第27話 何故リンゴ……


 門真君と御門ちゃんとの試合を終えて、その後はいつも通り素振りをし、ラウラちゃんが待つ食堂へ

 ……自意識過剰に過ぎる。なんだラウラちゃんが待つ食堂って。むしろラウラちゃんは食堂に行かなくてはならず、俺が押しかけてるほうだろうよ


 「あ、おはようございますトウヤさん」

 「おはよう。多分ラウラちゃんが言ってた超VIPさんには会えたよ」

 「あ、ホントですか!ね!言った通りでしょう!」

 「別に疑ってなかったって」

 「ホントですかぁ?」


 サラリと嘘をつきつつ、もはや詠唱で誤魔化すこともなくなった『教室掃除』を発動させる

 多分ラウラちゃんも慣れすぎて、俺が無詠唱で魔法を使用しても特に気づいていない。誰かが指摘すれば気づくのではないだろうか、という程度だ


 「あ、そういえばあの女の子……クロエさんはどうしたんですか?」

 「クロエちゃんならまだ部屋で寝てるよ」

 「……ホントに手出してませんよね?」

 「君が夜中に1度だけ部屋の前まで来たのは知ってるからね?」

 「バレてた!?」

 「探索者、舐めない方がいいよ」


 結局覗くことはなく、部屋の前で数分間もじもじした後に帰ったみたいだけど


 「じゃ、じゃあご飯持ってきますから、そこで待っててください」

 「りょーかい」


 ラウラちゃんが逃げるように厨房に向かう。俺も食堂へと一番に入り、いつもの席へつく

 沢山人が出入りする夜はともかく、朝はいつも誰もいないので、既に定位置となっているのだ


 「お待たせしました~」


 そして少しすればすぐに出てくる料理。なんかもう作り置きされてるんじゃないかと思えてくる

 いつも通りの朝の定食───ブルーボアの肉と味噌汁と黒パン───を食べ終えれば、食後のデザートなのだろうか、リンゴみたいなのを出される


 「これは?」

 「アプルです。甘くて美味しいんですよ!」


 アプル……アップル……リンゴそのままか

 さらに盛り付けられたリンゴ改めアプルは、大半は普通に切っただけだが、二つ皮の部分が兎のようになっているものがあった。

 なお、皮の色は赤である。


 「器用だね」

 「料理人の娘ですから」

 

 エッヘン!と胸を張るラウラちゃん。年相応の大きさ、と言っておこうか。可もなく不可もなくと言ったところだな

 

 「それにしても、何で急に?」

 「はい?」

 「や、いつもはデザートなんか出さなかったのになって」

 「あぁ、それはですね、丁度お母さんがアプルを仕入れてきて、私の分も買ってきてくれたので」

 「え?じゃあこれラウラちゃんの?」

 「まぁ厳密に言えばそうなりますけど、遠慮せず食べていいですよ。私も一緒に食べますから!」

 

 なるほど、道理でフォークらしき食器が二つあるわけだ

 多分、俺が遠慮することをわかっていたのだろう。事前に遠慮するなと言ってくれたラウラちゃん。ここは素直に貰っておくとしよう


 ということで早速1口……


 「……おぉ!美味いね!」

 「はい!この近くの村でアプルを栽培している人が居るので、この街では他の場所よりは比較的安く買えるんですよ」

 「へぇ~、後で自分の分も買ってみるかな」

 「是非そうしてください!私に渡してくれれば、こんなふうに切っちゃいますよ!」


 見せてくれるのはさっきの兎ちゃん。確かに丁寧に切られていて、オシャレさを感じるというか、女子力を感じる

 叶恵には決して出来ない真似だな。包丁の扱いからしてダメだからなアイツは


 ちなみにアプルは完全にリンゴでした。見た目から味、食感にみずみずしさまで100%一致している

 つまり、これはリンゴもどきですらなく、名前が違うだけの紛れもないリンゴだ。正真正銘のリンゴ


 「一体どうなってんだかね……」

 「?」

 「いや、とても美味しかったよ。ご馳走様」

 「はい。次も一緒に分けましょう」

 「そうだね、ありがとう」


 話をそらせば、ラウラちゃんはそんな嬉しいことを言ってくる

 ここは遠慮するよりも素直にお礼を言い、席を立つ。いつもならこのまま外に出るのだが、生憎今日はクロエちゃんがいる


 「って、しまったな……クロエちゃんをどうするか全く考えてなかった」


 起こすのはいいとして、どうすればいいだろうか

 このまま帰るまで面倒を見るにしても、今日1日暇してしまう。別に俺が気を遣う必要は無いのだろうが、1度関係(変な意味じゃないよ?)を持ってしまった以上、そういうのは気にしてしまう


 まぁ、取り敢えず本人に聞くのが手っ取り早いか


 

 ということで、部屋まで戻り、扉を開ける


 「クロエちゃん、起きてるかい?」

 

 ……返事がない、まだ寝ているようだ

 ちなみに扉を開ける時に、実はクロエちゃんが着替えていてという展開を一瞬予想したのだが、そもそもクロエちゃん荷物何も持ってないから、着替えもなかったっていうね

 流石の俺の幸運であっても、無理なものは無理らしい。理不尽なことまで出来るほど、俺の【運】は万能ではないのか。それともただ単に気まぐれなのか

 ……まるで俺がラッキースケベを望んでいるように聞こえる。貴族と思われる女の子に手を出すとか面倒事の予感しかしないんで却下です。


 「おーいクロエちゃーん、朝だよー」


 声をかけながら肩を揺さぶってみる……反応はない


 「クーローエーちゃーん!」


 『消音領域サイレントフィールド』を部屋にかけてから少し大きな声で言ってみたが、ダメだ。反応がない


 「起きてくれよー!」


 強めに体を揺すっても起きない。代わりにローブがずれて、少々はだけた服が見えるが気にしない

 既に思考は正常になっているし、夜の変な気分ではないから、別に欲情したりなんかしない


 にしても起きないな。熟睡だ。昨日は疲れたのだろうか


 「はぁ、仕方ない。ラウラちゃんに任せるかな」


 数分間試行錯誤した結果、正攻法では起きないと理解した俺は、諦めてラウラちゃんに任せることにした

 ちなみに正攻法以外では、前に叶恵にやったように口と鼻を封じたり、魔法で直接起こしたりとある。ただ外部からの接触で起きないということは疲れている証拠だろうし、無理矢理起こすのはやめた方がいいだろうと判断したのだ

 夜にあんな場所をうろついてたら精神的な疲労もあるだろうよ。

 

 「一応、置き手紙でも書いておくか」


 ただ、起きた時に1人だと不安だと思うので、安心させるように俺がいつ帰るかと、ラウラちゃんを頼るようにという内容を、ルサイアから勝手に拝借している紙に書き入れる

 ただあまり数はないので、後で紙を買わなくちゃなと思いつつ、それを目に入る備え付けの机の上に置いておく。文字は日本語だが、大丈夫だろう。今のところ国ごとに言語の違いはないみたいだし、文字も日本語である

 問題はクロエちゃんが読めない場合だが……その場合まで対処できるほど俺は万能じゃないので、素直に諦めた

 いや、もしかしたら出来たかもしれないが、少なくともそこまで俺は考えなかった



 ◆◇◆



 「ども、今日も来ましたよ」

 「やぁやぁトウヤ君、今日もよろしく頼むよ」


 ラウラちゃんにクロエちゃんの事をお願いした後に探索者ギルドのギルドマスターの部屋へと向かえば、そう言って出迎えされる


 「昨日の問題は解決したのかい?」

 「えぇ。使い魔に護衛させてって感じですね」

 「その使い魔っていうのは?」

 「コイツですよ」


 俺はグラを呼び出す。今回は服の中からではなく背後からの登場だ

 流石のギルドマスターはグラの気配に気づいていたらしく、驚くというよりは確認のために聞いた感じか


 「強さは……ギルドマスターなら視る・・だけで分かりますよね」

 「……いいや、このスライムはステータスを見れないよ」

 「え?」


 まさかの言葉に俺はギルドマスターの顔を見る

 うん、嘘をついているようには見えない


 「そんな驚いたような顔をしないでくれ。私だって傷つくんだ」

 「あ、すみません……それで、ステータスが見えないってのは?」

 「それでも聞くんだね……いや、どうやら私のスキルが弾かれてしまうみたいでね、そのスライムがただの使い魔じゃないことはわかった」


 ……あれか、実力差?確かにグラのパラメーターは、ギルドマスターを既に超えている。この時点で驚きたが、だがそれでも大幅という訳では無い


 「……それって実力で弾かれることはあるんですか?」

 「一概に無いとは言い切れないけど、今のところこのスキルが防がれたことがあるのは、鑑定系スキルを無効化できるスキルを持っていたり、隠蔽系スキルを持っていたりっていう相手だからね」

 「こいつそんなスキルは持ってないですよ。てことはやっぱり実力かなぁ……あれ?じゃあギルドマスター、俺のステータスは……?」

 「うん。君のステータスは前に見ようとしたけど弾かれた・・・・よ。だから、確かに実力で弾かれてるのかもね」

 「……ふぅん」


 ならなんであの時言わなかったのか、とは聞かない

 単に言わなくてもいいと思っていたのかもしれないし、そもそもあの時というのが俺の思っている時とは違うかもしれない

 いや、後者の可能性はほとんど無いだろうが、取り敢えずそこまでして聞きたいことじゃない。

 

 まぁ、ステータスが見えなかったのは、単純に俺の[偽装]の方が強かっただけなのかもしれない。[鑑定]より効果が高いから[偽装]が効かないと勝手に思っていたが、勇者のユニークスキルなのだから出来ても不思議ではない


 「まぁ、こいつの強さは保証します。何かあったらこいつを目印にして転移するので」

 「目印にして転移とか……」

 「はい?」

 「いや、何でもないよ」


 目を覆い隠してダメだこりゃのポーズ。そんな変なこと言っただろうか?

 ……言ってたね。目印からの転移がおかしいね。転移はできても、目印っていう単語がおかしいね

 そもそも目印、この場合はグラだが、迷宮に入っているグラが見ている状況をこの探索者ギルドから何らかの方法で感知しつつ、異変を察知したら、その場所を正確にイメージした上での長距離転移魔法を、異変に対処できるスピードで使用するのだ

 これだけ聞くと、はっきり言って無理ゲーくさい


 それが言いたいのだろう、ギルドマスターは。素直にすみませんね、常識知らずで


 「それで、勇者達相手に鍛錬するとか言ってたけど、具体的には何をするんだい?」

 「それなんですよね……自分から言っておいてなんですが、正直あまり思い浮かばないのが現状です」

 「まぁそもそも本来の目的は果たされてるんだし、焦る必要は無いんじゃないかい?私としては、そのスライムにちゃんと護衛が務まるかどうかと、トウヤ君が本当にこのスライムの場所に転移できるかが心配なのだけど……」

 「何事にも万が一は付き物ですが、それを除けば大丈夫かと」

 「取り敢えず君の言葉を信じることにするよ」


 ギルドマスターは嘘をある程度なら見抜ける。今の俺の発言に、虚言が入ってないことは理解しているはずだ

 無論、俺も実際にやったことがある訳では無い。転移も基本的に『視認転移ショートジャンプ』しか使わないから、不安要素が皆無な訳では無いが、いちいち気にしていたら仕方の無い範囲だ

 そもそも、勇者が護衛を受ける方がおかしいのだ。ならばこそ、あくまでこれは保険程度という認識でいいのではないかと思う

 どんなことにも絶対はない。それは俺も理解している事だし、俺が常にそばについていても絶対は無いのだ。転移が使える俺にとっちゃ、離れていてもあまり大差ない気がするが

 ……迷宮外から迷宮内に転移できるか試してない事に、今更ながら気がついたが何も言わないでおこう。門真君達が来る前に一度試しておけば問題ないはず


 ついでにグラを目印にして転移できるかも試せば、今度こそ準備万端だな

  


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