第14話 佐恵子と有美子2
有美子は佐恵子の影響を受けたのか、あの後に同じ大学の学生と結婚した。だから二人とも卒業して早い時期に子供も出来た。が直ぐに別れた佐恵子とはその先が大きく違った。正幸が気に入らない有美子はその反動で結婚したふしがあった。そもそも初対面の有美子を前にして彼氏の居る佐恵子にちょっかいを出すのが気に入らずその印象を今も引きずっていた。
「新しい写真ですか」とまずは珈琲を口にしてひと息付くと今日飾り出した写真に有美子が眼を留めた。朔郎の昔の作品よと奥のマスターを制して佐恵子が言った。
「すると十なん年前の作品って言うことね。誰が持って来たの?」
マスターは出番のように知人の画廊のオーナーを紹介した。
「マスターの話だと近々あの人、個展を開くつもりらしいの。その宣伝を兼ねて画廊のオーナーがマスターに店に飾って欲しいと頼まれたの」
「その画廊は近いの?」
「三条京阪辺りらしいの」
佐恵子の問いにマスターが画廊の場所を教えた。日取りが決まればここにも案内状を置きますからと来店を促した。
「佐恵子行くつもりなの。向こうは驚くわよね」
「そうでもないかも知れない」
どうしてって云うように有美子は怪訝な顔をした。
「実は最近会ったの、いえ、会いに行ったの。まだあの家に住んで居たから連絡が付いて、梅田で会ったの……」
有美子は今度は怪奇現象と言わんばかりに驚いた。
「それからどうしたの」
「名刺を渡したら一週間後にあたしの記念品を返しに来たの、それを口実にやっと私の居場所が判って……」
「それからどうしたの」
有美子の矢継ぎ早の質問に佐恵子は間を空けた。
「それっきり数ヶ月来ないの」
「全然」
「うん、ぜんぜん」
「佐恵子、印象が違ったんじゃない」
「そうかしら、あの頃のままに接したんだけど……」
「じゃあ北村さんは昔の意固地のままなんだ。逢いたいけど会えないって云う意地っ張りなんだ」
「そうかしら」
「それより個展は行かない方がいいと思うんだけど」
「どうして」
ウン? ここで有美子の思考回路が止まった。
「どうしてって、正幸さんとはどうなの」
「友達同士だからいいんじゃないの。あの頃はそうだったでしょう。どっちも大人なんだから……」
有美子の思考回路がオーバーヒートしかけた。
「佐恵子の馬鹿! 何考えてんの正幸さんと一緒に成ったことは言ったの?」
「言った」
その辺の感覚が世間からズレていると有美子は意見した。
「今日は急にあたしを誘ったのはその辺に訳が有りそうね」
当たりだが個展の開催はここで知ったからそれも含めて相談に乗って欲しいと佐恵子は頼んだ。
「あたしにどうしろって言うの」
「あの人の個展だけど有美子が見つけて誘った事にして一緒に来て欲しいのだけど」
「正幸さんには言い訳出来るわねと云うか話題にして再考を促す事も出来るわね」
「再考って?」
考え直すと言った方が判りやすいかしらと有美子は嫌みタラタラに言い直して来た。元々有美子は正幸を快く思っていない。どちらかと云うと北村びいきである。二人を比較すれば世間はダントツで九分九厘まで正幸を挙げるだろう。何も知らなければ有美子もそうした一人だった。しかし北村はこちらが誠意を持てば、百人が捨てても彼だけは必ず応えてくれる人だ。気に入ら無ければ敵前逃亡も辞さないが、心情を知れば
「上手く行ってるの正幸さんとは、まあ何十年振りに北村さんに会いに行ったのだから余程の事だと想うけど」
佐恵子は仲がほころびかけてもボロボロになるまで最後の一線で繕う方だが、愛欲を紙一重で生きてる彼女は一線を越えると冷静に完膚なきまでに突き放す。
「別に表立ってどうって事はないけれど」
佐恵子のこの辺りの神経が有美子には理解出来ない。
「じゃ心の裏で何があるの」
ーー朔郎に会ったのはまさに正幸に対して自分の心の裏側を覗いてみたいその衝動に駆られた。当日は何もなかったようだけど一週間後に現れた時はさすがにときめいた。でもあの人は想い出の品を返すとサッサと帰った。そして有美子は最後に結論を付け加えた。
「それで佐恵子はどっち付かずか解らないからまた会いに行くつもりでしょう。でもそれ以上はケガの元」
今の状態を的確に言い当てて、しかもやんわりと忠告してくれるのが彼女らしかった。
「どっち付かずなんて。二人は旧友なんだから有美子は大袈裟過ぎる。そうじゃないの……」
佐恵子の否定はうわべだけった。それが余計に深刻さを露見している。だから有美子は益々捨て置けないと彼女の現状維持に努めた。
「じゃあどうなの。旧友なんてあの二人には当てはまらないから、少々の事なら我慢するのよ。かおりちゃんもいるでしょう」
正幸の性格を的確に知る有美子の言葉らしい。要するに恋人でなく主婦の立場からの物言いで保守的だった。しかし立場が逆になると佐恵子も同じ事を云ったかも知れない。今の現状は車のハンドルの遊びの部分で、実際に心が動くにはそれだけまだ隙間がある。かおりちゃんを出す事で心の揺れが少し
徐々に伸びた影で陽射しが心に深まると益々感傷的に成る。正幸とは相変わらず心の中に踏み込む言葉を探す日々が続いた。有美子は此の問題では会う都度はっきり言う様になった。
その研ぎ澄まされた言葉に葛藤仕始め、正幸の弁明と有美子の意見との間を揺れ動いた。しかし見えない想い出と云う磁力には引き寄せられた。
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