脱出経路の確保

 悍ましい異形の獣を目の当たりにし、ミアは今の何者かが獣人族が支配するリナムルを襲撃しているのだと悟る。獣人達が人質をそっちのけで戦っていることから、その何者かの強さや数はそれ相応のものなのが伺える。


 まさかこうも早く脱出の機会が訪れるとは考えてもいなかった一行は、逃走経路など調べている時間もなく、熱を帯びる黒い煙が駆け上がる下の階層へと降りていく。


 「だっ大丈夫か?」


 「私は大丈夫だが・・・ツバキやアカリは・・・」


 身体に接種した薬の量と、その身体に受ける影響を垣間見るに、獣の力の影響が強く反映されているであろう二人は、大人のミア達に比べ症状がまだ残っているようだった。


 「大丈夫だよ・・・。一人で歩くくらい訳ないって・・・」


 「私はまだ頭が・・・クラクラします・・・。それに耳鳴りや疲労感がまだ・・・」


 「アカリはアタシが。ツクヨ、すまないが先導を頼めるか?」


 「分かった。でも妙だね・・・彼らの気配が以前よりハッキリ・・・」


 自分達の身に起きていることに気がついてない一行は、襲撃を受けてすっかりその姿を見ることがなくなった獣人達の気配を、まるで気配の感知能力でも備わったかのように、壁や床越しにでも感じ取ることができるようになっていた。


 「あぁ・・・アタシも起きてから妙に感覚が・・・。いや、これはまるで何かしらのスキルでも付与されたかのような・・・」


 身に覚えのない力に困惑しつつも、その力のおかげで獣人や襲撃者と遭遇することなく地上にまで降りてくることに成功した一行は、外へ出る扉の前で足止めを喰らってしまう。


 「出口が・・・」


 「焼け落ちて来たのか・・・。他に出られる場所でも探すか。それとも・・・」


 ミアはふと思い出したかのように、自身の錬金術師のクラスが使役する精霊で、グラン・ヴァーグのレース以降自らの意思で呼び出せるようになったウンディーネに、目の前の燃える瓦礫をどうにか出来ないかどうか尋ねる。


 「ごめんなさい、それは難しいわ。水のないところでは、海で見せた時のような力は発揮できないの。火を消すことくらいは出来ても、それ以上は・・・」


 「そうか・・・なら、他に道を探した方が良さそうだね。幸い、窓はいくつもあるようだし、塞がれてないところがあるかもしれない」


 ツクヨの言うように、一階には他の街にあるような人工物と同じように、幾つもの窓がある。しかし、周囲を見渡して確認できる範囲の窓は、出入り口の扉と同様に大きな蔦のようなものが垂れ下がっており塞がれている。


 「ここは他の階層とは違って、あちこちに気配を感じる・・・。彼らの他にも・・・ね。一旦安全そうなところまで行かないか?二人を休ませてあげたいし」


 「あぁ、アタシも丁度それを言おうとしてたところさ。だが安全なところなんてなぁ・・・」


 「ここの植物・・・蔦や根っこは切断系統の技の方がいいだろう。私が出口を切り開いてくるから、ミアは二人を休ませられるところへ」


 脱出できるポイントを探しにツクヨは、一時ミア達と別行動することになった。ミアは気配を感じ取りながら、獣人や襲撃者のいない方へ向かっていく。


 一階にある危険は彼らだけではない。火の手があちこちに迫っており、あまり猶予はないようだった。煙が立ち込め、呼吸もあまり保たないだろう。


 「クソッ・・・!息がッ・・・。やむを得ん、空気の逃げ道を幾つか開けるか!」


 周りの者の気配が少ない部屋を探し、ミアは煙を少しでも外に逃す為、壁に向けて銃弾を打ち込む。彼女が用いた銃弾は、通常のものとは異なり弾丸の先端が幾つもの鋭いエッジに分かれており、命中すると同時にそれが花開くように対象を切り裂いて進むという、特殊な弾丸だった。


 鉄骨やコンクリートのような強固な素材を用いていないリナムルの建造物には、彼女のその特殊な銃弾は効果的面だった。銃弾自体はそれほど大きなものではないが、食い破るように壁を突き進んだ弾は壁に異様な大穴を開けた。


 「あまり予備はねぇが・・・呑気なことも言ってられないしな」


 ミアは残り少ない特殊弾を、余すことなく壁に打ち込んでいく。それによって空いた大穴から、室内に篭っていた煙が外へと逃げていく。


 呼吸がいくらか楽になるのを感じたが、それでも寿命を先延ばしにしたに過ぎない。


 「ツクヨ・・・早くしてくれよ・・・」


 一階を捜索するツクヨは、周囲の気配に気をつけながら次々に部屋を総当たりにしていく。窓を見つけては垂れ下がる蔦へ刃を向けるが、幾重にも絡まった蔦や根っこはそう簡単に切断できるほど脆いものではなかった。


 「一筋縄では行かないか・・・それなら」


 そう言って取り出したのは、グラン・ヴァーグでグレイス・オマリーから譲り受けた剣、布都御魂剣だった。

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