見飽きた種族

 シンはダマスクの言葉を信じ、彼をツクヨの中へ送り届ける為接触できる位置にまで近づかなくてはならない。理性の無いツクヨの攻撃は法則性がなく、奇想天外な行動は近づくことすら躊躇わせる程だった。


 「クソッ・・・!近付けるタイミングがッ・・・」


 「お前の影の能力で拘束すりゃぁいいんじゃねぇか?」


 「俺もそれを狙ってはいるんだが・・・。どうやら纏まった力じゃないと動きを止めることすら難しいらしい・・・」


 ツクヨの猛攻を避ける中で、シンは何度か影のスキルで彼の動きを止めようと試みていたが、自分自身の影だけでは影を繋げることが出来ても拘束力はなく、こちらへ向かってくる勢いだけで引き剥がされてしまう。


 幸い、影による拘束を一切気にする素振りもなく突っ込んでくるツクヨは、避ける事も目視する事もない。下準備さえ整えば、恐らく彼は無防備な状態で拘束を受け入れてくれるだろう。


 各所に影を集める為、逃げるフリをしながらあちこちへ移動するシン。その中で、白衣の女を捕えるために動き出したアズールは、強化した肉体のまま何故か宙を舞っていた。


 「あッあの女・・・!やっぱりただモンじゃなかったか!?」


 「人間の女なら簡単に殺せるとでも思ったのかい?獣如きが優位な種族だとつけ上がっていると、痛い目を見ることになるよッ!!」


 アズールの着地を狙い、女は素早い身のこなしで駆け寄る。接近に気づいたアズールは身を翻し、逆立ちの状態で着地すると女を迎え撃つように強烈な蹴りを放つ。


 しかし素早い動きの白衣の女はこれを紙一重で躱すと、彼の勢いを利用して遠くへと投げ放った。何故華奢な肉体の彼女が、自分の数倍もあるアズールを軽々しく投げ飛ばすことが出来るのか。


 武術の中には、体格さや力量を覆すために相手の力を利用した技術を用いたものもあるようだが、アズールは彼女に投げられた際、とある違和感を感じていた。


 アズールは蹴りを躱され女に投げられる際、接触した箇所に違和感を覚えていた。普通の人体の構造上ではあり得ない場所まで掴まれ、より遠くへ強力な力でな上げ飛ばされた。


 研究室の物品を撒き散らしながら壁に投げつけられたアズールは、違和感に意識を持っていかれ着地に失敗していた。自身の勢いを倍以上に利用されて投げ飛ばされたものの、大したダメージにはなっていない。


 彼が投げ飛ばされた際に感じた違和感は、埃や煙の舞う向こう側から歩み寄る女の姿を見れば一目瞭然の答えとして、アズールの視界に情報として入り込んでくる。女も隠す気は無いようだった。それは知られても弱味にならないということなのだろう。


 「ふん・・・珍妙な姿だな。それがお前の“実験“とやらで得たものか?」


 アズールの前に現れたのは、地下にいた他の研究員の女達と同じように蛇の下半身をしていた。だが他の個体とは違い、大きさも異なれば色も鱗も違っていた。簡潔に述べるのであれば上位互換といった、見た目にも明らかな姿をしている。


 「脆弱な人間の身体は、外界の目を欺くもの。寧ろこっちが本当の妾の姿・・・。女だからと甘く見ない事だ。妾の種族は女の個体の方が圧倒的に強いからのう」


 「“爬虫類如き“がつけ上がるなよ?蛇女が・・・」


 起き上がったアズールは蛇女を試すかのように、辺りに散らばった物を放り投げ相手の出方を伺う。狙い通り、蛇女はこれまでの人間の身体とは違った対応を取る。


 その長い尻尾でアズールの投げた物を打ち払うと、同時に物が接触した事で剥がれたのか自ら剥がしたのか、尻尾の鱗をアズールの方へ飛ばしてくる。鋭利な鱗はまるでナイフのように鋭い切れ味をしており、反応の遅れたアズールの身体を掠めた際に皮膚を切り裂いた。


 「なるほど・・・鎧にも武器にもなるって訳か」


 「試しているのかい?よくもまぁそんな余裕があるもんだねぇ。これから死ぬってのに」


 「何だ、一思いに殺してくれるのか?」


 研究のために様々な種族の生物を捕らえ実験してきたであろう者達が、大人しく彼らを目的もなく殺すだろうか。しかし、彼女の発言から既にアズールらに興味がない事が伺えた。


 と、同時に彼女の発言はアズールの逆鱗に触れるものとなった。


 「あぁ~・・・獣人や人間なんてもう調べ飽きたさ。もう数え切れないくらい実験したからねぇ・・・。どうやったら壊れるか、どの程度で死ぬのか・・・とかね」

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