概念の崩壊
憎むべき存在として教えられてきた人間と獣人族が共に避難しているという光景に、違和感を感じる者達もいた。実際に人間達と直接会う機会を経て、その印象が大きく変わった獣人達も多いだろう。
ミア達に命を救われたガルムや、ツバキの発明品により戦闘力を得た獣人。そしてアカリと紅葉により窮地を脱した先程の者達と、共に共通の敵を前にする事により協力することで、彼らの中にあった固定概念が崩壊し、今何が必要でどんな判断が大事なのかを各々が考えさせられている。
「みんな、無事そうで何よりだが・・・これは・・・」
「あぁ・・・ガレウスが見たら大惨事になりそうな光景だな」
避難して来た彼らも巨大樹の建物内へと入っていき、怪我人を手当てしている救護班の元へアカリと紅葉を連れていく。
「ガレウスならリナムルのそう遠くないところで戦ってるぞ」
「え!?本当かよ!じゃぁ尚更こんなところ・・・」
「それよりも俺は、もっと知りたいことができたけどな」
「・・・ここにいる人間か?」
「あぁ・・・こんなに沢山・・・一体どこからやって来た?今日、馬車を襲った時の連中はほとんど捕らえておいた筈だろ?」
「それに何人かは抵抗したって理由で殺しちまったらしいぜ?もし縁のある奴でもいたら・・・」
「想像したくもないな・・・。まぁ何度も見てきた事だが」
ガルムとアカリを運ぶ獣人が救護室として設けてある部屋へ向かう途中で、ここに複数人集まっている人間がどこからやって来たのかについて話している。
今、獣人族のアジトとなっているリナムルには、彼らが何らかの理由で捕らえている人間と、二人が話しているシン達を乗せていた馬車の襲撃で捕らえた者達しかいない筈。
その上、人間に対し誰よりも強い憎しみを抱いているガレウスが、外部からの人間の接近に気がつかないはずがない。
元々捕らえていた人間は、ガレウスや彼の派閥による者達の拷問を受けており、ここに集まっている人間達のように戦えるような状態ではないらしい。
そして、シン達と共に捕らえられた者達は、抵抗してきた者達以外ガレウス派の獣人達によって何処かへ連れて行かれている。恐らく情報を絞り出した後に用済みになった者から始末するか、別の用途の為厳重に捕らえているとの事。
ならば何故、ここにそれ程の人間が集まっているのか、ガルムはその道すがら案内を担当していた獣人に何があったのか事情を尋ねる。
「なぁ、あの人間達は何だ?一体どうやってここまで入り込んできた?それにここは、俺がいた時には炎上していた筈だが・・・」
「ケツァル派の奴らの仕業だよ。アイツら、捕らえた人間をエルフ族と協力して少しずつ逃してたらしい・・・。そんで、ここが襲撃されたのを知って協力を仰いだようだ」
「おいおい、嘘だろ!?そんな事、他の奴らに気付かれないで出来る事じゃねぇだろ?一体どうやったってんだぁ!?」
「さっきも話したろ?エルフ族の仕業だよ。妖術や幻術はアイツらの常套手段。それにガレウス派の連中の中にも協力者がいたって話だ。つまりだいぶ前から、みんなガレウス達の言う事には疑問を抱いていたって訳だ」
以前にも語られた通り、獣人族の中には人間という種族の全てを恨んでいる訳ではないという者も少なくはなかった。何より、人間とのいざこざに関与していない者や、それ以降にリナムル周辺の獣人族と合流した者達にとって、それほど人間を嫌う理由もなかった。
確かにこの樹海のどこかに潜んでいると言われている人間によって、酷い目に遭わされた獣人がいるのも事実。中には許し難い凄惨な目にあった者もいるだろう。その憎しみが分からない訳でもない。
だが、調べれば調べるほど被害に遭っているのは何も獣人族だけではないことが明らかになっていた。彼らの言う同じく樹海に巣食うエルフ族や、偶然ここを通り掛かった人間もまたその餌食になっているらしい。
つまり、獣人族が怒りの矛先を向けるべき本当の悪は、リナムル周辺の樹海に潜み無差別に生き物を襲っているということだ。何故その部分には目もくれず、ガレウスは人間全てを恨みの対象として見るのか。
案内をする獣人に、ガルムはその事についてどう思うのか彼に尋ねた。
「お前はどう思うんだ?こうして人間と接してみて・・・」
「正直なところ、俺達と何も変わらないんじゃないかって思ってる。言われるがまま“人間は危険な生き物“だって刷り込まれてきたが、全員が全員悪い奴とは思えなくなったよ。俺もあの獣に襲われてるところを人間に助けて貰った。少なくとも、その人間には悪い感情なんか全く無いな」
「そうか・・・」
「俺は別にどっち派って訳でもなかったが、何となくケツァルの奴が言ってる事が分かったような気がするぜ。こんな状況になって漸く気づくとはな・・・。一族の危機を前に、他に敵を作ってる場合じゃねぇだろって
・・・」
言葉に強い感情が込められているを感じる。ガルムも同じ気持ちだった。彼は元々、どちらかというとガレウス派と似たような思想を持っていた。ガルムの友人も、近隣の調査の為出掛けて以降、彼の前に姿を表すことは無くなった。
その後、別の調査部隊が彼らの持ち物らしきものをアジトへ持ち帰り、品物をアズールやガレウス、ケツァル達のいる前に並べられた。すぐに彼らは例の人間達による仕業だと断定。持ち帰られた物は残された家族や恋人、友人に渡されていく中で、その場にいたガルムも友人の品を見て、他の行方不明になった者達と同じ運命を辿るのかと思うと、胸が張り裂けそうになった。
時には何も手につかなくなるほど荒れた時もあった。ガレウスの言葉に後押しされ、怒りを他の人間にぶつける時もあった。そしてその人間の仲間が助けに来る事もあったが、地の利を活かした獣人族の戦いに、その者達も捕らえられる事になる。
その悍ましい連鎖の中で、ガルムの抱いていた怒りや憎しみも、どこか別のものへと変わり始めていた。個人への怒りや憎しみを、種族というものに返す意味があるのかと。
自分の行いに対して疑問を抱いた彼は、次第にガレウスや彼の派閥から距離を置くようになり、考える時間を作るようになった。だがしてしまった事への罪は消える事なく、不意に人間を恨んでいた時と同じような目で睨む人間の顔が脳裏に過ぎるようになる。
そんな弱気になる自分を振り払うように、ガルムも友人を失った時の事を思い出し、その行いを正当化することで前へ進もうとした。
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