思想の偏り

 その場にいては、先程の化け物がいつ戻ってくるかも分からない。獣人の分け与えた回復薬のおかげで歩けるまでに回復したツクヨは、彼のその傷だらけの身体を見る。


 自分自身の傷よりも、嫌っていた人間に優先して回復を施すという行いを受け、本当に彼らが言うほど人間を恨んでいるのかと疑問に感じる。


 見境のないガレウス派の者なのか、それとも他族との協力を考えるケツァル派の者なのかは分からないが、少なくとも危険が差し迫る状況下で、優先して与える程の価値を見出したとでも言うのだろうか。


 「貴方のその傷・・・。何故私に回復を?」


 「見た目程ではない。それにこの程度の回復薬では、慰め程度の回復にしかならないからな・・・」


 強がってはいるものの、言葉とは対照的にその身体を支えている二本の足は、僅かに震えていた。彼の言うように、人間ならば立っていられないような傷に見えるが、獣人という種族であるが故に何とか持ち堪えられているのだ。


 「貴方達は私達のような人間を恨んでいたのでは?」


 「何だ、命があることがそんなに不服か?」


 「そうじゃない。ただ、捨て置かれると思っていたから・・・」


 獣人からの話でも、彼らがあまりいい印象を人間に抱いていないのは聞いていた。ならば当然、人質のツクヨ達の扱いも雑になるようなものを想像していたのだが、食べ物に含まれていた薬の治療や、ベッドの提供など矛盾を感じる点も多い。


 「アンタら・・・薬を盛られたらしいな」


 「え?」


 突然話を振られたツクヨは、彼の言う薬が何の事なのかすぐに理解できなかった。その後食事のことだと言われ、意識を失った時のことを思い出す。今にして思えば、いくら空腹だったからとはいえ、何と無防備だったことかと反省せざるを得ない。


 「アンタから感じる人間の気配が薄い。いや、獣の気配になりつつあるといった方が近いのか?」


 「獣・・・?一体何の事を?」


 ここでツクヨは初めて、自分達に盛られた薬物の効果について聞かされる事となる。


 彼らの口にした食べ物には、獣人には何も変化が現れないものの、別の種族の者が口にすると一時的に獣人と同じ気配を放つようになり、身体能力も僅かに獣人族へ近づくことのできるという物だったらしい。


 何故そのようなものを人質である彼らに盛ったのか。彼が言うには、ケツァルがエルフ族と共同で開発した、一時的に身体能力を向上させることにより、労働や戦闘を行う人材を増やす為のものだという。


 エルフ族は勿論、捕らえた人間の有効活用という名目で開発されていたようだ。だが当然、全ての人間が受け入れられる力では無いようで、過去には人間の姿を保てなくなった者や、力を得ずして死に至ったケースも多かった。


 そこで、獣人の力の進行を抑制する注射薬が開発され、身体に馴染みやすくなることでデメリットなく力を得られる確率を上げることに成功した。


 「だが、何故そのような事を?ケツァルという方は、話し合いで協力を得ようとしていたのでは無いのか?」


 「薬の効能には、他にも有用なものがあったんだよ。それはガレウスの拷問で壊れちまった人間にも使えるものだったんだ」


 彼らの開発した獣の力を得る薬は、気配や身体能力だけに止まらず、そのタフさや生命力の向上にも効果があったのだという。


 つまり、そのままでは死を待つだけの人間に、もう一度息を吹き返すチャンスを与えることが出来たのだ。所謂、蘇生薬のような効果も持ち合わせていた。


 当然、正常な状態ではない身体には、獣の力による能力向上効果は毒となる場合もあり、その薬を投与された者の個体差によって蘇生できるかどうかが分かれるのだという。


 「ケツァルの奴がどう考えていたのかは知らねぇが、拷問室や廃棄所に放置されてた人間が消えてたのも、その薬による仕業だったのかも知れねぇな。んで、生き返った人間を条件でも付けて逃してたんじゃねぇか?」


 身を隠しながら会話をする中で、ツクヨは手持ちの回復薬を助けてくれた彼の為に使う。獣人の体力であっても回復量はそれなりに効果があり、身体に刻まれた傷もみるみる癒えていった。


 「・・・すまねぇな・・・」


 「いいんだ。貴方も私の為に使ってくれただろ?」


 「ケツァルの言う通りなのかも知れねぇな・・・。歪み合ってばかりじゃ周りを敵に変えるばかりで、何も進展しないのかもな・・・」


 目の前の助け合いを経て、彼は自分達のやってきた事に疑問を抱き始めていた。しかしツクヨにも、感情の昂りや消失によって思考が偏り、盲目となってしまうことの恐ろしさというものは分かっていた。


 大切な者や生きる価値と思っていたものを奪われることで、怒りや憎しみ、消失感や虚無に囚われてしまう経験をしたツクヨもまた、新たな希望を見出し前に進むことが出来た。


 彼にとってそれが、WoFという別の世界の存在だったのだから。

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