偽りの優しさ

 突然眠気のようなものが、ミアとツクヨを襲う。誰かに言葉で伝えようとするが、身体の怠さと瞼の重みがそれを許さないほど急激に襲い掛かる。


 何とか倒れないように踏み止まろうとするも、足がもつれてしまいとてもではないが立っていられなかった。


 ツバキとアカリの時の異変で既に彼らの状態を知っていた、人質の移送中の獣人達は倒れそうになる二人の身体を受け止める。


 「おい!急ぎコイツらを診れる場所へ!薬の準備もしておけ!」


 「アイツらこんなに早くッ・・・!クソ!これが初めての実践投与になるけど・・・いいよな!?」


 「構わねぇ!今コイツらに死なれたら、俺達やガレウスが真っ先に疑われんだ!どの道使ってみるしかねぇ!」


 人質となった彼らを担ぎ、獣人達は当初予定していた移送先とは別に、彼らを寝かせられる部屋へと急遽向かう。そして最寄りのベッドのある部屋へ到着すると、そこに入ったことを見られないように慎重に扉を閉める。


 「薬は!?」


 「あぁ、用意してある。だが、まさかこんなにすぐに必要になるとはな・・・。効能についてはまだ確かではないが・・・」


 「何もしないよりはいい!実験も兼ねてコイツらに打ってやってくれ」


 すると、診療所のようにベッドが複数ある部屋にいた獣人が、奥から人数分の注射器を持ってきた。どんなものが含まれているのかは分からないが、どうやら彼らも人質であるミア達に死なれては困るらしい。


 一本目の注射はツクヨに打たれる事となった。彼らの会話からも、その薬品が効果があるのかどうかはまだ臨床されていないらしいが、実際に使うということは命に関わる変化はないだろう。


 ツクヨの腕に針が刺され、中身の液体が彼の体内へと押し込まれていく。外見上に変化は見られない。そこまで即効性のある薬ではないのだろうか。ツクヨに打たれた後、様子をみることもなく次にミアにも同じ注射が打たれる。


 見た目の印象と身体の大きさ、そして獣人から渡された食べ物の量を見て順々に注射を打ち込まれていく一行。最後に打たれたのはツバキだった。流石に彼に注射を打つ時は、獣人達も少し揉めていた。


 だがツバキには、睡眠以外の症状が現れ始めていた。病状が次のステージへと進んでいたのだ。ツバキの額からは汗が滲み出し、僅かにうなされ始めたのだ。


 急ぎ彼らが注射を打つと、ツバキのうなされ具合は徐々に落ち着いを取り戻していく。どうやら彼らの薬は、それなりに効果があったようだった。


 「ん?そういえばコイツらの中から、一人同行者が付くんじゃなかったか?」


 「あぁ・・・だがそっちはもうどうしようもねぇだろ。それにボスの前で倒れられたら奴らも困るんじゃねぇか?いや寧ろ、向こうで倒れてくれれば奴らの悪事も表に出るかもな・・・」


 彼らの言う同行者とは、他ならぬシンの事だ。彼も少しとはいえ、捕えられていた部屋で獣人達から食べ物を分けて貰っていた。移動中の彼に症状が現れ始めてもおかしくはない。




 その頃、ダラーヒムの証言を確認しに向かっている獣人達とそのボスであるアズール。それに付き合わされているシンと、人間と協力関係を結ぼうとしているというケツァル。


 拷問を受けていたダラーヒムは、同行者となったシンが肩を貸して歩いている。獣人達はその穢れた血の流れる人間に触れたくもないのか、彼の事をシンに任せた。


 多少は意識も戻ってきたようだが、まだ身体に力が入らないようで一人では歩けない。


 「おい、アンタ大丈夫か?」


 肩を貸していることにより、彼と小声での会話が可能になった。けどられないように耳打ちするシンに、ダラーヒムは声を絞り出すように口を開く。


 「ぁ・・・あぁ、見た目ほどではない。前にも見せただろ?俺の精霊・・・。アイツのおかげで、中身は徐々に戻りつつある・・・」


 「あっ・・・あぁ?中身ぃ?」


 「見た目だけ派手にやられたって訳だ・・・」


 「これもアンタの作戦だったって訳か!?」


 ボロボロの彼の状態を見て、自分の身も顧みないで作戦を遂行できる彼の度胸に、シンは驚きを隠せなかった。他の者達にバレぬよう、シンに注意を促したダラーヒムは彼らにも内緒にしていた、グリム・クランプについての情報を本当に掴んでいるようだった。

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