最後の布告
火が起きた、最初はただ輝いただけの光。その次は瞬いて消えた光、そして今の炎は燃え上がるだけ燃え上がり、あらゆる光を飲み込み輝きだしていた。
天門の第一段階より始まった戦争は、今その第二段階を終了させた。今その第三段階の為に、彼らは動き始めている。それこそが開門派閥と呼ばれる剣王率いる前時代に希望を乗せる者たち。そしてもう一つ新開が率いる、閉門派閥と呼ばれる現時代を望む者たち。
その戦争は日増しに激化していった、第三段階が終われば二人と一つが生れ落ちる、それだけは世界が戻るのよりも怯えるものたちが新開につき。それ以外のものは全て剣王についたというだけ、この戦争はただ今の時代を怯えるか、前の時代の悪夢を思い出す人間しかいないのである。
「剣王が羨ましい」
ポツリと溢したのは新開だった。戦況自体は互角だが、彼が欲しいのは仲間でも同士でもない個人だ。集まってくる味方が邪魔とさえ思っている、いっそこれなら自分で皆殺しにしてしまいたいぐらいなのだろう。
「リスクがもよって最悪のカードでも世界を戻したいという奴らと、最悪のカードさえ引っ張れない人間では勝敗が士気において差が大きい。そうだろう、春義」
「知っている、だが剣王は代わったぞ。貴様の所為で、あれもまた一つの魔人だ。奴のカリスマは貴様以上だ、そして何より軍才も」
勇者であった新開は、個人の戦いは最強であろう。それは万にも値する、それほどの力を彼は持っているしそれを隠すことも無い。
だがこれは目的同士の戦い、であれば個人の勝利は必要ない。その意思がそれを上回ることによってその全ての意味を発揮する、これは人と人がぶつかる最大単位の戦争だ。時代の帰趨を決める戦いであるのなら、新開の勝利は必要ないのである。
しかしながら新開は不服だった。その意思の無いものたちの発生、いっその事皆殺しにしてやろうと何度も考える。それをなだめるのは紙吹雪春義だけだ、彼がいなければすでに死体の山が転がっていたところだろう。
「しかし困った、あちら側はよりにも寄って旧世代ばかりだ。あえてこの状況を作り出しておきながら無いもねだりじゃないが、厄祭との戦争経験者が多すぎる。こちらにはそんな能力のある奴がいない、ただの小ざかしいチンピラ上がりばかりどうやって戦う?」
「知らん、俺は前線経験者だが戦術レベルの才能しかない。戦略レベルは流石に難しい、と言うか戦略兵器はお前しかこっちは持っていない。今更ながらにお前がどれほど、前時代の人間に嫌われているかが分かるな」
そりゃそうだと彼は納得する。ゆっくりと彼は立ち上がり陣羽織のような服を彼は肩にかけた。どこぞのヤクザの若頭に用にも見えるがその目の凶暴さはその比ではない。その目を見れば彼が楽しんでいることぐらい理解している。かつて一人の男が世界戦い勝利した、ならばそれ以上の数をも自分がたかが一つの国に負けるはずが無い、数とはそれだけで力になる、力とはこの世界で何にも勝る正義だ。
「ようは勝てばいいんだろう、勝てるさそんなもん。一人で勝てて十人で勝てない理由は無い、ましてや俺達は千人もいる」
春義は少しばかり魔王戦争のことを思い出した。あの時勇者であった新開は笑っていた、だがこれほど痛快な笑い方ではない。
誰の目にも見えなかっただろうが、あれは嘲笑っていたのだ。子供の手を使って自分達の勝利を求めた、もしかしたらあのときから彼は裏切られることを理解していたのかもしれない。少なくとも魔王を殺した勇者は、世界から排除されてしかるべきだと思っていたのだろう。
自分と、敵に対しての嘲笑を彼は隠そうともせずにしていたのだろう。どちらもが余りに道化すぎて、彼にとっては笑いの種でしかなかったのだ。
「本当に優れた王にはきっと何人もが後からついてくるのだろう、現に俺の王は勝手についてきた奴ばかりだったが、間違い無く優秀だったといえる。俺は優れてなどいない、無価値だった男が王の権利を得たところで、後から続くものはいないからな」
所詮は言葉遊び、今はどんな言葉をいいわけにしても自分が王になったことなど彼は理解している。勇者がクラスチェンジできるのはいつの時代だって王様だけだ。
それに勇者であった彼に無謀な試練など山ほど用意されていた。そして彼の最後の試練は彼の心さえへし折った、この戦争はつまりはその延長であり世界の帰趨をきめる。風に揺られて服がたなびく、凶悪すぎるあらゆる感情は喜びとして顔を出す。
その全てに彼は感謝した。彼は全てを喜んだ、この表情だけは誰にも見せるわけにはいかない春義はつくづく思う。
彼の表情を見て怯えないものは、もうこの世界には自分を加えて誰もいないだろう。どれだけ後悔しても笑うしかないのだ彼は、その後悔さえも楽しいと思い始めている。彼の言う王と狼と言うフレーズ、どれほど二人に影響を与えたのか理解も出来ない。だがその狼こそが勇者をこうして剣王をああしたのだ。
その事実を知っているのはきっと剣王と新開と春義だけだ。他の人間は勝手に死んでいく、そして何より彼の笑顔はすでに病気だ。何が有ろうと笑う彼は、カリスマ以上にその人間を異常に見せる。
個人であるならともかく、それは部下に見せていい類のものではない。それでなくても人身掌握が出来ない類の人間だ、本来であれば五千を超える軍隊を保有していたというのに、何人もが裏切った。その結果かどうか分からないが、剣王とは互角の戦力となっている。
しかしながらその士気たるは悲惨なものだ、彼の人間としての魅力はその人間を舐めきったような笑みによりどこまでも落ちている。その代わりにだが、春義の活躍により比較的組織としては体裁を保てるレベルではあった。
彼は本拠地である萩城に2045年頃立てられた復元天守閣の頂上にいる。別に彼は特に理由があってここにいるわけではない、出雲宮に近かったからだそれ以上の理由は無い。
しかし忘れてはならない彼にはのろいがある、出雲宮に入ってはならないと、まさかここまでネックになるとは彼も思っていなかったのだろう。春義にさえ言っていないが、またこれも彼の苦境である。そもそも防衛に回る側であるはずの彼が、攻撃側にいるという時点でおかしい。そもそもそれが出来るのなら、彼が力場による天門完全崩壊をすればいいだけだ。
だがそれはすでに半年前の話、それはいくつかの方法で抜けられる。その手段ぐらい半年あればいくらでも見つかる。
後は、笑って、笑って、笑って、一笑懸命にやり通すだけ。それが出来ないのであれば彼はここに立つ器さえ無いということだ。
「しかし笑えるな、俺は戦争の意味さえ理解していない。断言してやる、殺すだけなら得意だがそれ以上能力は無い、賢者と言うよりは愚者に近いだろう。兵にやる褒章も、兵站も、武器も、その全てを一切保有していない。挙句に戦術だろうが戦略だろうが理解もし得ない」
「つまり誰にも負けないほどいかれた愚将だという事だろう」
「だが俺は兵を動かす、理解できるか。兵士達に死ねと言うのじゃない馬鹿に付き合えといているだけだ。考えてみればそれで千人とはありがたい限りじゃないか」
余りに馬鹿らしい話であるが、彼は確実に言えるのだ。殺すことには優れているが、それ以外は無能であると、元々勇者の機能はそれだけで十二分であった。王差異もなければ軍才も無い、考えてみれば狂った話である。治世に富んだものでもない、はっきり言えば剣王のは優れている。
「まさに天下に名を轟かせる愚将だ。唯一その中で救われるところが自分が、愚将だと気付いているところだけだという有様だ」
「どうにかなるんだろう。お前がそういったんだ、どうにかして見せろ。それがお前の決めたものだろうが」
「当然、当然、どうにかなる。どうにかしなくちゃいけないだけだ」
軽く流すだけだ、ここにいるのは新開だ。何をしでかすかは分からないそれだけは断言できるが、それはいいか悪いかは動いて見なければ分からない。彼はあくまで独善的な男だ、偽善的な男ではないが、そんな人間にまともについていくのはきっと春義ぐらいのものだろう。
「つまりこれからは俺の意向一つで世界はどうとでも変わるか、楽しい限りだ。つまり俺はこの世界の中心に立って動いている訳か? いやそうではない、世界が俺のため生まれてくれたわけだ今この瞬間からは、こうなってしまえばどうとでも世界は笑えるほうに変わる。俺は傍若を無人として動けばいいということだな」
これじゃあまるで世界の支配者だ。彼の隣にいて果たして剣王を裏切ったことが良かったのかと春義は悩む、だがそれはもう後の祭りだ。半年前彼は確実に剣王と決別した、そして新開の派閥に入るために親友さえも殺してここにいる。
「じゃあお前はあの魔王か、いやそれよりもよっぽど気が狂った何かだ。正気と狂気の境目を見るとするならお前がその境界線で誰もが納得する」
「やめてくれ、そんな酷評欲しくない。この世界において狂人なんてものは、剣王にくれてやればいいだけのものだ。過去を望み続けるのは、その過去に呪われているだけだ。俺はどこをどう見ても健常者だ、この天下泰平の世によりにもよって厄祭を生み出そうとする。ならばこの世界に更なる意味を持たせるために、俺は動かなくてはならない、それこそが過去を継ぎ未来を紡ぐことだ。過去にすがるのは逃げるのと変わらない、人間がここまで進化したように、世界もまた進化するためにも」
「それでも世界はお前の味方じゃない、それだけは理解しているんだろうな」
一度頷く、それだけで全ての意思を示した。
「だからこそ、ここまでした。世界で楽しむにはそれ相応の覚悟と、あとは準備が要る。どんな悪戯も準備なくして成功は無い」
「あっちは命がけどころか世界の全てをこれにかけるが如き戦いを示すというのに、お前は完全に遊びなんだな」
「当たり前だ、世界如きに命を賭ける理由が分からない。独善でいい、偽善でいい、正義と言う言葉はいい訳であってそれ以上じゃない。その言葉は何より都合のいい言葉だ、自分の全ての下劣を肯定するためだけにある。目的が正義と言う奴はそれこそ人間において正気じゃない」
かつての自分がそうであったから。それこそが何よりも人間として破滅的なのだ、どう生きてどうしようと、そしてどう思おうと、人間は結局は自分のためにしか生きていない。
「そんな人間は結局は、死んでしまう以外に己の言う正義を実行できることは一切無い。剣王のしている事はそう言うことだ、どれだけ研ぎ澄ました意思も、触れて傷がつくのならそれはなんの言われも無い暴力だ。だからこそ戦争と言うのは独善的でないといけない、自分が正しいと言い張ればいい、そのために都合のいい言葉があるだろう正義だ」
「言葉遊びでさえないのかお前の正義は」
「言葉遊び、それこそ馬鹿らしい。正義なんて言葉使用できる立場にようやくなったんだ俺は、兵達には自分達は正義と押し付ける。おぞましい限りだよ、俺は一切そんな事思ってない。自分であって殺したくなるほどだ、だがそれほどには都合のいい物だ。だから何処までもお前に契約する、それほどの独善があったとしても誰一人に後悔だけはさせない」
果たして本当にそうであろうか?
戦争さえも玩具と思っているような男が、動かす軍隊だ。何をしでかすか分からないが、絶対に人間は死ぬ、敵も味方も、本人達の意思とは一切関係泣く死に絶えるだろう。この目の前にいる男がその全てを手にして動かす、ばかげた話だ。
後悔するかどうかなんて所詮個人の生き方しだい。
「ばかげた事を」
「そうだな、実に愚かでばかげた事だ。だがな、出来ないという謂れにはならない。それだけは自信を持っていえる、いいか人間は楽しめる生き物だ、戦争を楽しめないということは無い。戦争に極限的な意味は無い、人間が猿になるだけの話だからだ。俺のつけば最低限、人間として殺してやるといっているんだよ」
猿のまま死ぬのはいやだろう。満面の笑みで彼は笑った、それを後悔と言うか元々人間でなかった新開は人間である事に固執する。
「そしてなにより、今まで会話が全て屁理屈だということも理解している。だがな、それが全て俺の独善だ、これが戦争の全てといって良い、認めて後悔しないそして負けたとしても人として死ぬ。俺はそう言う道をいくだけだ」
天守閣より果てにある折れた塔を覗く。見えるはずものないかつての時代の象徴、そして世界で封印と呼ばれるのに相応しい棺。
あれこそが彼の父親と母親が作り上げ、そして全てを封印するために作り上げた代物。転換期後の最後の戦争にて封印された厄災だ。彼だけだろうこれからの戦争に恋心のようなものを抱いているのは、そんな狂ったような将に率いられる軍隊。
「いくぞ、春義。戦争だ、今から戦争を始める、好きなだけ略奪しろ、好きなだけ殺そう、所詮いいわけは出来ない行為だ。徹底的に悪名をはせてやるぞ」
「そう思うなら兵に最後の士気高揚と始まりを告げろ」
頷いた、それと同時に世界に声が広がった。
力場をかいして全能回線に接続された。同時に彼にその全ての機能を掌握されたのだ。
これより彼の演説が始まり最後の戦争が始まる。何よりも悲惨な暴力の化身が走り出すのだ。
***
お久しぶりだ諸君
そして聞こえているだろう剣王、言葉を返しに来た四年前から
一度終わって二度終わった、三度目の始まりだ、三度目の始めまして、苗字は何度も変わったが俺はここにいる。
何度も終わって何度も変わった、お前も俺もそうだっただろう。
最後の戦争から二年、ようやくこれで俺もお前も最後になるだろう。
ようやくただ生きていくことができるようになった俺と、ようやく死ねるようになったお前、始まりはようやく終りに迎える。
たかが魔王との戦い、そして騎士達との戦い、そして最後は人間との戦い。このたたかいにはなっから名誉なんか無い。あるのは死体と悲鳴だけだ、そして残るのはきっと前か俺の独善だけ。
さぁ、死ぬぞ、さぁ生きるぞ、
もはやここまで来たのならどうでもいい。刃を振るって死ね、刃を振るって生きろ、結局どちらも最後に死んでしまえ。
俺はこの世界の始まりを認め、お前は過去を望む。
どちらもこれしかない。どちらもそれしかない。どちらもそう言う生き方しか出来ない。
これから先どちらも死ぬだろう、猿のように人のように、もはや俺は勇者ではない。勇者になどもうなろうとも思わない。
その全てを楽しもう、その全てで遊びつくそう、その全てが俺の人生だ。
王が圧制を強いて何が悪い、王が我侭を言って何が悪い、王が不遜で何が悪い。どうせ俺はその自分の失策で死ぬ、ならばここで言い切る、これから全てが死ぬだろう。その全ては俺と剣王の所為であり他の者には責任などありはしない。誰がこんな面白いものくれてやるか。
この声が理解できるすべての人間よ、今最後に聞く。この世界は悪いものか、良いものでは無いだろう、だが悪いわけが無い、お前らは少なくともこの世界を一度鳴りとも楽しめたはずだ。それが良くも悪くも、終わった時代は終わるだけの理由がある、そして始まった時代にも。
あの時代より今、人よ楽しめないのか。もう全てが今さらだ、この時代に何が悪いところがある、その全ては自分達が勝手に作り出した始末の果てだ。そしてこの時代を楽しみ尽くした所為にすぎないのだろう。
そして今最後に願う。
この世界を楽しめ、この世界に祝福をくれてやれ、俺と同じく過去を知らないものたちを認めてくれ。
そして楽しめ、この状況になった全てを楽しめ。生きているだけで資格がある、生きているだけで資格があるのだ。怯えるよりましだ、否定するよしましだ、この世界は楽しい、全てが人間のために動いている。
では諸君最後だ、我等はこれより先この時代を認めに行く。一心不乱の我武者羅に、この世界を楽しみつくすために一笑懸命に笑いながら、徹底的に楽しむ。
さぁ、祭りの始まりだ。
***
「こうくるか新開。いやお前らしいのか、刻まれたお前の言葉は今世界に刻まれたのだぞ」
剣王は一人、その演説に聞き入った。周りでは全能回線の調整に時間をかけているようだがそんなことはどうでも良い。
彼にさえ笑みが浮ぶ。そこにはただ羨ましいと主彼の感情が篭められていた。
「完全に変わってしまったぞ。あの王の所為か、あの時の言葉のためにこれほどのあいつは変わったのか」
綯い交ぜになった感情を口から吐き出した。溜息のようにも思えたが彼は、ひたすらに新開のように笑うだけだ。
「祭りか、あいつはこれからの全てを祭りと言い放った。これからはそう言うことか、我も変わったものだこの状況が楽しく思えてくる。だからこそ、己の意志のためにも引けないわけだが、春義にも裏切られた。
こちらは演説などしなくて良いか、それはあいつが変わりにしてくれたか。ならばこちらは相手の礼儀に勝る全ての武力で圧砕するだけだ」
変わった、本当に二年前のあの王から全てが変わった。
あれがいなければこんな状況にはなっていない、今思えばあの王はわざと死んだとさえ思えてしまう。狼は、もういないのに二人して狼に呪われている。
「「しかし」」
だが同時に二人が笑った。まるで示し合わせたように、時間も全く同じで、言葉も同じに、彼らは笑った。
「「こんな笑える状況に生きていられないとは可哀想な限りだ」」
負け犬で勇者だった新開と、裏切り剣王は、死んだ人間全てに対して羨ましいだろうと笑いつくした。
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