第26話 不安定な心

 まーた書くことないのにこのスペース作ってしまった。

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 ─────どれだけの時間が経ったのかはわからない。


 何日も経ったように感じるし、数分のことにも感じるし、何時間のようにも感じる。

 正確な時間は、恐らく1時間程度、だろうか。


 「あ………ぅ……………」


 弱々しく、ただの息遣いだけが聞こえる。


 魔族の体には何十本もの剣が刺さっていて、はりつけのような状態だ。本来ならここまでの重傷を負えば出血多量で死ぬだろうが、俺は常時こいつに『再生タイムバック』と、夜菜ちゃんが使っていた『幻痛ファントムペイン』をかけている。

 意識が飛ぼうと、『再生タイムバック』で脳を最適な状態に戻し、無理矢理覚醒させる。


 痛みに慣れようと、感覚そのものを巻き戻すことで、何度も苦痛を味合わせる。


 定期的に焼くような痛みを体験させる。


 そんな拷問を繰り返していても、この魔族から得られた情報は少なかった。

 この魔族個人の情報はある程度知ることが出来たが、魔族全体のこととなると、全くと言っていいほど口を開かない。


 まるで強固な魔法がかけられているようだ。だが、他の魔法〃〃〃〃なら見つけたが、意識にロックをかけるような魔法は発見していない。


 ひとまず、この行為でこれ以上の成果は見込めないと思っていいだろう。 


 俺は最後の剣を取り出して、それを構える。


 「…………よう………やくか………」

 

 突き刺すのではなく、横へと振り抜く俺の構えを見て、ようやく殺されると安堵したのか、魔族はそんな声を出す。

 何度か魔族は自殺を試みたが、その度に俺が阻止していた。舌を噛み切ろうが、それを口の外に取り出し、喉を無理矢理閉じようが、肺の中に直接空気を送り込んだ。


 魔族の精神力は思ったよりも強かった。それは悲報であると同時に朗報。

 しかし、このまま殺すのもだな。


 俺は左手を伸ばし、魔族の頭を鷲掴みする。


 「っ……貴様、これ以上………!?」

 「『記憶閲覧メモリーコピー』」


 魔族の反応に構わず、俺は新たに魔法を作りあげる。

 

 以前使ったことのある『想像共有イメージシェア』は俺が想像したことを相手に、相手が想像したことをこちらに共有する魔法だった。

 それを応用した、闇属性に位置するこの魔法。そのままの通り、対象の記憶を無理矢理覗く魔法だ。

 閲覧と銘打っているが、俺の[完全記憶]の効果を含めると、複製コピーの方が的確だ。

 故に、『記憶閲覧メモリーコピー』という名前。


 頭に無差別に流れ込んでくる、こいつが今まで見てきた景色、聞いてきた音、感じてきた感覚、覚えた知識、習得した技能……その膨大な記憶量は、俺よりも圧倒的に多い。

 表層だけでなく、脳の深くにまで潜り込むため、こいつの記憶力は関係ない。一度見聞きしたことは、思い出せなくとも、脳に刻まれている。


 その深層にアクセスすることは、並大抵のことではない。いや、[魔力支配]無しでは俺でも発動できないだろう。

 逆に言えば、[魔力支配]さえあれば俺は可能。俺がこいつに対する質問に熱心じゃなかったのは、この魔法を扱える自信があったからだ。


 嘘か本当かを見分ける必要もなく、本人の意思も必要ない。こんな魔法が使えれば、他者のプライベートなど覗き放題だし、弱みも握り放題だろう。


 「ぐっ………なん……だ…………」

 「よし、これでいいだろう」


 大半の記憶を覗き込み、それをこちらの記憶に刻む。その中には、俺の求めていたものもしっかりとあり、それだけではなく、オマケまでついてきた。

 今まで俺が経験してきた記憶とは比べ物にならないほどの膨大な情報が、[完全記憶]によって完璧に叩き込まれ、頭が痛くなるが、それでもそれ以外の異常は特にない。

 今更すぎることだ。


 「さて、今度こそ殺してやるよ」

 「き……さま……覚えていろ………かなら、ず……殺すっ………」

 「出来るならやってみろ。まぁ、魂を回収〃〃〃〃されなく〃〃〃〃ても〃〃復活出来る〃〃〃〃〃ならな」

 「っ!? ま………まさか………」


 今度こそ、確実に魔族は恐怖した。先程まではなかった、死への恐怖だ。


 コイツが死を恐れない理由。記憶を探れば当然それが分かる。


 死んでも〃〃〃〃復活〃〃できる〃〃〃のなら、確かに死を恐れる必要は無い。それも、こいつが元々住んでいた場所で復活するのだから、むしろここから逃げるために進んで死のうとするだろう。


 だが、それが魔法によるものならば、それを解除するのは容易いことだ。


 「じゃあな、薄汚い魔族が」

 「ま、まて────」


 先程までとは真逆のことを願った魔族の首が、宙を舞う。

 ベチャっと生々しい音を立てて落下した顔が地面を転がり、偶然にも俺の方を向いた。

 その顔には、俺に対する憎悪と恐怖が張り付いている。


 「………っと、そう言えば」


 一瞬、俺の身体を、空虚と、おぞましい快楽〃〃が満たしたような気がした。


 だが、それから目を逸らすように、俺は『神の縛鎖グレイプニル』で捕らえていた『魔の申し子ディスガスト・テラー』の方を向いた。


 そこには、案の定『魔の申し子ディスガスト・テラー』の死体〃〃があった。外傷は全て再生しきっているのにも関わらず、死んでいる。


 予想というか、知っていたことだ。『魔の申し子ディスガスト・テラー』は制御が効かない魔物だ。故に、制御者(今回はあの魔族)が死ぬと、同時に『魔の申し子ディスガスト・テラー』も死ぬという、条件発動式の魔法が組まれていた。

 恐らく、今回の場合は、もし俺が『魔の申し子ディスガスト・テラー』に倒されていた場合、この魔物は魔族へと向かった。そして魔族を倒したあとも『魔の申し子ディスガスト・テラー』が暴れ続けると、それはもちろん困る。


 だからこそ、魔族が死ぬと『魔の申し子ディスガスト・テラー』も死ぬようにしてあるのだろう。俺はその魔法を見つけていたが、あえて解除しなかった。


 『魔の申し子ディスガスト・テラー』を手元に置いていてもどうしようもない。だが、倒そうとすれば相応の魔力が必要。

 先程邪魔をされて興ざめしてしまったため、再度[次元魔法]を使う気にはなれなかった。

 

 代わりとして、その魔法を発動させることにしたのだ。ついでに、どういう構成を踏んで発動するかも見ておきたかったのだが……。


 「同時だったからな。そもそもどうやってこの魔物を殺したのか……」


 身体を半分消し飛ばしても生きたままだった『魔の申し子ディスガスト・テラー』を、外傷なしで殺す。

 心臓に当たる部分も存在しないようだし、となると、俺が唯一壊さなかった脳を内部から壊したのだろうか?


 もしくは、魔族が作ったという事だし、なにかスイッチひとつで生死がコントロールできるのか……。

 まぁ、本来なら身体を全て消し去るところを、外傷無しで殺してくれたのだ。これなら『無限収納インベントリ』に入れることも出来る。


 「……そうだ、ダンジョンコア」


 思考をふと切り替えて、俺は思い出す。

 魔族は殺したが、ダンジョンコアの制御は奪っていない。これをしなければ、俺はいつまでも魔力の3分の1を取られたままだ。

 今すぐにでも魔力を回収してしまえば、その瞬間またしても魔物は沸くだろう。


 『魔の申し子ディスガスト・テラー』と魔族の死体を、一応『無限収納インベントリ』に閉まっておいて、俺は『転移テレポート』で、ダンジョンコアのある部屋に戻る。


 見覚えのある球体の周りには様々なウィンドウが開かれている。それらはどうやら、魔族が使っていたもののようだ。魔物の沸きの設定等も見える。

 無論、今の俺じゃウィンドウに触れることは出来ない。


 それらを無視して、俺はダンジョンコアに触れる。


 「……やっぱり何も無いか」


 予想していたが、ダンジョンコアは反応を示さない。

 今度は、以前やったように、魔力を流してみる。


 『魔力の存在を確認。対象の種族を確認します』

 『対象の種族を確認……完了。ダンジョンマスターが確認されました』

 『ダンジョンの掌握に必要な魔力は100000です』

 

 無機質な声が並ぶ。以前と違い、今回は俺がダンジョンマスターであることを確認され、ダンジョンの掌握ときた。

 俺は前のように驚くことは無く、ただ淡々と作業を進めるために、魔力を流し込んだ。


 『………必要魔力の充填を確認。対象の存在を新たなダンジョンマスターと定義します……完了』

 

 ダンジョンコアが強い光を放ち、先程まで開いていたウィンドウが閉じ、そして新たにまた開かれる。

 

 「これで完了したか」

 『お久しぶりです、マスター』

 「ん? あぁ、久しぶり……久しぶり?」


 突然喋ったダンジョンコアに、予想をしていた俺は普通に返答をして、その内容に違和感を覚えた。


 『イエス、マスター。およそ三週間程でしょうか?』

 「もしかしなくても、ルサイアの迷宮のダンジョンコアか?」

 『イエス』


 その言葉から、ひとつの推測が導かれた。


 「ということは……まさか、掌握したダンジョンコアは共有されるのか?」

 『イエス、マスター。マスターがダンジョンコアを掌握すると、その全てのダンジョンコアは統一され、同一のものになります』

 

 なるほど、と頷く。同じ魔力を使っているから、それを辿って同一のものとなっているのか。

 取り敢えず、それは朗報だ。自我と呼べるかはわからないが、つまりこのダンジョンコアとは、初対面ではないということになる。

 そこまで関係のある話ではないが。


 「取り敢えず、迷宮の魔物の沸き率を元に戻してくれ」

 『現在の魔物の沸き率は通常時の63倍となっています。等倍に戻しますか?』

 「あぁ。あと、地上には魔物が沸かないようにも頼む」

 『オールコレクト。設定を反映します………完了』


 魔族の記憶から、魔族がどういったことをしたのかは理解していた。だから、何を戻せばいいのかもすぐに分かる。

 どうやら魔族は、このダンジョンコアを正規の手段ではなく、無理矢理掌握しようとしたらしい。その結果、不完全な状態でダンジョンマスターとなってしまい、ダンジョンコアを完全には使うことが出来ていなかったようだ。


 俺との違いは、やはりダンジョンマスターだったかどうかだろう。


 「ちなみに、現在のDPはどのくらいある?」

 『現在は526480DPが貯蔵されています』

 「……多いな」


 試しにと聞いてみたが、思ったよりも多い。

 ある程度ダンジョンの機能を理解していたらしい魔族の記憶から探れば、このDPは大量であると思っていい。


 ダンジョンでは何をするにしてもDPが必要だ。あって困ることは無い。

 

 「よし、またしばらく俺は離れる。ここのダンジョンの自律運営を任せたいんだが」

 『………オールコレクト。自律運営を開始します。異常が起こった場合、マスターへと知らせますか?』

 「あぁ、それで頼む」


 一瞬、ダンジョンコアが返答に間を空けた気がした。

 だが結局は分からなかったため、特に聞き返すことも無く、俺は頷く。如何なる方法で知らせるのかは知らないが、便利機能は使っておいた方がいいだろう。


 「………さて、帰るか」


 少し呆気ないが、これで騒動は終了したはずだ。

 俺は、釈然としないながらも、清々しい顔をして見せた。まるで、呆気なかったがこれはこれで構わないと言ったような。


 言わずもがな、周りに人はいない。俺が騙したのは自分自身だ。


 俺の心を、何故か空虚が満たしている。それの理由ぐらいはわかるが、俺はそれを認める訳には行かない。

 もしそれを認めてしまったのなら……俺は、なんのためにあんなことをしたのか、本当に分からなくなってしまう。


 ならばこそ、無理矢理にでも、ここは思い込んでおく。


 魔族を殺して、鬱憤を晴らし、敵討ちをしたと。

 あの長い拷問は、俺の心を満たすことが出来たと。


 あくまでそれだけで、空虚さと、それに比例するような快楽なんてものを、俺は持っていないと。


 無理にでも思わなければ、どうかしてしまいそうだった。


 俺は、感情を無くした顔を偽の表情ポーカーフェイスで隠して、迷宮から退去した。

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