祭始まる
「はは、はははは」
百花繚乱と言うべき満面の笑みが絵画に浮ぶ。写真でも貼り付けたようにその笑顔には生気を感じない、生きていないと思えるほどにそれは人間的な笑みではなかった。だがそれは、一瞬にして変わるそれは怒気だ。
言葉を紡いですぐに人は変われはしない、それを無理矢理楽しもうとしているのだ。
それはただ生きることより辛いだろう、あらゆることを楽しむ。それは同時に、全ての辛いことを笑うことだ。ただ自分達と弟のためだけに生きた最後の英雄である二人の死、王の死、そうその全てに対して笑わなくてはならない。それはまるで能面だ、それともピエロか、どちらにしろただ笑う機能を持ったものにしか見えない。
最初の恐怖はなんだったのかと言うほどに彼は哀れに泣いていた。
どれだけ笑っていても怒りの絶望しか新開からは感じない。いやだからこそ厄介なのだ、ここで攻撃を加えればその瞬間、剣王は殺されるだろう。動くことも許されない、そもそも二人して謝罪を求めていないしするいわれも無いだろう。
ふと二人の視線が合う、泣きそうな顔だと言うのに彼は笑っていた。
楽しめと、楽しめと心で何度彼は言い聞かせているだろうか?
彼は人間の支柱が折れた、心を支えるべき部分が粉砕されたのだ。だがそれでも辛うじて、彼の心は生きている、支えているのはただの言葉だ。そしてそれこそが彼の原動機になる。
今はまだ折れている心だが、きっとそのうち立ち上がるのだろう。勇者であった彼は、そう言うものだ。
「世界で遊べか、剣王聞くがあの命令の次は何だ」
「分からないのかその程度の事も、あの王と一緒にいながら。だが私はそんな道を歩みたいとは思わない」
あの王が歩んだ道、それはただの覇道ではすまない。
人生には恐怖がある、絶望がある、希望がある、挫折がある、人生には全てがある。泣き笑い起こり喜ぶ、だがそれでも人間は負の感情を拒否する、人の別れを、死を、だがそれさえ楽しめといった女がいた。
そしてその道を歩けと、彼の支柱がそう言ったのだ。
たった今、死んで喰らった女の状況を笑えと、ひたすらに楽しめという人生、はたから見れば狂ってしまえと言っているのと大差ない。だがそれこそが継承でもある、彼女が積み上げた未来と言う名の過去を彼は受け継がなくてはいけない。そして彼の追うがなすべきことを全て行なうことこそ彼の存在価値だ。
そして何より与えられた名前がある、それは異名とするには異形すぎて、名前とするならこれほどの侮辱的な名前は無いだろう。だから折れる一歩手前ので彼は踏みとどまる、どれだけ折れそうだとしても彼はそれが出来ない。
過去を作ることは出来ない、それは今までの人間が積み上げてきた未来だから。
だからこそ彼は彼の足で歩き、彼女の歴史を積み上げなくてはならない。人間が変える事の出来るのは常に未来でなのだ。
「もう消えろ、剣王。今は生かしてやる、お前を殺してやらない、怯えながら消えうせろ」
「それは感謝と言うほか無いが、何を言っている負け犬。お前は既に終わったんだ、今始まったそれはお前の心の一つで破滅だ」
「分かっているさ、これで俺はお仕舞いだ。だが俺がとまると思うな、負け犬のと遠吠えは甲高く響き渡る、覚えておけ、貴様のした事、この世の全てに比肩する後悔で返してやる」
色のある目は、今まで彼にはなかった気がした。それは完全な怒りだ、彼にこんな感情があったこと事態剣王は驚いている。
色彩にとんだ感情は、両親どころかあの二人さえ見たことは無かっただろう。
自然と笑みさえこぼれてしまう、人間だ。あれは人で無いものから人間に代わっていた。
「殺さない、絶対にお前だけは殺さない。これから先続く億の後悔の果てに何度そう思ったとしても俺はお前だけは殺さない」
お前の殺した者の代償、絶対にその存在に根深く叩き込んでやる。彼の怒りを見た、だがその表情はいつの間にか凶暴な狼のように変わっていく。
変わっていく、それは激烈に苛烈に、もう現状の人の有様ではない。
しかし剣王はその表情を最後まで確認しなかった。何もすることさえしなかった、振り向けば何が起きるか分からないと彼は感じていた。
極北の風が吹き荒れる、全てを震わせながら吼え猛る狼のように、傷だらけの獣が何をしでかすか分からないように、どこまでも荒々しく、どこまでも、どこまで狂ったその王の化身が動き出す。
涙を流し、笑いながら、狂おしいほどに世界を楽しく思う。きゃんきゃんと鳴いてた犬が、獰猛に吼える狼に変わる、まだそれは負け犬だ。尾を丸めて走り出したばかりの犬だ。
「王よ、余りに過酷だ次の就職先は、どうやれと、どうやれば貴女の道をいける。どこまで言っても人間なんてものは個人で、歩める道はその人間の道だと言うのに、代用品とは無茶が過ぎるにも程があります。結果はきっと残します、けれどそれは貴方とは違う道でしょう。
勇者じゃなくなった、勇者じゃなくなった、二度繰り返しても変わらない。
世界で遊べ、人で笑え、この世界は全てが美しい。笑えませんよまだ、こんな不確かな道始めて見ました。勇者の道は楽です、本当に決まった道しかありませんでした、どうせ死ぬ道さえ決まっていた。けれど、人の道は不確かだ、けどこれしかないんだ。もうこれしかない」
剣王がいなくなって、ただ一人王の死に場所にて立ち尽くす男。
哀れな道化、人間の道具がようやく人になる。
見てはいけないものがそこにはある、祭りだ、それは祭りの始まりだ。世界を笑う男が、人で遊ぶ男が、世界の全てを愛でる男が、ようやく始まる。厄祭とは違う、祭厄ともまた違う、最後の祭と呼ばれるもう一人がようやく始まる。
「やりますよ。これが生きてる者の宿命って奴ですね、死んだ奴の過去を受け継ぎ、生きている奴が未来を作る、そしてまたそれが過去になっての繰り返し、一笑懸命笑いましょう、笑って笑って笑い続けてやる。騒いでやる、必死に騒ぎ続けてやる、勝手に傾倒していた俺もだが、勝手に自分を押し付けた王に精一杯、生きてなかったことを後悔させてやる」
突き上げた腕は、聖剣を突き上げる伝説の英雄のように、口者に刻む笑みは狼の如く獰猛で、それはかつての過去に彼の宣誓した言葉のように、しかしながら今回は容易い言葉を紡ぐ。
大きく息を吸い、力一杯の咆哮を大地にうつ。
「みんな死にやがってざまぁみろー!!」
それこそが祭害の始まりであるのだ。全てを馬鹿にし笑い続ける、厄祭と同じく世界を混沌に叩き込むもう一つの祭りの始まりである。
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