第9話 救い
「よく頑張った。ゆっくり休んで」
刀哉は倒れてきた幹を受け止め、無詠唱で『ヒール』をかけた。
刀哉にかかれば、内臓が損傷した程度の傷は、初級魔法であっても容易に回復できる。
それが異常であるというのは言うまでもない。『ヒール』はかすり傷を治すのがせいぜいのはずなのだから。
「トウヤ、さん……」
「ごめんね夜菜さん、遅くなっちゃって」
隣で幹を庇うようにしていた夜菜も、刀哉の突然の登場に驚くが、当の本人はいつもの変わらない笑みを夜菜に向ける。
幹とは違う安心感……この人なら絶対に大丈夫だという信頼。
しかし、夜菜には倒れた幹が気がかりだった。
「で、でも……」
「門真君は平気。気絶してるだけだよ」
それを察した刀哉は、腕の中にいる幹を夜菜に引き渡す。
今はそれが、一番の精神安定剤になると理解していたのだ。
思った通り、夜菜は幹をその腕の中に入れると、目に見えて落ち着いた。
しっかりと回復させてから渡したのも効果的だったのだろう。夜菜は幹を抱えて、なにやら熱に浮かされているようにも見えた。
もちろん野暮なことは言わないし、マジマジと見たりしない。刀哉も事の経緯については大体を理解しているのだ。
『────GGGGGAAAAA!!』
「ッ、トウヤさ─────」
そこに来て、今の今まで、刀哉が放つ無意識の威圧に飲まれていたハイオーガが、夜菜の方を向いている刀哉を背後から襲おうとした。
ハイオーガを視界に入れていた夜菜が危機を知らせようとするが、動き出したハイオーガの行動は実に迅速なものだった。
ただその太い腕を力強く横に薙ぐだけ。たったそれだけで、ハイオーガの圧倒的な力を前に、不意をつかれ避けるということも出来ず、普通は倒されるはずなのだ。
────相手が刀哉でなければ、の話だが。
高速で迫りくる腕を、刀哉はそちらを見ることすらなく、素手で受け止めて見せた。
『GAA!?』
ハイオーガが悲鳴をあげる。だがそれは、攻撃を受け止められたことに驚いたから、だけではない。
掴まれた腕が、全く動かないことに驚いていた。
「夜菜さん」
「は、はひっ」
攻撃を受けた本人である刀哉は、ハイオーガの腕を掴んだまま、夜菜に声をかける。
だが、夜菜は思わず上ずった声を出してしまった。この状況で恥ずかしがったわけではもちろんない。
単純に目の前の光景に驚いていたのだ。
「今から夜菜さんと門真君を迷宮の外に送る。そしたらすぐにギルドマスターに、『スタンピードの予兆がある』って伝えてくれないかな」
「え、え?」
刀哉の突然の言葉に困惑する夜菜。迷宮の外に送るという言葉も意味がわからなかったし、スタンピードの予兆というのもわからなかった。
「俺はまだやることがあるから、これは君にしかできないことだ、夜菜さん」
「え、その……」
未だ理解が追いついていない様子の夜菜に、刀哉は視線を幹へと向けた。
「門真君は魔力枯渇を起こしてる。今起きても戦力にはなれない。このままここにいても危険だから、まずは門真君を安静にさせなきゃ行けない。分かるね?」
「───はい」
その途端、夜菜は困惑した顔を収め、直ぐに肯定をした。
幹という身近な人物の安静の重要性を言われて、無理矢理に冷静さを取り戻したのだ。
だから刀哉も、最後に幹の話題を持ってきた。一度困惑した後に冷静になれば、再び混乱する可能性は少ない。
「よし、じゃあギルドマスターに伝えるのも頼んだよ」
「あ、トウヤさん待ってください! 実は夜兎君達と分かれちゃって───」
「彼らはもう地上に戻ってるから、安心して」
最後まで言う前に、刀哉が遮って答えを告げる。
魔力によって、この階層に夜菜達以外の人が居ないのは確認済みだ。また、先程も言ったように、経緯はほとんど把握している。
塗々木が怪我をしたために、急いで戻ったということも理解しているが、それを今言うのは余計な混乱を招くだけだと考え、伝えはしない。
そのため夜菜は、余計なことを隠した刀哉の言葉に、安心したような顔を見せた。
刀哉の言葉は、根拠となる情報が足りていないはずだが、どうやら余計な手間をかけなくて済んだようだ。
もしかしたら、幹や塗々木が言っていた、『何故か信頼出来る』という、刀哉特有の雰囲気のお陰か。
「じゃあ目を瞑っててね。今から送るから」
刀哉が、二人を対象にした『
「と、トウヤさん、その、助けてくれて───」
「その言葉を最初に聞くのは、俺じゃないはずだよ」
だが、刀哉はその言葉を最後まで聞かなかった。余計なお世話だと理解していながらも、そう遮った。
「俺には後で改めて言ってくれないかな。最初に聞かせるべき相手は、俺じゃないでしょ? まぁ、もしかしたらもっと深い言葉を言うつもりだったのかもしれないけど」
「───余計なお世話ですぅ!」
刀哉の言葉をすぐに理解した夜菜は、カッと顔を赤くさせると、刀哉に抗議の声を上げた。
それを意にもかいさず、刀哉は笑顔で受け流しす。
年の功というには年齢の差が些か足りないが、刀哉のポーカーフェイスは全くと言っていいほど揺るがない。
「それじゃあ頼んだよ」
「わかってますぅ……お礼は、後で必ず言います」
少し多めに魔力を込めて[千里眼]も込みで発動すれば、ここから地上まで一気に送ることは容易いのだ。
最後にそう言った夜菜に、刀哉は少し複雑な笑みを向けて、二人を『
◆◇◆
「────落ち着け、俺」
夜菜ちゃん達がいなくなった事で、湧き上がってくる怒りを押し殺して、俺はずっと掴んだままでいた、ハイオーガに意識を向けた。
次の瞬間、ハイオーガは
「……ふぅ、よし」
深呼吸をして、俺は一応の落ち着きを取り戻した。
黒い憎悪に染まりかける思考を、俺はハイオーガを殺し
[虚無魔法]による、存在の消滅。難度は最上級魔法を優に超えるが、俺のストレス解消のために、惜しむことなく使用させてもらった。
死体はおろか、魔力すら一切残らず、ただ消え去る。そんな異質な魔法を敢えて使用したという事実が、やはり俺の精神状態があまり芳しくないことを表していたのだろう。
───知り合いが傷つくというのは、俺が最も嫌うことの一つだ。
それは一個人の感情の度を超えて、怒りとなって現れる。
自身の制御すら危うく、我を忘れることだってある。それは予想ではなく、確信。いや、実際に似たような体験はしていたのだ。
俺はそれを自覚しているからこそ、怒りを抑え込んでいた。
現在の自分が我を忘れて怒りに身を任せればどうなるか、理解していたから。
ハイオーガをストレス解消の道具とすることで、俺は一時的に怒りを封じ込めることに成功していた。
だが、それでも完全に怒りが無くなった訳では無い。人並み程度には、怒りを覚えている。
「この償いは、しっかりと受けてもらう」
その言葉は、ここの主に向けて放った言葉。
今すぐに向かいたい気持ちはある。だが、それと同時に、怪我をした京極君も心配だ。
自分の憂さ晴らしよりも、今は知り合いの大事を優先すべきである。それは考えるまでもなく出た結論だった。
俺は残りの階層を全て飛ばして、地上へと『
「………」
もちろん、これで終わりにするつもりなど、毛頭もない。
相手が誰であれ、それ相応の報復はするつもりなのだ。
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