカじゃないよぉ」

「どうかな、この前の算数のテスト、三十点だったじゃない」

「勉強と忍術は関係ないじゃん!」

「しっ、声が大きい」

 それで、二人は黙り込んだ。ちょうど忍者のおじさんが動き始めたところだった。

 おじさんは自分の周りにいるのが子供ばかりなのが不満なのか、「ちっ」と舌打ちした。

「お前ら、大人を呼んで来い、大人をよ」

 何かおかしい。ショウの役者さんは、こんな乱暴な言葉でしゃべったりしない。

 おじさんはガマの背中の上に立ち上がって、ボリボリと頭を掻いた。

「まあいいか、まずはお前らガキから、忍者の怖さってものを教えてやる」

 おじさんはガマの上でポンと飛び上がり、くるっと宙返りをして地面に降りた。いかにも忍者っぽいカッコイイ動きだった。

 みんなが「おお~っ」と声をあげて、パチパチと拍手する。すると、おじさんはすごく不機嫌になった。

「やめろやめろ! 見せもんじゃねえんだ!」

 一人の男の子が、ついに好奇心を押さえられなくなったのか、ガマに向かって手を伸ばした。

「ねえ、この蛙、本物?」

 おじさんはその男の子に向かってニヤリと笑う。

「おう、本物だ。だから、触りたいんなら死を覚悟しな。何しろガマってのは、毒がある生き物だからな」

 男の子は驚いて手を引っ込めたけれど、その隣にいる頭のよさそうな男の子が、代わりに口をきいた。

「おじさん、この蛙の背中に乗っていましたよね。そんな毒がある生き物だったら、おじさんも触れないのでは?」

「蛙じゃなくて『ガマ』な。あと、お前らと違って俺は忍者だからな、ガマの毒ぐらい平気なんだよ」

 おじさんはガマの鼻先をするするっと撫でた。ガマはまるで子犬のように目を細めて「げぇぐぐぐ」と鳴いた。本物の、生きたガマだ。

 おじさんはすごく満足そうにうなずいてから、子供たちに向かって言う。

「どうだ、こんなでっかいガマなんか見たことがないだろう。これはバイオ技術によって遺伝子操作したガマだ。昔とは違って忍者ってのも進化している、俺たちは忍術と科学を融合させることによってだな、昔はできなかった忍術をいくつも実現させたんだ」

 話が難しかったみたいで、子供たちはみんなぽかんとしている。おじさんがまた、「ちぇっ」と舌を鳴らす。

「これだからガキってのはよお」

 だけど本物の忍者であるしのぶと孝蔵は、みんなみたいにぽかんとしてしまうことはなかった。二人は『さざめきの術』で話し合っていた。

「姉ちゃん、戦おう!」

「ダメだよ! 勝てっこない!」

「どうしてさ、僕だって忍者だから、忍術を使える、戦えるよ!」

「あのおじさんは私たちが習った忍術よりも新しい、すごい忍術を使えるよ、勝てるわけないよ!」

 おじさんはぐるりと辺りを見回して、これに気づいた。

「へえ、面白いモンが混ざってんじゃないか」

 ニヤリと笑って、口を開く。だけど声はすごく小さくて、「ざわざわ」としか聞こえない。『さざめきの術』だ。おじさんはその術で、しのぶと孝蔵に向かって話しかけた。

「よお、ガキ、お前らも忍者か?」

「!」

「どこの流派かは知らねえが、お前らも忍者なら知ってんだろ、俺は『自来也じらいや』ってんだ」

「じ、自来也!」

 しのぶが驚いたのは、それが服部のご先祖様と同じくらい有名な忍者の名前だから。だけど、江戸時代に活躍した昔の人のはず……。

「ふふふ、驚いてるな」

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