温もりを知らぬ獣

 才ある者の為に危険を犯す役として白羽の矢が立ったケツァルの元に、本当の父親から大事な話があったと言われたケツァル。その内容は、今度は森で親睦を深めた人間の冒険者の元へ行き、暫く共に暮らしてこいという内容だった。


 本来の目的である才能を持って生まれた者の代わりに、魔法を習得してくるという趣旨は隠されており、現状の生活に不満を持ちながらもどうしようもない現実に絶望していた彼にとって、そこから抜け出せるのであれば何でもいいとさえ思っていた。


 しかしこれも、大人の獣人達の思惑の一部だったのだ。役に立たない無能で生まれたケツァルは、過酷な環境下に置かれる事により、別の利用価値が発生した際に快く引き受けるよう誘導しやすい心理状態にされていた。


 案の定、影武者として冒険者の元へ送り込まれることを承諾したケツァルは、後日他の獣人族の大人と共に冒険者との約束の場所へと向かう。


 冒険者自身が口にしていた通り、彼は森でモンスターを狩る作業に勤しんでいた。それこそ獣人達の欲する魔法をふんだんに使い、モンスターをまとめて攻撃する効率を求めた戦い方を披露している。


 何処へ行くかも、何をさせられるかも詳しく知らされていなかったケツァルは、目の前で繰り広げられる恐ろしくも美しい魔法の数々に見惚れていた。普段の生活やこのまま獣人族というコミュニティーだけに留まっていては、決して見ることのできない光景に胸が躍った。


 暫くしてモンスターを狩終え、一息ついている冒険者の元へ、彼に預ける影武者として選ばれたケツァルを連れた少数の獣人族が姿を表す。敵意のない彼らに冒険者は警戒することもなく接近してくる彼らに歩み寄ると、ケツァルの姿を見て彼が預けられる少年であることを悟る。


 「子の子が例の・・・?」


 「あぁ、そうだ。何か問題でも?」


 憧れの目線を向けた後、何かを感じ取っているかのような印象を受けたケツァルは、不思議そうに彼を見つめる。


 「いや何でもない。分かった、約束通り引き受けよう」


 獣人族の手を離れ冒険者に預けられたケツァル。用が済んだ獣人達は惜しげもなく彼を冒険者に引き渡すと、一度も振り返ることもなく足速にその場を去って行った。


 何か思い入れや特別な感情があった訳ではない。ただ、ケツァルは同族の彼らの背中を見て少し心が痛んだ。それは彼らの自分に対する、あまりにも呆気ない様子によるものだった。


 更にその様子を見ていた冒険者は、彼の遠い景色を見つめる視線を追って、獣人達の背を見つめる。


 「不安か?それとも寂しいか?」


 突然掛けられた言葉に、ケツァルは少し驚いた様子を見せたが、彼の質問に口を開くことなくただゆっくりと首を横に振った。未練や名残惜しさといった感情ではないのを見抜いた冒険者は、物言わぬ彼の様子を見てそれ以上、彼や彼の種族の問題について問うことはなかった。


 「・・・行くぞ」


 獣人のものとは違った手の感触に引かれながら、ケツァルは冒険者に連れられてその場を後にした。


 その後、冒険者に預けられはしたものの、獣人族と済んでいた森から離れることはなく、ただ幼かったケツァルの目を輝かせた魔法を駆使して、冒険者は次々にモンスターを狩っていく。


 ただその時の彼は、何故その冒険者がこんな危険な場所に足手まといになる自分を連れてくるのか分からなかった。粗方のモンスターを片付けると、冒険者は突然彼に、不意をついた言葉を投げかけたのだ。


 「お前・・・魔法はおろか、魔力すら持ち合わせていないな?」


 「ぇ・・・?」


 何故今更そんな事を聞くのか、ケツァルには理解できなかった。しかし、冒険者の言う通り、幼少期のケツァルは魔力など微塵も持ち合わせておらず、それどころか人間の幼子と変わらぬ生物としてのスペックしかなかった。


 「話も聞かされていないのか。ならば何故お前は俺の元に預けられたのか。簡単だ。お前が俺の元へ来た理由・・・お前の抱える事情が見えてきたな」


 「・・・?」


 難しい言葉を並べ、中々答えをくれない冒険者に、ケツァルは頭をかしげた。幼かった彼に、獣人族の思惑を察するのは難しいだろう。その上、辛い環境に置かれていれば、黙って言うことを聞いてしまうのも無理はない。


 「魔法・・・使えるようになりたいか?」


 「僕でも魔法が使えるの!?」


 目を輝かせて嬉しそうに質問するケツァルに、冒険者は初めて難しい表情を緩め、暖かい微笑みを浮かべて純粋な彼の質問に答える。


 「大丈夫。お前にも使えるよ」


 膝をおりケツァルと目線を合わせた冒険巣は、そっと彼の頭を撫でる。同じ種族であるはずの獣人族や、その中でも最も身近にいる筈の両親にさえ、彼はそんな事をしてもらった記憶がない。


 ただ、その時の冒険者の頭を撫でる手は、これまでの彼の絶望を全て帳消しにしてしまう程温かく優しかった。

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