第9話初依頼は不法侵入事件 ④

 お店に着くと早速、検討を始める。議事録作成は今回香がやる事になった。雪が紅茶を入れてお菓子を準備している間に、写真の資料を机に並べる花。花と香が話している。

「ホワイトボートがあると良いのかもしれないですね。黒板みたいにペンで文字がかける。」

「確かに、写真も磁石ではれて便利よね。よくテレビドラマで刑事が使ってるやつでしょう。買い物リストに書いておくわ。」


 皆が席に座ると、花が声をかける。

「準備できました。それでは、田中様ご依頼の件についての会議を始めます。」

 今回の司会進行は花である。花は自分がとったスマホの動画を流しだした。

「まず、外から中に入るには門を開けて入る以外には出口はありません。田中家は周囲はブロック塀に囲まれていて、録画にあるように通れそうな穴もありませんでした。

 次にお隣からの侵入に関しては、隣の物置を登れそうな梯子を使った後もなく田中様の家にも梯子もありません。花壇に後を残さずに左隣の家に移動する事も難しいです。ブロック塀によじ登ろうとすると花が潰れるなどの被害が出ますが、そのような事もありませんでした。門以外から人が侵入するのは無理だと思われます。」


 花の意見に賛成を表明する、雪と香。香が手を上げて意見を述べる。

「私は人が無理なら動物はどうかなと思ったの。

 たんすの引出や他の部屋のドアを開けた様子がない事、両隣の家への移動も動物なら可能じゃないかな。荒らされると犯人って人間を思い浮かべるけど、人間ならタンスを開けるだろうし押入っておいて金目の物を盗まないのは不自然かなと思う。」

 そこで思わず笑った香。

「んんん、失礼。鳥はあんなに荒らせるとは思えないし、犬か猫かしら。焼き魚がなくなったっておっしゃってたから猫かもしれないわね。」

 香の話に楽しそうに微笑みながら聞いていた雪。

「私も焼き魚って聞いた時点で猫かもって思った。現場の写真を見ると分かるけれど、居間の畳に少し泥がついてるの。小さい泥だし泥棒は土足で入るって思っているから気にしないかもしれないけれど。もしかしたら小さな動物の足跡かもしれない。」

「ああ、皆考える事は似ているんですね。私もそう思ったので、植え込みの地面とか撮影したんです。まあ、1週間以上たっているから何も見つからなそうですけれど。」

 そういって動画の地面を静止して見つめる花。

「そうね、猫かどうか確かめるには、同じような状況を作っておびき出すくらいしか思いつかないわ。食卓に焼き魚を置いて姿を隠して録画するとか。

 でもいいにくいわよね、笑われるか怒られそう。犯人は猫ですって。ただ他に可能性もなさそうだし、近所の野良ネコ情報を木田さんの奥様に確認してみる? 人間だと思うと不可能だけれど猫なら可能なんだし。」

「辻褄は会いますもんね、侵入も無くなった物も。まず木田さんの奥様に聞いてみましょうか。

 その後報告書を纏めて、もしかしたら猫かもという感じで話してみましょう。そして猫かどうか確認するかは田中様にお任せる。

 あ、その前にここのお店で実験してみたら、良いんじゃないでしょうか。」

「それいいね、荷物とかは全部後ろにおいてスマホ構えて張り込みするの。机に料理を置かないといけないけど。猫だとやっぱり、焼き魚が良いのかな。」

「面白そうね、賛成。私魚を買ってくるわ。花、良いアイディアよ、やるじゃないの。私達のお昼の分もついでに適当に買ってくる。」

 花を褒めた香は、楽しそうにお財布を掴んで出て行った。


 待ってる間に机だけ残して後は後ろの休憩室に放り込んでいく雪と花、鍵のかかる引出に小物や書類は入れておく。

準備が終わると、暇になった花は、先に木田さんにこの付近の猫や犬の情報を聞きにいった。


「こんにちは。【何でも屋】の鈴木です。」

「はーい。ちょっとまってね。こんにちは。花さん。」

 にこやかにドアを開けてくれた木田さんの奥様に、花はこの近所の犬猫情報に関して聞く。

「野犬は見ないわね。この辺りの1軒屋って犬を飼っているお家が多いのよ。でも野良猫はちょくちょく見るわ。保護をして里親のNPOの所にお願いしたいんだけれど、警戒心が強いのか逃げちゃうのよね。捕まらないの。」

「そうなんですか、野良猫ならご飯はどうしてるんですかね。」

「そうなのよねえ、商店街のごみを漁っているのか、誰かが上げているのかは分からないけれど。いつ見ても元気そうよ。警戒心が強くて、すぐ逃げるから人に懐いてはいないのよね。」

「私達もご飯食べる事もあるけれど、月1回位だからゴミ出しってどうなんだろう。」

「あら、店舗の人も一緒の場所に出せるわよ。ゴミ捨て場は分かるわよね、そこに指定の袋で出して大丈夫。店舗というか自宅兼店舗って感じだし、鈴木さんの所。

 鈴木さん自治会費払って下さってるし、町内清掃や行事もどなたかがいつも来てくださっているじゃない。街の住民って感じなのよね。他の人達もそう思っているわ。」

「そういえば参加していましたね。思い出しました、いつも家の誰かが必ず参加していたんでした。分かりました。ありがとうございました。」

 お礼を言って戻ると香がもう戻ってきていた。早速2人にゴミ出しルールを教えておく。

ついでに、野良猫の事も話しておく。


 花の話を聞いた雪と香。

「そっかあ、野良猫いるのね。それにしても鈴木家の皆様のおかげでごみの心配もしなくていいなんて、本当にお世話になりっぱなしだわ。皆様の日ごろの行いが良いから、私達も恩恵にあずかっているのね。」

「そうだよね、本当に何かお礼の品が必要だよ。」

「ああ、それなら雪さんの手料理が喜ばれると思います。稲荷寿司、大人気でしたよ。甘いタレが油揚げとご飯にしみこんでいて美味しかったと、皆お礼を言ってました。」

「良かった。手作りの品って緊張するからあまり持っていかないの。潔癖症の人もいるし、人の好みって出身地とかによって随分変わるから、難しくって。」

「それはあるわよね。でも雪の稲荷寿司は私も好きだな。美味しかったわ。」

「嬉しい、ありがとう。」

 照れてる雪を見て、2人とも微笑む。


「じゃあ猫の食べ物に戻ろうか。良い匂いだけど香何を買ってきたの。」

「今回は塩焼きを買ってきたの。お総菜屋さんで聞いたら作ってくれて。魚屋さんで買って持っていったら焼き魚にしてくれたのよ。商店街って凄いのね。」

「お総菜屋さんのお父さんが魚屋さんなんですよ。少し離れた所のお店の。お刺身とかなら魚屋さんでやってくれるんですけど、煮魚とか調理になると総菜屋さんでやってくれるんです。」

「それって便利。1人分とかだと魚の処理とか面倒って思っちゃうから作らないんだよね。生ごみも凄い臭くなるからすぐ捨てたいし。」

「分かります。私は作らないけれど、魚料理を作る祖父が匂いが気になるって言って新聞紙でくるんで捨てるんです。でもやっぱり気になるらしく魚料理は、生ごみ捨てる前日に作ってました。」

 話しながら机に食事を並べ終えた3人。ドアを開けて、スマホを構えるとドキドキしながら奥でスマホを構えて待つ。だが残念ながら、暫く待っても何も起こらない。


「んー。そんなに上手くいかないかあ。良い案だと思ったんだけどね。」

「ああ、残念。猫だと面白かったのに。猫が犯人ってなんだか可愛いのに。」

「香さんったら。まあ、私も期待してたんですけれど。食事は私達で美味しくいただきましょう。もうお昼ですしね。」

「そうね、お腹もすいたしねえ。」

 がっかりして飲み物を持って戻ろうとした時、雪が2人を掴んで小声で引き留めた。

「来た、猫来た。」

 慌てて3人は、スマホを構えてそっと中をのぞく。猫だ、録画スタート。


 1匹の三毛猫が店舗の中に入り机の上に登って、焼き魚だけをくわえてゆうゆうと出て行く。しばらく静かに見つめていた3人は歓声を上げて笑い出した。

「凄いわ。本当に猫だったなんて、もう最高。」

「これこそ、【何でも屋】にピッタリな依頼だったね。」

「でも猫、行っちゃいましたよね。まあ録画してあるし、これで説得力が増しましたね。」

 確かに、報告書に魚だけ盗まれたので犯人は猫のようですとは書きにくい。むしろ分かりませんでした、の方がずっといいと言う雪と香。

 録画の証拠映像もある。報告書を書き終えると、田中さんにいつ報告に行けばいいか連絡をする。いつでもいいとメールがきたので、3人で話し合いお昼を食べて少しゆっくりしてからという事で15時に伺う事になった。


 雪がメールを打っている間に、パソコンに今日の依頼の内容を入力していく花。それを印刷すると香に渡してチェックしてもらう。その間に花は食事を済ませて行く。香はそれを雪に渡すと、経費のレシート保管所に商店街の買い物のレシートを入れてご飯を食べだす。雪もチェックを終えると花に問題なしと伝えて引出にいれご飯を食べる。お互い何も言わなくても流れ作業のようにこなしていく、息の合った3人。

「今回の依頼は引き受けて良かったですね。楽しかったです。一応田中さんが自分の家でも試すようなら今日の夕食を付き合いましょうか。」

「そうね、その場合は猫が来たら、追加で3千円の契約で良いと思うわ。」

「うん、来るかは分からないから、来ないのにお金貰うのはちょっと気が咎めるよね。」


 時間になって皆で田中さんのお宅を訪問した。

 田中さんに報告書を見てもらう3人。犯人は猫の所で田中さんは吹き出しそうになるが、笑うのを必死にこらえて涙目になっていた。録画を見せると目を丸くして、本当に猫が魚をもっていっている、と笑っている。

 ただ、田中さんのお宅も犯人も猫かは分からないと話す3人。

 こちらが聞く前に田中さんから本当に猫が来るか確かめたいから、一緒に見届けてほしいと言う。

きょうの夕食に猫が来たら時間外代金追加という事で3千円、来なかったら報酬は必要ない事を話す。

「でも私達じゃなくて、お友達を呼んで試してみるのも良いと思いますよ。」

「ううん、今試したいのよ。それに私の友達は旦那さんや子供達と同居している人が多くて1人暮らしの人は少ないのよ。

 こういう事を気軽に頼むとなると気が引けちゃうのよね。それに犯人が猫って言ったら、この年だと笑われるより心配されそうだもの。お友達だからこそ言いにくい事なのよ。」

「ああ、確かに。猫だったのなら笑い話だろうけれど、猫かもだとなんか言いづらいって分かります。私達も証拠映像を取る前は、伝えるかどうかどうしようかって思っていました。」

「分かりました。では、お引き受けします。ちなみに私達はお昼頃、アジで試しました。」

「じゃあ、私はサンマでやってみるわ。」

 3人も食事の準備を手伝うと、1人分だけ置いてスマホを持つ。今回は交代制にした。


「さっき食べたばかりなら今日はもう来ないかしら。」

「でも魚を焼いた良い匂いがしてるから、匂いにつられてくるかもしれません。」

 暫く待っていると本当に三毛猫がやってきた。先程の魚1匹じゃ足らなかったのだろうか。今回も録画をしながら見ていると、他の食事は取らないで、魚だけ取るとそのままくわえて庭に出て行く。猫は庭に出ると塀に飛び乗り、屋根伝いに歩いて行った。


「今回は部屋がめちゃくちゃにはなりませんでしたね。前回食器が落ちていたのは、猫が歩いた時に当たってしまったのかしら。落ちた事に驚いて猫が彼方此方走り回ったのかもしれないわね。」

「そうかも、録画は取れたし片付けよう。」

「こんな事ってあるのね。野良猫はいるって聞いてたんだけど、まさか縁側から入ってきていたなんて。今まで気がつかなかったわ。」

 皆で居間を片付けると、お疲れ様でした。とそのまま帰ろうとしたが、せっかくだからとお誘いを受けて食事をして帰ってきた。追加料金を頂いた上に夕食までご馳走になり、何だか申し訳なくなる3人。

「でも、前回が猫だったという証拠がある訳ではないので、防犯面には気を付けてくださいね。状況証拠だけですから。」

「ええ、分かっているわ。今回は本当にありがとうございました。

分からないかもしれないけれど、引き受けてくださった気持ちがとても嬉しかったの。」

 田中さんの言葉に嬉しそうに微笑む3人。

「いえ、私達の方こそありがとうございました。」

 店舗に戻るとなんだかぐったりと疲れた3人。でもとても気持ちのいい疲れだった。

3人とも、残っていたおつまみとお酒で乾杯するとお喋りを楽しみ帰っていった。


 花から後日報告メールがきた。

 田中さんが、木田さんの奥様に今回の結果を話したことにより、他の家でも猫がご飯や食材を取っていっていた事が判明。町内の人総出で勿論鈴木家も参加して、猫を捕まえる事になった。

 防犯カメラの映像や目撃した場所などを地図に書き込むと人海戦術で探して行く。三毛猫を発見。そしてそこには子猫が3匹いた。皆で怖がらせない様に猫達を捕まえて病院に連れて行くと検査と予防接種を済ませたとの事。

 花がNPOの動物保護グループに連絡して、里親探しが始まる。だがなかなか見つからないので、避妊手術を済ませた親猫を町内で半野良猫として引き取り、町の皆で見守ることにした。猫の責任者は木田さんだ。三毛猫の名前はアジ。今は堂々と商店街にきて、ご飯を貰っているそうだ。

 子猫3匹は、高齢で不安なのでもしもの時にはNPO団体が猫を保護するという条件付きで、田中さんと町内の人2人が引き取ったそうだ。

 この事が広まると、町に動物を捨てに来る人がくるかもしれないという事で保健所から引き取ったという事にしたので、そういう事でお願いします。と花からのメールの最後には書いてあった。


 【何でも屋】の最初の依頼は、犯人が猫というまさかの結果。

依頼者や探偵達にほっこりとした温かい気持ちを、猫達には家が見つかる、ハッピーエンドで終了した。


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