第32話:邂逅

「えー、なんでぇ? そんな意地張ってないでさぁ、組もうよぅ、私とー」


 勇者様に断れても簡単にミズハさんは諦めない。

 結局最後は勇者様が逃げるようにその場を立ち去るのが、いつものやり取りだった。

 が、


「意地なんて張ってない。お前なんていなくても、こっちは十分にやってけるんだよ」

「でも、キィちゃんは戦闘に出さないんでしょう? ひとりだけで戦闘ってキツいじゃない。それに私だってねー、最近またレベルが3つばかり上がって、もうすぐレベル50なんだから。いい仕事するよっ、私!」

「ふふん、レベル50、ねぇ。はははっ、悪いな、ミズハ。俺様はもうお前の知っている俺じゃねぇ。コレを見るがいい!」


 今日の勇者様は一味違う。

 余裕綽々とばかりに、勇者様は自分のステイタスカードを見せ付けた。


「え? ええええっ!? なんで? どうして!? レベル99ってホントに!?」


 驚いたミズハさんの声は決して小さくはなかった。

 それでも復活の呪文亭の喧騒の中ではかき消されるほどのものだったはずだ。

 だけど、その衝撃的な内容は一瞬にして復活の呪文亭に屯している冒険者たちの耳に入ってしまって。


「なんだと! レベル99!?」

「ウソだろ、そんなヤツ、見たことねーぞ」

「一体誰が……って、オイ、マジかよ、あいつは……」


 一斉に勇者様に視線が集まってしまった。

 みなさん、勇者様のステイタスカードを覗き込んで驚き、続いて勇者様を見てこれまた驚いたという表情を浮かべているっしゃる。

 うん、すっごく分かる、その気持ち。

 なんで勇者様みたいなのがレベル99なんだって思うよねぇ、やっぱり。


「おい、お前ら、なんで揃って眉間に皺を寄せてやがる? 俺様がレベル99ってのがそんなに変かよ?」


 はい、変です、理不尽です、勇者様。

 と誰もが思うものの、さすがにそんなことを言う人はいない。


 ただ、あちらこちらで「チートなんじゃねぇの」とか「大量の傭兵を雇ってドラゴンと戦わせたんじゃないのか。ほら、あいつのパーソナルスキルなら最後の一撃さえ決めれば……」と囁くのが聞こえてくる。  

 真っ当に戦闘に勤しんだと誰一人も考えないのが、勇者様の普段の評判を端的に表わしているというかなんというか。


 まぁ、実際に裏技に近い経験値稼ぎだから仕方ないけどね。


「……スゴイ」


 でも、そんな集まった冒険者たちが「どんな卑怯な手を使いやがったんだ」という疑惑と、やはりレベル99への羨望を併せ持った視線を勇者様に向ける中、


「すごいよー、ハヅキ君!」


 ミズハさんがキラキラした目で勇者様を見つめると、唐突に抱きついた!


「うおっ? なんだ、ミズハ、いきなり何しやがる!?」

「スゴイ! レベル99の人なんて初めて見た! うわぁ、感動ぉ~。ハヅキ君はやれば出来る子だって思ってたけど、まさか冒険者の最高位に達するなんて思ってもいなかったー。すごいすごい!」


 勇者様に抱きついて、ひたすらスゴイと連呼するミズハさん。

 その喜びように普段なら「わっはっは、俺様ならこれぐらい当然!」とか天狗になるはずの勇者様も戸惑っている。

 というか、アレ、なんか顔が赤いような……。


「くそっ、あの野郎、ミズハに抱きつかれるなんて羨ましすぎる!」

「オレのミズハたんに手を出しやがって。あいつ、絶対コロス」

「レベル99なんてぜってーチートだ。しっぽ掴んでやる」


 レベル99だけでもアレなのに、そこにミズハさんの抱擁まで加わって、ますます冒険者さんたちの胸のうちが真っ黒に染まっていく。うわわわ、なんだかイヤな感じ。

 そろそろミズハさんを勇者様からひっぺり返したほうがいいかな?


「え、えええい、ミ、ミズハ。お前、お、お、おんなのクセに俺に抱きつくんじゃねーよ!」


 でも、私が行動するよりも早く、勇者様が思いっきりどもりながらミズハさんの体を自分から引き離した。

 さすが勇者様、ヘタレ!


「えー? 女の子に抱きつかれたくないって、もしかしてハヅキ君ってもしかして『ウホッ』な人なの?」

「違うわっ!」

「ホントにー? さっきから気になってたけど、ハヅキ君の後ろにずっと控えている人が恋人なんじゃないのー?」


 ミズハさんがひょいっと勇者様の横から顔を覗かせて、その背後に立っている男の人にぺこっと頭を下げた。

 そこで初めてあたしは、その人の存在に気付いた。

 

 全然知らない人だった。

 端整な顔立ちをしているものの、眉を顰めた不機嫌そうな表情は、厳しい性格を印象付けた。

 年齢はあたしたちよりも上の、おそらくは20歳半ば。細身の体になめし皮の鎧とマントという軽装だけれど、背筋をピンと伸ばして直立不動の姿勢は、冒険者というよりもどこかの国の騎士様みたいだ。


「どうもー、ミズハって言います。おにーさん、さっきからずっとハヅキ君の後ろに控えてましたよね? 見たところ傭兵じゃないみたいだし、かといってハヅキ君は他の冒険者とパーティを組まない主義だし、だとするとおにーさんは」

「僕はコウエ。そこのハヅキの兄だ」


 ……へ? 勇者様のお兄さん?

 いや、ちょっと待って。あたし、伯爵様のお屋敷でそこそこ長く仕えていたけど、勇者様にお兄さんがいるなんて聞いたことないよ?


「ハヅキ君のお兄さん……あー、もしかして、あっちの?」

「そう。あっちの、だ」


 あっちってどっち!? わけわかんないよっ!

 あたしはただただ混乱するばかり。

 もっと詳しく事情説明プリーズ。


「ほぅ、あっち、か」

「え、魔、じゃなかった、パトさん、知ってるんですか?」


 いつのまに居たのだろう?

 気付いたら何やら興味深げな表情を浮かべた魔王様があたしの隣に立っていた。


「ん? ああ……まぁおおかた腹違いの兄弟といったところだろう」

「腹違いって、あの真面目な伯爵様にお妾さんがいたってことですかっ!?」

「伯爵がどんな人物かは知らぬが、高貴な者にその手の話はつきものであろう?」

「んー、そりゃそうですけど、でもあの伯爵様に限って……」

「だが、勇者はその伯爵の血を引いて生まれてきたんだぞ?」

「あ、納得」


 それを言われたらどんな不祥事もありえると思っちゃうなぁ。

 魔王様が小声で「まぁ、正確にはそれも違うのであろうが」と呟いてはいるものの、あたしはすごく納得してしまった。


 それにしてもそうか、勇者様のお兄さんかぁ。

 勇者様と違って常識人っぽいし、この人の方が奥様から生まれてきて欲しかったなぁ。


 あたしはそんなことを考えながらミズハさんと、勇者さんの腹違いのお兄さんであるコウエさんのやりとりをぼんやり眺めていた。


「なるほど。でもどうしてお兄さんが?」

「ちょっと弟を連れ戻しに、ね。でも、少し待つことにした。だってこいつ」


 コウエさんが、苦笑いしながら勇者様の頭に手を伸ばす。

 いかにも出来の悪い弟を持ったお兄さんって感じだった。


「やめろよ!」


 でも、その手を勇者様は払いのける。

 まぁ勇者様らしいと言えばらしいよね。我を通して場の空気を悪くする天才だもん。

 

「ハヅキ君、そういうのはよくないと思うよ?」

「ミズハは口出しすんなよっ。俺はな、こいつの、いかにも出来の悪い弟に苦労させられていますって態度が昔から大嫌いだったんだっ!」


 おおっ、出来の悪い弟って……勇者様、自覚があったんですね!?


「ふぅ、まったく被害妄想甚だしい奴だな。僕はお前にそんなことを思ったのはちっとも……あ、いや、そうでもないか」


 そうでもないのっ!?

 あれ、コウエさんはまともだと思ってたけど、勇者様とはちょっとベクトルが違うものなんだか困った人っぽいぞ!


「ふん! でもな、俺様はとうとうお前を越えるんだ! お前が出来なかった、この世界を救ってみせることでなっ!」

「世界を救う? どういう意味かな、それ?」

「決まってるだろ!」


 ミズハさんの問い掛けに、勇者様はこれ以上ないほどのドヤ顔で言った。


「俺が魔王を倒すんだよっ!」

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