第42話:魔王様の思い出話

 魔王様の長い身の上話が始まった。


「そやつが何者か、余にも分からぬ。最初から傍に控えていたかのように、唐突に現れたのだ。おまけにわずかながらも驚愕する余を尻目に、そやつは一冊の本を胸元から取り出した」


 それがコレだ、と魔王様はテーブルに置いた魔導書を指差す。

 なるほど、とあたしは神妙に頷きながら、同じくテーブルに置かれたスコーンに手を伸ばした。

 バシンと叩かれるあたしの右手。

 恨めしそうに見上げるあたしを無視して、魔王様は話を続けた。


「そして余に『この魔導書にも載っておらぬ、世界の真実を知るがよい』とだけ語り、そやつは現れた時と同じように、まるで存在してなかったかのように消え去った。今思い出しても不思議極まりない奴であった」


 魔王様を完全に手玉に取るような人がいるなんて信じられなかった。

 その人ならば、きっとこの状態でもスコーンを手にするのが可能なんだろう。羨ましい話だ。


「しかし、それにしてもおかしな話であろう? この世の全てを記した魔導書を読み、世界の理を手に収めよというのではなく、魔導書にすら載ってはおらぬ世界の真実とやらを知れと言うのであるからな。まったく雲を掴むような話である」


 くっくっくと嗤う魔王様。

 ぐーぐーと鳴るあたしのお腹。

 ええ、ホント、実はお腹が減ってたまらないんですヨ。ひとつぐらい食べさせてくださいよ。


「とにもかくにもまずは魔導書を読まぬことには始まらぬ。余は昼夜を問わず、しばらく読書に没頭した。内容はなかなか興味深いものであった。おそらくこれは、世界を安全に巡るため歴代の冒険者たちが知り得た情報を纏めたものなのであろう。どこぞの町にはどのようなハプニングが起きやすい、どの地方にはどのようなモンスターが出没する、この武器を作るにはどのような素材が必要で、どこで手に入るのか等々、細かく調べられておった。おまけに」


 一息ついて魔王様は、スコーンをひとつ手に取る。

 おおっ、ついにブレイクタイムきたー!

 あたしもつられてスコーンに手をやって……また、叩かれた! なんでだ!?


「世界の真実とやらに近付くヒントも巧妙に隠されてあった。先の、神が世界や余やキィたち人間を作ったという推測もそこからであるが……ミズハよ、単刀直入に尋ねるが、我らの世界、残された時間はあとどのくらいなのだ?」

「うはぁ。そんなことまで知ってるんだ!?」

「否。そんなことしか知らないのだ。だが、全ての疑問はそこから始まった。創造神がまさに今、世界を消滅させるつもりだと知ってから、な」


 うええええええ!?

 魔王様に叩かれた手がじんじんと痛んだけど、それどころじゃない。魔王様に詳しく訊かないと。


「ちょ、魔王様! 神様が世界を勝手に壊しちゃうって本当ですか?」

「うむ。しかも余の推測が正しければ、もうほとんど時間がないはずなのだ。ミズハよ、どうなのだ? お前なら知っておろう」

「えっとね、実は明日……」


 ふぇ、あ、あ、明日ぁ!? そんなぁ!


「あ、ていうか、そっちの世界で言うなら、えーと、だいたい十日ぐらいかな?」


 はい? ごめんなさいイミワカンナイ。


「なるほど。こちらの世界と我らの世界では、時間の流れが違っているのだな。ふむ、道理で冒険者たちが数日一睡もせず戦い続けたかと思えば、何日も眠ったりしたわけだ」


 だけど魔王様はあっさりミズハさんの話を理解してしまった。

 

「……って、いやいやいや、そんなことよりも! どうして神様は世界を消しちゃうんですか?」


 ミズハさんによれば、彼女の世界に住む人があたしたちや世界を作ったらしい。なのに、今度は勝手に世界を消しちゃうとか。一体何考えてんだよ!?

  

「うむ、そこである。どうして神は世界を消滅させるのか? だが、その前に余には、なにゆえ神は『魔王を討て』と世界に号令をかけるのか、という疑問があった」

「え? そりゃあ魔王様が魔王だからでしょ?」

「それがどうして皆に命を狙われる理由になる?」

「いや、だから魔王様は」

「余は確かに魔族の王である。が、単に魔族を率いているだけのことだ。我らは自衛こそすれ、人間を襲う理由など別にない。世界に混沌をもたらすつもりなどまるでないのだぞ」


 へ? そうなの?

 つい眼を見開いて見つめるあたしに、魔王様は神妙な面持ちで頷く。

 

「うむ。だが、この謎は勇者のあの言葉で答えを得た」

「勇者様のあの言葉?」

「余の首に一千万の賞金が掛かっているという発言だ」


 ああっ、そういえばそんなことを言ってたっけ。

 しかも一千万は一千万でもエーンじゃないとか。一体なんのこっちゃ?

 

「ちなみにこの事実は究極魔導書には載っておらぬ。キィも余に賞金が掛かっているなど知らなかったのではないか?」

「はい、初耳でした」

「儲け話に敏いキィでも知らぬ情報……だが、勇者だけでなく冒険者のほとんどは皆知っているようであった」


 ちょ、魔王様、人を守銭奴みたいに言うのやめて。

 でも確かに魔王様の言う通りだ。

 あたしは「もうお金なんていらないから」ってミズハさんの言葉が封じられる直前の発言を思い出していた。


「冒険者の多くは勇者病を発病している。そして勇者病が余の仮説通り、神々による人体の乗っ取りだとしたら、冒険者たちだけが余の首の価値を知っている事実は一体何を意味すると思う?」


 え? えーと?

 うーん、そうだなぁ、こんな時はちょっと頭に養分を取り入れ、よく考えて……って、うわん、またスコーンに伸ばした手を魔王様に叩かれたぁ。


「しかもその賞金は我らの世界のものではない。神々の世界でのみ使えるのだ」

「はぁ……ってことは、ミズハさんや勇者様たちは魔王様を倒して賞金を手に入れるためにあたしたちの世界にやってきた、ってことですか?」

「余はそうであろうと睨んでおる」


 おっ、テキトーに言ったのが当たった! でもさ


「だけど、それなら冒険者の人たちみんな、魔王様を倒そうともっと必死になりません? そりゃあ昔はそんな人が多かったですけど、今はほとんど諦めている人ばかりですよ?」


 うん、先の大戦以降、冒険者の数はぐっと減り、残った人たちもあまり冒険の旅には出ず、酒場に入り浸ることが多くなった。魔王を倒して世界を救おうなんて人は、今の世の中ではホントに稀だ。

 勇者様だって魔王様に出会うまでは、ただ自分の力を誇示したくてレベル上げしてただけで、世界を救おうなんて立派な志はこれっぽっちもなかったもん。

 

「ふむ。それが理由だよ、キィ」

「へ? 理由って一体何のことです?」


 もう、前から思ってたけど魔王様って言葉が足りないっていうか、こっちの理解度を察してくれないというか。そもそも思わせぶりなことを言って大物っぽさを演出するの、やめてくれないかなぁ。

 

 ま、それはともかく、理由、ねぇ。

『冒険者たちが魔王様を倒さなくなった』のが理由らしいんだけど……。

 あたしはこれまでの話を振り返ってみる。ええっと、そもそも話の発端はなんだったっけ? あ、そうだ、どうして神様があたしたちの世界を滅ぼしてしまうのかって……ええっ!?

 

「ちょ、ちょっと待ってください。てことは、もしかして神様は誰も魔王様を倒せないから世界を壊すってことですかっ!?」

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