捜査開始

 各々アジト内に避難している関係者との会話を済ませ、一行はリナムル近郊の森の中へと足を踏み入れる。


 シンがアズールの中で見たという、ダマスクの嘗ての記憶に記された場所はそれほど遠い場所ではなかった。そこには目印となるよな、少し特徴的な幹をした樹木が生えている。


 言われてみれば確かにそう見えるというくらいの僅かな違いだが、樹皮が他の樹木と違った剥がれ方をしており、森の生き物や自然のものとは思えぬ不自然な剥がれ方をしているのだ。


 それは一本や二本ではなく、周囲に数本見つかり何処かへ導くように立っているとも言えなくもない。シンがダマスクの記憶の中で見つけていなければ、全くといっていいほど気にしないものだったに違いない。


 「こんなものが目印に・・・?」


 「森に住む者達でも、注意しなければ気づかない程だ。言われてみれば確かに人工的とも言えなくは無いが・・・」


 考えるのは後で、今は施設を見つけるのが先だと、一行は目印を頼りに更に奥へと進んでいく。すると次に見つけたのは、先程の樹皮の目印がある木に挟まれた別の木に施された仕掛けだった。


 これもまた、ダマスクの記憶を頼りにしていなければ気付くことのない仕掛けだったようで、今度はその木の根元に施設へのヒントが隠されていた。根元には掘り返されたような土の跡が残っており、そこを掘り返していくと太い木の根に突き当たった。


 「・・・何もない・・・」


 「そんな事はねぇだろ。どれ、見せてみろ」


 シンがダマスクの記憶の中で見たのは、あくまでその木の根元が掘り返されていたという跡に過ぎない。そこに何が隠されているのか、どんなヒントがあるのか。その時の記憶の映像では掘り返している記憶はなかったのだ。


 「森の動物が掘り返したという事は?」


 「いや、それは無いだろう。土は何度か掘り返された形跡がある。何か目的があって何度も同じ場所を掘っては埋めていたんだろうな」


 「そんな事をするのは、人間並みの知性を持つものだと?」


 「間違いない。ご丁寧に掘り返された土と埋めるのに使われた土は同じ場所の同じ土であり、かなり柔らかくなっている。見ろ、土の中に枯れた葉を粉々にしたようなものが混じっている。野生動物やモンスターが行ったのではこうはならん」


 森に詳しいケツァルが言うのだ、人工的な難度も掘り返された痕跡とみて間違いないだろう。しかし、土の中には何もなかった。掘り返されている柔らかい土の範囲には何もなく、行き止まりと言わんばかりに木の太い根っこがそれ以上の掘り返しを阻止しようと壁のように立ちはだかる。


 すると、何かに気づいた様子のケツァルが食い入るように穴の中を覗き込む。どうやら何も無いのではなく、それにこそヒントが記されているのだという。


 「待てッ!これは・・・。木の根の表面・・・何か切れ込みのようなものがある。エルフの者達よ、何か魔力のようなものを感じ取る事はできるか?もしかしたら罠かも知れない・・・」


 ケツァルの指示通り、掘り返した穴に見える木の根を調べるエルフ達。すると、彼が危惧していたように、微量ながら魔力による細工が施されており、特殊な加工方法により根っこの表面が張り替えられている事が判明した。


 そしてそれが剥がされると、簡単な術式が解除され何処かに解除されたという通知が届くという仕掛けが施されているのだという。エルフ族の者達と相談し、何とか通知が届かないようにこのトラップを解除できないかと掛け合うケツァル。すると、術式自体は至極単純なもので、通知を切る事も再度同じ術式を貼る事も簡単だと言う。


 ならば、表面を剥がし再び元通りに戻せば気づかれる事もない。すぐに仕掛けに触れようとするケツァルだったが、ガレウスに呼び止められ作業を行うのはあくまで人間の仕事だと、その役割をシンに押し付ける。


 エルフ族が調べたとは言え、他の仕掛けが組まれているとも限らない。ある程度の信用は回復しただろうが、これまでの関係が最悪だった獣人族と人間の間からすれば、一族の仲間、それも戦力を把握している親しい者を危険に晒すことは出来ない。


 初めからそのつもりだと言わんばかりに、シンは何も言わず木の根の表面を、取り出した短剣の刃で優しく剥がす。すると中から現れたのは、何かの座標のような数字とアルファベットだったのだ。


 「何かの暗号か?言葉か文章か・・・或いは」


 「“座標“・・・だな、こりゃぁ。だがこれだけじゃさっぱりだ。こんなところに隠すように記してあるって事は、この森の施設の場所を記しているのかも知れねぇが、問題はどんな座標かによって場所も方角も異なるって事だ」


 「つまり、その“標“自体を調べないと解読出来ないって訳か・・・」


 ダマスクの記憶を辿り、施設の場所を導き出そうとした一行だったが、ここにきて致命的な壁にぶつかることとなってしまった。木の根に記された座標が、何の標を元にして計測されたものなのか。それが分からなければ、この暗号を読み解く事ができない。


 とりあえずリナムルにあった座標を調べてみるかと、ケツァルは地図を取り出し確認を始める。他にもエルフ族の間に伝わる古の地図の座標や、獣人族が使っているものなど、各々できる限りの事を尽くす中、シンは自身の目に埋め込まれた白獅の発明品、テュルプ・オーブにより彼に座標について調べられないか、密かに連絡を取っていた。

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