残された置き土産

 少年は消える前に、ツバキある置き土産を残してくれた。それは、彼がこのような状況になるのを見越して、密かに動いていた結果だった。


 「ここまで・・・先生と僕を連れて来て来てくれたお礼を・・・しなきゃね・・・」


 「ん?何だ?」


 少年の言葉を聞いて、ツバキは施設内のとある変化に気がついた。ツバキは地下へ向かう前、何人かのレインコートの子供達に、モンスターの囮を任せていた。


 だが、耳を澄ませてみると妙に施設内が静かな事に気がつく。囮を任せた時の戦闘を見る限り、静かにモンスターを抑えたり排除できるような戦い方ではなかった筈。


 ツバキはもしや全滅してしまったのかとも考えたが、今目の前にいる少年の表情から読み取るに、どうやらそのような危機的状況にはなっていないようだ。それならば彼の言う置き土産とは一体何なのだろう。


 「君に指示を受けた子達は、見事にモンスターを引きつけてくれた。おかげで、君と出会えなかった僕と同じような子達で、それぞれ役割を持って動いたんだ・・・」


 少年の話によると、レインコートの彼らは、ツバキが地下へ向かった後に、囮役を買って出てくれている者達の存在に気がつく。


 ツバキと出会うことなく施設内を彷徨っていた彼らは、状況のすり合わせと戦力の確認をした後、ツバキを追って地下へ向かう者と、囮役の子の手伝いに向かう者とで役割を分担したのだという。


 地下へ向かった者は彼と、白いレインコートの少女の二人だけ。残りは囮役と協力しモンスターの撃退をするのだが、当然そのままの身体能力では彼らがソウルリーパーに敵うはずがない。


 そこで、援護に入った子供達は自らフードを外し、一時的な能力の解放と言語や思考の障害から解き放たれ、本来の力を発揮し他のコートを着た子供達と協力し、各々撃退を図る。


 モンスターの集団を倒し切る頃には、フードを外した援護組はそこでリタイアとなってしまった。だが消える前に、まだレインコートによる束縛を受ける子供達に、地下から上がってくるであろう仲間やツクヨの援護を命じていた。


 囮役を引き受けていた彼らは、全員ツバキと接触している。故に地下から上がって来る者の気配はすぐに分かる。もし全滅していたとするならば、残りの気配は全てモンスターのもので間違いない。


 消えてしまった者達の奮闘の甲斐もあり、ツバキと先行組の少年、そして彼らの望みでもある先生と慕われる人物の救出に成功したのだった。


 「敵も追って来るかもしれないけど、もうすぐだよ・・・。みんなが集まれば、僕達であいつを弱らせられる。だから・・・それまで・・・」


 言葉の途中で少年の身体は消えてしまった。だが、彼が何を伝えようとしていたのかは、しっかりとツバキに伝わっていた。


 「分かったぜ・・・。他の奴らと協力して、あいつを倒してみせるからよぉ。ゆっくり休んでくれ・・・」


 その言葉が適切であったかは分からないが、これで彼はこの施設から解放され、元の身体の元へ帰る事となる。無論、彼らにとってそれ自体も救いになるとは言えないが、少なくとも期待を持って戻ることができるのなら、希望は持てる。


 少年の残したレインコートを手に、ツバキは覚悟を新たに立ち上がる。すると、ちょうど話に出ていた大型のソウルリーパーが、彼らを追って地下のラボから上がって来た。


 プレッシャーを与えながら迫るモンスターの気配に、ツバキはすぐに床に倒れている先生の元へ駆け寄り、その身体を抱き抱える。同時に両足の魔石を装填し、高速移動に備える。


 モンスターは一直線には追って来ず、ツバキ達の足元をぐるぐると回り、まるで獲物を追い込むようにして床や壁を透過して移動しているのが、溢れ出す魔力からも分かる程だった。


 「野郎・・・もう追って来やがったかッ・・・!」


 ツバキは周囲を見渡し、少年の言っていた仲間の気配を探し、一番近くに感じた気配の元へ向かって、駆け抜けていく。最早瓦礫や残骸を避けている余裕などなかったツバキは、それらを吹き飛ばしながら目的地へと向かう。


 その騒音に気づいてか、目指していたレインコートの子供の気配の方からも、彼らの方へと近づいてくるのを感じた。その子供を巻き込まない為、気配の手前で勢いを殺したツバキは、先生を非難させる為に何処か安全なところへと移す。


 そして、後を追って来ている大型の気配に備え、再び足のガジェットの魔石を交換しておく。しかしここで、ツバキはある重要な事に気がつく。ツバキが持ち出していた、施設で見つけた魔石の残量が遂に底をついてしまったのだ。


 「ッ・・・!?マジかよ・・・ここに来て無くなるか・・・」


 これから盛り返そうと言うところで、彼の生命線の一つでもある動力の予備が無くなってしまう。地下の隠し通路から上がって来た今、他の部屋を探せばまだ魔石はあるかもしれない。


 しかし、今は協力するために向かって来てくれているレインコートの子供を待たなければならない上に、無防備な状態の先生を抱えている身。無闇に一人で探しに行くことが出来ない状態にある。


 ツバキの頭の中に、魔石の残量の事が入ってきたのと同時に、いよいよ大型のソウルリーパーが攻撃を仕掛けて来た。


 急接近を始めた大きな気配は、彼を切り裂かんと腕を振り上げながら、床をすり抜けて現れる。


 魔石に込められた魔力を少しでも温存しよう、ツバキはこれを自力で避けようと試みる。しかし、ある程度戦闘慣れした彼でさえも、その広い範囲攻撃から無傷で逃れることは出来ず、僅かに攻撃を擦ってしまう。

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