第11話 絶望の中で輝く一筋の未来

 洞窟の中で眠っていた俺達への配慮なのか、洞窟から少し離れたところで二人が口論しているのが見えた。

 殴り合いとまでは言わないが、すぐにでも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気は離れた位置からでも容易に感じられた。


 「いい加減にしろ! お前の勝手な喧嘩に妹や俺達を巻き込むのはよせ!」


 「訂正してくれないか、決して個人的な動機で戦っているつもりはない。……君の言い分も理解できるが、ここで俺達が戦わなければ、人魚族と人間の間で戦争が起こるぞ」


 びしょ濡れになりながら言い合う二人に俺とアメリが近づけば、無言で目線を逸らすライナスとは反対にマハガドさんはこちらへ主張する。


 「聞いてくれ! 今から俺達を連れて人魚族の追手の拠点を責めるて言ってやがるんだ! たった四人でだぞ!」


 「俺達が人魚族達を……」


 「無茶な話だと思うだろ、小僧も! そんなの死にに行くようなものだ! ついさっき会ったばかりの小僧や自分の妹すらも巻き込んで戦争しに行くんだぞ!? 考えられるか! おい、嬢ちゃん。嬢ちゃんには悪いけど、言わせてもらうぞ。今、コイツがやろうとしているのは兄貴としては、やっちゃいけねえ行為だ! 妹を死なせようとしているんだ!」


 どう反応していいか分からない俺とアメリアに、沈黙していたライナスは逸らしていた目線をこちらへと向けた。


 「妹を死なせる行為……そう思われても仕方がないだろう。しかし、奴らはあれだけの人数を人間族にさせて既に上陸している。奴らが拠点を手に入れ、いよいよ本格的に動こうとしている証拠だ。もう時間は少ない、未来のことを考えるなら今の内に叩くしかない」


 断言するライナスの胸倉を、俺達が止める間もなくマハガドさんが掴んだ。


 「簡単に言ってくれるじゃねえか……。相手の数は? 武器は? 魔法への対策は?」


 「全てが不明だ。確実なのは、俺達を捕えようとしていた者達よりも戦力は多い。さらには、人的損害を出したことで警戒心はさらに高まっていることだろう。だが、俺達には大量の爆薬に人魚殺しの剣もある。正面から戦うなら手も足も出ないかもしれないが、奇襲なら奴らを混乱させて殲滅することも困難ではないと俺は考えている。……できるんだ、今の俺達なら戦争を止めて、この状況を打開することが」


 「はっ……もっと冷静な奴だと思っていたが、自殺志願者じゃ救えるものも救えねえよ」


 呆れ果てたとばかりに手を離したマハガドさんは、俺達の前に立つ。


 「お前らは、どうする? 俺はこんな無茶な賭けは乗らない。もう金と爆薬の取引は終わってるから、さっさと引き上げることにする。……ライナスが言うみたいに全てが解決したとしても、正直うまくいくとは思えない。何だか、今回の件は人魚族とか人間族とかだけでなく、ずっと大きい何かが動いているように思えちまうんだ……」


 「ずっと大きい何か……」


 無茶だと言うマハガドさんの意見には大いに同意するが、マハガドさんの直感的な大きな何かという言葉が引っかかる。

 世界を超えてまでこちら側にやってくる姫叶は、その”大きな何か”の一部ではないのだろうか。

 葛藤する俺とは違い、さも当然だという感じにアメリアは前進する。


 「私の答えは決まっています。兄さんと共に、この戦争を止めます」


 「いいのか、アメリア」


 頭を抱えるマハガドさんの隣を素通りしてアメリアはライナスの隣に立つ。


 「もちろん妹として兄が心配だという気持ちはありますが、今ここで動かなければ人魚族も人間達も大勢の犠牲が出るのは明白です。それに、すぐに行動できるのは私達だけなら動くしかないでしょう。……彼らの野望を阻止します」


 「お嬢ちゃん達は、例えそれが一時凌ぎだとしてもやるってのか?」


 「ええ、次の誰かが戦争を起こすかもしれませんが、それでも、その次の誰かまでの時間を稼ぐことができます。……この戦い、命を懸けるに値します」


 「まったく、本当に頑固なお嬢ちゃんだ……。さ、小僧はどうする? 俺達だけなら、さっさと逃げられる」


 アメリアの発言とマハガドさんの一言が最後の決め手となり、首を横に振る。

 ぎょっとするマハガドさんは予想できたが、ライナスも多少驚いているようだった。


 「……確かに無茶な話だと思います。ですが、このまま逃げても同じじゃないのでしょうか」


 「同じだあ? 逃げてしまえば、後は死に急ぎの連中だけで好きにさせたらいいだろ。それに、俺は度胸のある小僧のことが気に入ってるんだ。町に帰ったら、俺の仕事の手伝いをさせてもいいんだぜ?」


 「そう簡単にはいきませんよ。……確実に追手の人魚族からは俺達の顔は見られています。もしかしたら、既に町の方で俺達がやってくるのを待ち構えているかもしれません。そうなれば、戦争が起きる前にはもう生きていないかもしれない。なら……根源を絶つしかないです」


 先程以上に驚いた顔をしたマハガドさんは、俺の両腕を掴むと力いっぱい揺さぶった。


 「おいおいおい! 本気でそんなこと言ってんのか!?」


 「本気ですよ、何よりも俺が生き延びる為です。魔法が使えない俺でも、あのメロウハルフさえあればそれなりに役に立てるかもしれませんし」


 さっさとライナスとアメリアの方へ歩き出す。対して、マハガドさんは何か言いたそうに顔をしかめていたが大きく鼻を鳴らすと背中を向けて馬車に向かった。


 「もういい、好きにしろ! 死にたがりは、勝手に死んでやがれ! 馬の一匹は貰っていくぞ!」


 もちろんマハガドさんの言い分も正しいとは思うが、自分の命が可愛くてここまで来てない。俺は姫叶を止めるまで死ぬ訳にはいかないが、同時にいつでも失う覚悟のできた命でもある。

 そもそもの考え方が、俺とマハガドさんは違ったんだ。

 大股で離れていくマハガドさんを、俺達はじっと見送る。――数十分後に荷物を抱えたマハガドさんが何も告げずに洞窟を馬と共に飛び出していった。



                ※


  

 その日の晩、洞窟の中で焚火をしつつライナスの計画を聞くことにする。


 「アメリア、魔法で追跡はできたか?」


 「いいえ、私の魔法では駄目でした……。やはり、海から離れていると充分には発揮できませんね……」


 「いいや、それでいい。……俺の魔法は活きてる。アメリアが追跡魔法を使い解除されるのは想定済みだ。俺達の追跡が失敗したと思えば奴らの警戒心は弱くなる。……俺が掛けた魔法にも気づかぬ内にな」


 なるほど、二重に魔法を掛けることで本命を誤魔化した訳か。と、一人納得する俺だったが、不満そうにアメリアは頬を膨らませていた。


 「に、兄さん……あの状況で追跡魔法を掛けまくれと言ったのは、私に期待したいという訳ではなく……全てが囮の為ということですか!」


 「そうだ、それに先に種を明かしてしまったら、どこかで手を抜くかもしれないだろ。奴らを騙す為には、全力の魔法で騙さなければならない」


 「手なんて抜きませんよ! ……く、悔しいですぅぅぅ……ぅぅ……」


 声がどんどん小さくなっていくのは、真顔で淡々と答えるライナスにこれ以上言っても無駄だと感じたからだろう。

 話を戻そう、と肩をわなわなと震わせるアメリアを華麗にスルーしたラムサスは話を続ける。


 「俺の人通りの魔法は侵入した奴らを逃がしはしない。一度でも侵入すれば目に見えない首輪が首にかかったような状態になっているんだ。その力を辿れば……奴らの動きは完全に止まっていることが分かる。さらには、それほど遠くはない。最も警備が手薄になるだろう夜明け前に攻め込んで襲撃すれば、壊滅までいかなくても奴らに大打撃を与えることができるかもしれない。盛大に暴れるつもりだから、もしかしたら生き残った一人二人が俺達が惨劇を起こしたことを話すかもしれないしな」


 表情を引き締めたアメリアも俺と共に頷く。


 「今日、襲ったばかりの標的がまさかすぐに襲撃をし返すとは考えもしていないだろう。なら、裏をかいて奴らの拠点を速攻で叩く」


 「どんな場所かは分からないのか? 崖の上とか開けた場所とか」


 「情けないが、はっきりとした地形は判別できない。しかし、海が近いのは間違いないだろう。ずっと陸地に逃げるようなら水の精霊の加護を失い解除される可能性があったが、仮眠を取ろうが多少気を抜いても魔法が維持されたままだ。目標が海の近くに居るから魔力が供給され続けているのだろう」


 襲撃や奇襲なんて事前に情報を集めてから行うものだというのは素人の俺でも分かる。だというのに、相手の居場所だけは分かるが、具体的な情報は一切ない、抽象的すぎる。もしこれで襲撃を行うなら、博打と変わらない。ライナスはああは言っていたが、魔法がバレて待ち伏せされている危険性だってある。マハガドさんの言うように、この情報量の少なさでは自殺行為と呼ばれても否定はできない。


 いやいやと首を横に振る。そもそも考え違いをしている、既に悠長に作戦を考える時間はない。最低限の情報をライナスは掲示し、俺達の覚悟に問いかけているのだ。

 迷いなんてとっくに捨て去った。諦めるしかないと断言できる状況になるまで、後退するつもりはない。


 「――行こう。とにかく今は、一秒でも早く敵地に到着し集められるだけの情報を集めよう」


 「ええ、兄さん。さっさとこんな大変なことを終わらせて……みんなで笑い合いましょう。人生は短いんです、一分一秒でも長く楽しい時間を作りたいですね」


 俺達の言葉を噛みしめるようにライナスは目を閉じれば、次に目を開けるとアメリアの肩に手を置いた。


 「アメリア、俺のような馬鹿兄貴に付き合わせてすまない。アメリアのような優しく聡明な人魚が……妹として生まれてきてくれて、俺には感謝しかない」


 兄の温もりを確認するように肩に乗せられた手に、己の手を重ねるアメリア。そして、ライナスはもう片方の手で俺の肩に手を置いた。


 「短い時間だが、お前の人となりが分かった気がする。……共に戦場に立つからには、お前は、いや、タスクは俺の弟も同然だ。全てが終われば、俺とアメリアそれにタスクで兄妹として過ごそう」


 噛み砕いて言えば、家族になろうという誘い。嬉しい気持ちが沸き上がることに、自分でも驚く。無くしたと思っていた物が見つかるのは、こういう気持ちなのだろうか。

 首を縦に振るとも横に振るともせず苦笑する。


 「考えておきます」


 返事に、ライナスは少しだけ残念そうにした。


 「そうか、それなりに愉快な家族になりそうだと思ったんだが……残念だ」


 手を離すライナス、気付けば慌てて声をかけていた。 


 「あ……! だ、だけど……少なくとも、この戦いだけは……俺は二人のことを信頼し……兄妹として戦うつもりです」


 「――ああ、俺達は兄弟だ」


 そこで初めて、ライナスの優しそうな笑顔を見た。そうか、これがアメリアの求めていた兄の笑顔だったのだろう。

 彼の笑顔の意味を考えると、すぐに結論が出る。それは、俺だからこそ出るものだ。


 ライナスも俺に近い存在だ。

 形は違っても俺と同じく全てを失ったライナス、それが、今は新しい家族を手に入れようとしている。

 俺はライナスほど割り切れないが、それは――。


 ――幸福なことに思えた。

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