一族の長として

 アズールがケツァルの指示に従い、化け物となった獣と戦う仲間の元へ向かい、当の本人がシンとダラーヒムという憎き人間を連れて、樹海に潜む邪魔な獣を排除しに向かった直後、アズールの“ケツァルの判断に従うか否か“を問われた獣人達は、それでも裏切り者と疑わしきケツァルに従う意志はない。


 「どうする?このままここに居ても、なんの解決にもならないぞ?」


 「だがあのケツァルに従うのは御免だ。アズールはあんな事を言っていたが、裏切り者と言われてるような奴の指示になど従えるものか!」


 「そうだ。アズールが同行者として俺達を選んだのは、奴に共感する派閥じゃないからだろ?ってことは、アズールも疑ってたってことじゃねぇか」


 「ケツァルは“黒“だ。アズールは利用されちまうに違いねぇ・・・」


 獣人族の間に、多種族と連むことなく独立する道を望む派閥と、ケツァルのように他の種族とも協力する道を模索するべきと唱える派閥に分かれていたことは、アズール自身も随分と前から気がついていた。


 それにより獣人族が二つに分かれ、協調性を失いつつあることも。だが、獣人族をまとめる立場として、どちらか一方を選ぶということは、もう一方の派閥とは袂を分つ結果に繋がることに、彼は悩んでいた。


 しかし、そんな姿を同胞達の前で晒すわけにはいかない。長となった者は、彼らの道標として一族を繁栄と平和、そして獣人族の誇りを重んじ示さなければならない。


 本来、そんな彼を支える為の立場として、ケツァルとガレウスというそれぞれの分野で優秀な者達を幹部としていたが、あろうことかその二人が派閥のリーダーとなってしまっている。


 どちらかに相談すれば、どちらかに加担していると思われ、余計な火種を産んでしまうと誰にも胸の内を打ち明けられず、ここまで来てしまった。


 今回の一件は、偶然とはいえアズールが決断を下す為の機会となったのだ。ケツァルが本当に一族のことを重く捉えているのなら、本人であるアズールやガレウス、その他の多くの同胞達を救う策を講じる筈。


 もし彼が裏切り者ならば、アズールを犠牲にすることはなくとも、少なからず自分を裏切り者だと派閥の溝を広げようとしているガレウスや、その一派の多くを犠牲にするかもしれない。


 非道な判断と思われるかもしれない。しかしアズールは、同胞達の命を使って、ケツァルが裏切り者か否かを測る天秤にかけたのだ。


 その為に彼にとって不利な状況まで用意して。


 アズールが同行者として選んだ同胞の中に、ケツァル派の獣人は一人として選別していない。それどころか、ケツァルの意志に靡きそうな中立な思想を持つ者さえ連れてきてはいなかった。


 敵だらけの状況、そして駒として扱うには犠牲に選びやすいガレウス派の者達だけで構成していた。そんな彼らは、案の定ケツァルに従うということを良しと思わず、例え獣人族の長であるアズールが従うと言っても、考えを曲げることはなかった。


 「ならどうするよ?ここに居たって、あのヤベェ気配がこっちに来ないとも限らないだろ」


 「アズールは、“ケツァルに従うかどうか“を自分達で決めろと言っただけだ。なら、俺達は俺達で出来ることをしよう」


 「どうするつもりだ?」


 目標を失い、どうするべきか悩む彼らの中で、自分達に出来ることをしようと先導する者が現れた。彼の言う通り、このまま手をこまねいていても何も始まらない。


 それに、アズールは“何もするな“とは言っていない。彼はそこに注目し、自分なりにアズールの意志を汲み取ったようだ。


 「アジトに戻ろう・・・」


 「アジトって・・・正気か!?この気配、お前も気づいてないはずはないだろ?ケツァルじゃねぇが、このままアジトに直行するにしろ迂回するにしろ、気付かれずになんて無理だぞ!?」


 「分かってるさ!」


 「なら、どうするつもりだよ?見つかる度に一体ずつ袋叩きにでもするか?」


 他の獣人達も、アジトに戻ると言い出した者に分かってて聞いているようだった。道中にいる獣を、いちいち相手にしている暇などない。それに、アズールが選んだ選りすぐりの者達とはいえ、下手をすれば何体か相手にする間に人数を失い、アジトにまで辿り着けないことも想定される。


 しかし、アジトに戻ると口にした者も当然そんなことは理解していると、彼らに伝える。その上での強行策なのだと。


 「途中で気付かれても、アジトまで強行突破する」


 あまりにも無謀な提案に、一同は驚きの表情を浮かべる。


 「追いつかれるだろ!?それに複数に追われたらどうするんだよ?」


 「・・・どうしても追いつかれるとなったら、一人が殿となって少しでも長く食い止める。それしかないな・・・」


 言葉を口にしている本人でさえ、声を震わせている。当然、誰がその“殿“を務めるのかと言う話になるだろう。一族の為とはいえ、誰も自ら死地に赴こうなどという命知らずはいないだろう。


 だが、そこは本人も分かっていたようで、もしこの話に乗るという一同の賛成を得られるのなら、自らがその役割を買って出ると言い出したのだ。

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