謁見の機会
今までその足取りを掴めずにいたようで、彼らの動揺は想像以上のものだった。ざわつき始めた場を収め、一人の獣人が彼らのボスへ話を通してくれることになった。
他の仲間達に見張りを任せ、一旦部屋を後にする。室内ではこれまで通り、大人しく静かにするよう命じられ、警戒が強まる。だがその表情は、先程のダラーヒムの話を引き摺り集中できていないようだった。
「ダラーヒム、アンタ本当に・・・?」
見張りの獣人達に気付かれぬよう、ダラーヒムに近づき話の真意を確認するシン。何よりも、彼はシン達に対してもそんな話を出してはいなかった。
キングの仕事に手を貸すのであれば教えないこともないと言っていたが、思わぬ事態に巻き込まれ手札を切るしかなかったのだろう。
「ん?あぁ、さっきの話か。お前達にも話してなかったな」
「本当に奴らに薬を盛った奴らの情報を・・・グリム・クランプの情報を持っているのか?」
獣人達に薬を盛った可能性があるという事は、先のモンスター達との戦いで確認していたが、それがグリム・クランプで行われているであろう実験と関係があるかどうかは、この時点ではまだ何も分からない。
しかし、ここらの森で彼ら獣人族に悪さをするとするならな、シン達にはそのグリム・クランプの研究所以外、検討がつかなかった。
難しく考えるシンとは対照的に、ダラーヒムは大して危機感を持った様子もなくシンの問いに答える。それはシンの期待していた回答とは異なり、今後の獣人族のボスとの対話に暗い影を落とすものだった。
「いや?グリム・クランプっつぅ場所に心当たりはねぇよ」
「はっはぁ!?」
思わず漏れてしまったシンの声に、見張りの獣人達の視線が刺さる。慌てて小声になるシンは、無責任に大嘘で獣人達を騙し交渉へと持っていったダラーヒムに、その真意を問う。
「じゃぁどうやって話すつもりだ?奴らだって馬鹿じゃないだろう。そんな嘘、すぐにバレるんじゃ・・・」
「嘘?情報を持ってるって言ったのは本当だぜ?ただその、グリム・クランプっていう奴らの根城は知らないってだけだ。その為の交渉でもある」
「その為・・・?」
情報を持っていると言えば、その犯人の居場所を知っているのではないかと期待される。だが、それで実は知らなかったなどと口にすればその場で殺されかねない。
ダラーヒムは何故、そうまでして危険な交渉の場に出ようというのだろう。彼に何か考えでもあるというのだろうか。
「まぁ見てろ。きっと上手くいく。・・・多少、お前らにも協力はしてもらうが・・・」
「ん・・・?」
語尾が小さくなるダラーヒムの言葉は、シンの耳には届かなかった。聞き返そうともしたが、ダラーヒムはそれ以上何かを語ろうとはしなかった。
そんな彼に命運を託すしかないシン達は、ボスへ報告へ向かった獣人の帰りを、ただ大人しく待っているしかなかった。
暫くすると、部屋を出ていった獣人が戻ってくる。そして彼らのボスとの謁見の場を設けられたようで、情報を持っているというダラーヒムが数人の獣人に連れられ、ボスのいる場所へと向かう事となった。
「ダラーヒム・・・」
「安心しろ。一人でどうにかなろうとは思っちゃいねぇよ」
キングが信用を裏切らない人物だったことから、その幹部でもあるダラーヒムがシン達を置き去りにして、自分だけ助かろうという人間ではないと信じていたが、何もせずただ待っているのも不安だった為、シンは誰にも気付かれぬよう部屋を出ていくダラーヒムの影に、自身の影を忍ばせた。
「彼・・・裏切らないだろうね?」
「アイツの主人であるキングが、そういう男ではなかった。ここで俺達を裏切るような人間ではないと信じたいが・・・」
「まぁ今は考えても仕方がないだろう。何か動きがあるまで待つとしよう」
何はともあれ、拘束された状態では何も出来ない上に、非戦闘員であるツバキやアカリもいる以上、強行突破のような無茶な行動は取れない。
一先ずはダラーヒムの動きを待つしかない。逃げるにしろ話をつけるにしろ、何か現状に変化が訪れれば獣人達に動きがある筈。ただその機に乗じられるように、いつでも動ける準備と、入口の他の逃走経路を探りながら部屋の様子を見て待つ事となった。
一方、囚人のように囚われたシン達を閉じ込めていた部屋を連れ出されたダラーヒムは、繋がれた蔦の手錠を引かれながら通路を通り、大樹の上層部へと続く螺旋状の階段を上がっていく。
「なぁ、アンタらのボスってのはどんな奴なんだ?」
「・・・・・」
「仲間達に妙な事をした人間の事、アンタらはどこまで知ってるんだ?」
「・・・・・」
「無駄な会話はするなってか?随分従順なんだな」
「・・・・・」
それまで彼らに対し話をしてくれた獣人も、何度も会話を試みようとするダラーヒムに対し、部屋の外では一切口を利こうとしない。
あの場では喋れて、外では喋れない理由があるのだろう。これ以上彼らに何を言って無駄かと、ダラーヒムはやれやれといった様子で大きく溜息を吐くと、首を横に振りながら流されるままにボスのいる場所へと連れて行かれる。
そしてある程度階段を上がっていると、魔力を原動力としたエレベーターのようなものがある場所へと行き着く。
蔓で出来た鳥籠のような乗り物に乗せられると、何人かの獣人はその場に残り、ダラーヒムと先程まで部屋にいた獣人の二人で上層階へと向かう事となった。
二人になると、その獣人は小声で彼に対し忠告をする。
「他の者の目もある。不用意な行動と言動は控えた方が身のためだぞ」
「お前らの中にも、派閥のようなものがあるのか?」
「・・・あぁ、それも随分と過激な奴らもいる。アンタらは運が良い。なんたってすぐに殺されなかったんだからな」
「それは俺が情報を持っているからか?」
獣人は静かに首を横に振り、彼の言葉を否定する。どうやらシン達は運良く殺されなかっただけで、場合によってはここへ連れて来られる前に死んでいてもおかしくなかったようだ。
「“俺達に捕まったから“だ。一緒にいた馬車の連中がいただろ?その何台かに乗ってた連中は、捕まる前に殺されたんだ」
「ッ!?」
彼らは知る由もなかったが、馬車が襲撃された時点で、商人の何人かと護衛で乗り合わせていた冒険者の数人が、既に獣人族達の手によって殺されていた事を知る。
「人間に直接何かをされた者とは別に、おかしくなっちまった奴らもいるんだ・・・。大切な者や友人を人間に壊され、怒りや憎しみに囚われちまったのさ。それこそボスでも手に負えない程に・・・な」
強すぎる怒りや憎しみは、理性を失うほどに彼らを狂わせたらしい。それこそ、見境のないモンスターと変わらぬ程に変貌し、本能のままに感情をぶつける“魔物“となるほどに。
「さぁ、ついたぞ。俺がお前にしてやれることは全部した。後はお前次第だからな」
「あぁ・・・ありがとよ」
彼を連れた獣人も、ボスに意見するほどの気はないようだ。後は彼の言った通りダラーヒムの交渉次第。
元の扉に装飾を施したと思われる不気味な扉の前で立ち止まると、獣人が中の者へ合図を送り、ゆっくりとその扉が開かれる。
部屋には何人もの獣人がおり、入ってくるダラーヒムに鋭い視線を送る。その奥に、大きな椅子に座る如何にも獣人達の長であろう、一際身体のでかい獣人が鎮座していた。
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