2024年10月 全国大会 平愛美

 愛美は女性更衣室に入るとブラック・ジャケットとスラックスにホワイト・ブラウスという指揮する際の正装に着替えた。この衣装を身に纏うと自然と気合が入った。スマフォの電源を落とす前に写真アプリを呼び出して祈里と一緒に撮った写真を見た。

行ってくるね、祈里。そう念じてからスマフォの電源を切った。


 リハーサルの後、現部長の子に話をしてもらった。

外で会場に入る待機をしていたら大学生2人、再創部から2年間近く幹部を務めた部長・副部長凸凹コンビ(副部長の子の方が少し背が高かった)が激励にやってきて、

「先生、なんで私たちの時にきたかったですよね。こら、後輩。しっかり先生の棒に食らいついていけ!」

「そうそう、ぼおーっとしてたらダメだからね。指揮棒だけに」

という激励なのかコントなのか定かでない事を言って

「応援してるから!」

と台風のように去っていった。


 そんな2人が推薦して2代目部長になったのは初代同様にフルート・パートの子だけどちょっと大人しめな背の高い細身の女子生徒。初代幹部が彼女を選んだのはひとえに「観察能力」だった。

「人の関係をよくみてます。人数が増えてきたし摩擦も増える。音楽の才能があって人心収攬もできるってあの子しかいない」初代幹部達の押して引いてのカリスマをもって統率するのとは全く異質の性格の子を部長に据えてくれた。


 そんな部長はさっと立ち上がるとみんなに話しかけた。

「この部がスタートして3年。卒業した先輩の時は運の回りもあってここには来れなかった。先輩には悪いと思ってますが、今年は最強のメンバーになったからここまでこれた、ぐらい言えないとあの人は喜んでくれないと思う。


2、3年生を中心に笑いが起きた。


「そして運も実力のうちでここまで来られた。3年生はこの3年間の思いの丈をぶつけて。1、2年生は来年あると思わないで。またここに来るのは至難の技。今こそ持てる力を出し切って欲しい」


そういうと部長は深呼吸した。

「みんなも知ってる通り、うちの部は一度活動を停止するに至る大事故がありました。平先生もその事故に巻き込まれていた部員のお一人である事は知ってるよね。平先生は亡くなった親友と全国で金を取ろう、取れるよねって約束だよって話をされていたんだそうです。私たちは今、そのチャンスを実現できるところまで来た。私たちの夢はここに来れなかった先輩達の夢でもある。だから部の悲願と言っていいと思う。私はよくばりだからまず私たちのために、そして平先生の約束のために金を獲りたい。そして、また来年以降もそういう挑戦をして欲しいと思ってます」


 みんなはこの部長の言葉に頷いてくれた。


「さあ、今日舞台で演奏する人もしない人も、過去にここを目指した人達もいてこの部がある。私達の願い、そして部の悲願を達成するためにも全力を出し尽くそう!」


 副部長の男子3年生がすかさず言った。

「みんな、行くぞ」

その言葉に顧問と部員80名全員が右拳を空高く突き上げた。これは再創部より前の吹奏楽部の伝統「沈黙の誓い」だ。この名前自体は再創部初代部長なんだけどね。


「お、決まったな」

「副部長のその余計な一言が決まんないんだよ」

容赦ないドラムメジャーのツッコミが入り、部員たちは大笑い。緊張がほぐれて良い。さあ、行こう。

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