隠し通路と秘密の部屋

 ツバキは青いレインコートの少年に手持ちの魔石を与えると、彼の魔力は補充されフラついていた身体は、先程のモンスターから逃げていた時よりもしっかりとしたものになっていた。


 全快とまではいかないが、囮りを引き受けるだけの魔力を得た少年は、ツバキに言われた通り、モンスターの気を引く行動にでる。


 ツバキの攻撃により氷漬けになった三体のソウルリーパーの氷像の方へ駆け寄ると、それに向かって思いっきり体当たりをして見せる。少年の身体と比べるとだいぶ大きなその氷像は、少年から受けた衝撃で傾き、ドミノ倒しのように倒れていく。


 そして床に当たったところで、氷漬けのモンスターはガラスのように大きな音を立てて砕け散る。モンスターがやって来る前に、ツバキは彼の覚悟を目の当たりにし、自分もくよくよしていられないと、ネガティブな感情を置き去りにし、物陰に隠れる。


 周囲を見渡し、モンスターの気配を探すレインコートの少年。間も無くして、氷像が割れる音を聞きつけたモンスター達が、様々な方角から集まり出した。


 壁をすり抜けてやって来たモンスターが、隠れていたツバキの頭上を鬼の形相で駆け抜けていく。集まったモンスターの注意を、少年が集めた時が行動に移る合図。


 ツバキは通り過ぎたモンスターが向かう、青いレインコートの少年の方を振り返る。集まり方に斑がある為か、少年はしばらくの間、いち早く集まったモンスターの相手をして時間を稼ぐ。


 魔石のおかげで回復した魔力をふんだんに使い、最初の数体の内は順調に撃退していく。一体ずつ相手にしている時は余裕のあった少年も、魔法の発動に手惑い二体目三体目と姿を現すモンスターに、魔法を中断して移動を開始する。


 だが、誘い出されたモンスターの数は、ついに片手で収まる数を超え始め、逃げていた少年の正面の壁からも姿を現す。咄嗟の事態に、少年は足を止めてこれまでとは違ったタイプの魔法を発動する。


 それは身を守る為の魔法だったのか、攻撃魔法よりも発動が早く、半円形の光の障壁が少年の周りに展開される。


 迫り来るモンスター達は障壁に衝突し、立ち往生を食らう。だがそれも束の間。モンスター達はすぐに少年の展開した光の壁に攻撃を開始。まるで雨のように振り下ろされるモンスターの鋭い爪が、光の壁を打ちつける。


 何度も打ち込まれた箇所は徐々にひび割れていき、破壊されてしまうのも時間の問題だろう。だがこれこそ、ツバキの待ち望んでいたチャンスだった。


 囮りの少年を守る障壁の破壊に躍起になるモンスター達の隙を突き、ツバキは気付かれぬ内に少年を置き去りにし、部屋を後にする。ツバキは振り返ることもなく駆けていく。


 歳の変わらぬ少年が、恐怖に足を震わせながらもツバキや仲間達、そして彼らの慕う先生の為に耐えているのだ。彼らを救う手段は、一刻も早く他の仲間や先生と呼ばれる人物を解放すること。


 ツバキは最後に、餞別代わりに魔石を少年の足元へ滑らせるように投げ込んだ。少年が稼いだ時間のおかげで、難なく部屋を抜ける事ができたツバキは、そのまま通路を走り、奥の部屋を目指す。


 「待ってろよ、すぐに助けてやるから・・・。それにしても、なんて数の部屋だ。だが、彼らの魔力は魔石の反応で分かるようになった。少なくともこれで、彼らを探すことは出来る。少しでも彼の負担を減らす為に、別の囮り役を増やすか。それとも、先生って奴の居場所の情報を聞き出すか・・・」


 ここの匙加減は非常に重要で、失敗も許されない。難しい判断を迫られながらも、ツバキは魔石の反応を頼りに他のレインコートの子供達を見つけ、囮り役と情報源とで分けて割り振り、地下施設の何処かに囚われているという先生と呼ばれる人物を探す。


 道中で見つけた子供達の情報から、ツバキは幾つもある部屋の一つで、他の部屋とも然程変わり映えのしない、資料室の一つへと足を踏み入れる。


 ツバキが地下施設に到達し、青いレインコートを着た少年と別れてから出会った子供達から得た先生の居場所に関する情報を整理すると・・・。


 ・先生と呼ばれる人物は、とある一室にある隠し部屋から繋がる“先生の研究室“に居る。隠し部屋の場所は、一部の子供達しか知らずその存在事態知らない子供も多い。


 ・隠し部屋があるという部屋は、本が沢山ある部屋である。そこに収納されている、壁と隣接した本棚の本を正しい順番に入れ替え、特定の順番で特定の回数押し込んでいくと、その道は開かれる。


 ・隠し通路を抜けた先にある研究室に入るには、特定の内容の“本“が一冊必要になる。その本の内容は、子供に読み聞かせるような“童話“の本であること。童話の本であれば、国やストーリーのジャンルは問わない。


 「こんな研究施設に童話の本って・・・どういう事だ?彼らに読んであげてた本って事なのか・・・?」


 知れば知るほど悍ましい実験や研究をしていたことが浮き彫りとなってくるこの施設で、全く関係のないと思われる童話を題材とした本が鍵となるのが、不自然に思えて仕方がなかったツバキ。


 彼のいう通り、ここには多くの感情を持たない子供達が送り込まれていたようだ。そんな彼らに“心“を持たせる為に、先生と呼ばれていた人物が用いた物だったのだろうか。


 いくら考えても理解の及ばぬことに困惑しながらも、ツバキはレインコートの子供達が、その身を賭して残した情報を信じ、辿り着いた本棚の多くある部屋で、手順通りに作業を行なっていくと、子供達が口にしていた通り、地下施設の更に奥へと通じる通路が現れる。


 「これか・・・。待ってろよ。すぐに済ませて来るから・・・」


 囮としてモンスターの注意を引く為に、わざと大きな物音を立てて派手に戦うレインコートの子供達の音に振り返るツバキ。彼らに無理強いをしてしまった事と、彼らの覚悟を無駄にしない為にも、ツバキは先生の研究室へと向かう。

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