第91話 ふとんの西川


 


 1886年(明治十九年) 九月  大阪府本町 西川商店大阪支店




 広島支店視察の帰り、甚五郎は大阪支店にも足を向けた。

 普段は八幡銀行や滋賀県議会の仕事があって、以前ほどには各支店を見て回る事が出来ていない。せっかくの機会なのだからと思い、大阪と京都の各店を見てから帰るつもりだった。


 大阪支店では支配人の和田佳亮が思いがけない事を提案してきた。


「店主。西川で布団を商ってはいかがでしょうか?」

「布団を?しかし、繰綿はそこら中の商店で商っているし、今更珍しい物でもあるまい」


 甚五郎は最初布団を売り物にするというイメージが湧かなかった。

 江戸時代後期の頃から布団という物は世間一般でも広く使われていたが、それは繰綿を買い求めて各家庭で拵えていた。繰綿ならば今も売っている商店はそこら中にあるから、今更新たに商うと言っても販路の開拓の手間に比べてそれだけ大きな商売になるとは思えなかった。


「いえ、繰綿ではなく真綿を詰めた上質な布団を拵えて、製品として西川商店で売ってはどうかと…」

「布団そのものを商品にするのか?しかし、布団などは各家庭で拵えるもので、商店から買い求める物ではあるまい」

「そこです。今は布団は家庭で拵える物ですが、近頃では農村から大阪に出てきて紡績工場で働くという女性も増えています。

 昔ながらの針仕事を行っているヒマは無くなって来るのではないかと思います」


 確かに、西川商店が経営する蚊帳の製織工場でもその従業員の多くは手先の器用な農家の子女を雇用している。給料は月二円を渡しているが、これはこの当時においては一般的な労働者以上の高給取りだった。

 西川の評判を聞きつけて勤務を希望する者が多くなり、この頃には製織機を十台に増設して生産高を増やしていた。

 工場内に新たに布団の製造部門を作って特に手先の器用な女性に生産に当たってもらえれば、それほど大きな設備投資をせずに製造はして行けるだろう。


 しかし、それでも甚五郎には踏ん切りがつかなかった。

「布団なぁ… 果たして売れるかな…」

「布団と蚊帳を商えば、西川商店は『眠る事』を商売する事になります。眠らない人などいない。これはきっと良い商売になりますよ!」

「しかしな…」


 ―――相変わらず頭が固いなぁ


 渋る甚五郎の脳裏に、不意に貞二郎の声が蘇る。

 このままではいかんと新たな商売の種を探していたのではなかったかと自嘲し、思わず甚五郎は口元に笑みを浮かべていた。


「あの… 店主?」

 甚五郎の様子を不審に思った和田が心配そうな顔をしていた。


「いや、なんでもない。相変わらず俺は頭が固いのかなと思うと少し可笑しかっただけだ。

 布団… 作ってみるか!」

「はい!」



 甚五郎は大阪支店に真綿の買付と八幡への輸送を指示すると、京都店には寄らずに真っすぐ八幡町へ戻った。この頃、インドや中国から安価なシナ綿が大量に輸入され始めたことも追い風になった。

 蚊帳の製織工場の中でも手先の器用な者を三名引き抜くと、早速布団の試作に入る。

 なるべく原価を上げないように布地なども今まで扱っている商品を流用してできるだけ安価に仕立てたが、それでも敷掛布団一組で十円以上の売値になった。

 当時日本のトップエリートである大卒者の初任給が十円ほどであったことを思えば、かなりの高級品と言える。


 翌明治二十年には大阪支店で布団の販売を開始したが、仕立品の布団は甚五郎の予想に反して当初から大きな売り上げを作った。

 布団を買い求めるのは裕福な家庭ばかりではなく、決して豊かとはいえない農村の百姓たちも『布団講』を組んで金を出し合って買い求める事もあった。


 甚五郎は大阪支店の成功を見るとすぐさま京都店や東京の日本橋・京橋両店でも布団の取り扱いを開始させる。

 布団の生産設備も増設し、瞬く間に布団販売は蚊帳や畳表に並ぶ西川商店の大きな事業の柱となった。


『ふとんの西川』の始まりだった。




 1887年(明治二十年) 七月  北海道忍路 住吉屋忍路店




 甚五郎が布団という新商品の売り出しを積極化している頃、西川貞二郎は北海道の支店を回っていた。

 初代傳右衛門が開いた松前支店は実際の漁場である忍路・高島から距離があり過ぎた為、五年前に閉鎖して小樽に移転していた。


「せっかく缶詰工場の機械を買ったのだから、北海道でも何か缶詰にして売れる物がないかな?」

「はあ…それじゃ、鮭などはどうです?やはり住吉屋は鮭とニシンですし…」

 忍路支店の支配人はあたりさわりのない答えを返したが、それが貞二郎には不満だった。

 第一、鮭缶は既に製造している会社が北海道にある。二番煎じになっても面白くないと思っていた。


「もっとこう… 目新しいものはないか?こんなものを缶詰にするなんて!と思わず驚いてしまうようなものだ」

「ふむむ… では、カズノコとか…」

「違う違う。そのままで売れる物を缶詰にしても面白くない。もっと何かないか?」

「そのままでは売れないもの… 例えばカニとかでしょうか?」

「カニ! それはいいな!」


 思わず貞二郎は食いついた。

 現在ではカニ漁は冬場に限られるが、カニは本来夏場に身が充実して一番旨くなると言われる。

 だが、日保ちがしない為にこの当時では近郷の漁師がたまたま獲ったものを密かに楽しむ物になっており、市場に出しても直ぐに痛んで売れなくなってしまうので買い取りの値段もひどく安かった。


 貞二郎は北海道に来るとタラバガニを食べる事を楽しみにしていたが、貞二郎だけでなく北海道開拓使の官吏や北海道庁の役人の中にも実は密かにタラバガニを楽しんでいた者は多い。

 それだけ味は確かだと言う自信はあった。


 早速貞二郎は北海道の忍路・高島・小樽の各支店・出張所に製缶設備を導入し、タラバガニや鮭・タラコ・リンゴ・玉ねぎなどの缶詰製造を始めた。




 1887年(明治二十年) 十月  東京府 三井物産本社




「失礼します。西川様がお見えです」

 案内の社員に連れられて応接室に入って来た西川貞二郎を出迎えたのは、三井物産社長の益田孝と外務大臣の井上馨だった。


「おお、西川君。よく来てくれた」

「いえ、こちらこそ厚かましいお願いをしに参りました」


 そう言って益田と貞二郎が握手を交わす。井上とも挨拶を済ますと、貞二郎は訪問の用件に入った。


「実は、私は北海道で漁業開発をしているのですが、政府から千島や樺太の海獣猟をして欲しいと依頼をいただきまして」

「承知している。実は私も井上さんも昨年に北海道に行ったばかりでね。最も私たちのは漁業ではなく鉱業だが…」


 明治政府は、北海道の漁業資源を国家の富とする為に西川貞二郎に白羽の矢を立て、北海道の海で遠洋漁業を行うように要請していた。もっとも、当初はロシアからの密猟者の多い千島・樺太の海獣猟を行って密猟者を撲滅する事が目的ではあった。

 だが、カニの缶詰事業を始めた貞二郎は、密かに遠洋でのカニ漁を行う事を企画していて、その為に海産物問屋や政府御用達の企業家たちに出資を募っていた。

 さすがに遠洋漁業事業を行うには貞二郎個人の資産だけでは到底足りなかった。


 一方の益田は、この頃高峰譲吉と共に過リン酸石灰という人造肥料の開発に着手していた。

 過リン酸石灰の製造には硫酸が欠かせないが、益田は北海道に硫黄鉱山を持っていたのでその面では有利だった。また、日本にはそこら中に硫化鉄が存在していた。住友の別子銅山などは、銅山とはいえその主成分は硫化鉄で構成されている。

 つまり、工業に必須の硫酸や塩酸は日本ではことのほか安く手に入った。

 ちなみに、過リン酸石灰は粉末にしたリン鉱石を硫酸で洗う事で生成するが、肝心のリン鉱石は輸入に頼らざるを得なかった。



「ところで、西川君の用件はその水産会社に出資をしてほしいという事でいいのかな?」

 益田孝は化学にも造詣が深く、貞二郎は未知の化学の話を興味津々という風情で聞いていたが、益田から誘い水を向けられて訪問の目的を思い出した。


「ええ、帝国水産という水産会社を起業したいと思います。出来ましたら三井物産にも資本参加していただきたいのですが…」

「三井物産としては申し訳ないが漁業にまで手を出している余裕はない。

 だが、本家である三井家の八郎右衛門様にはお話を通しておきましょう」

「ありがとうございます。一つよしなにお願いします」



 西川貞二郎は三井家の出資を受けて帝国水産株式会社を設立し、カニの缶詰事業を本格的に拡大した。

 貞二郎が日本で初めて製造したタラバガニの缶詰は、明治三十年に英国のクロムウェル博覧会に出品されて高い評価を得、イギリスやアメリカで人気が出て日本の新たな輸出産業へと成長した。

 後に『蟹工船』と呼ばれるカニ漁と加工を同時に行う事業を開始したのも、西川貞二郎の帝国水産だった。


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