隠れんぼ

 朦朧とする意識の中、得体の知れぬ物に縋るなど正気の沙汰ではないと分かっていても、子供達の差し出す可能性に縋らずにはいられなかった。


 ツバキは床に落ちている黒いレインコートを手に取り、小刻みに震える自身の身体へと覆い被せる。


 するとどういう訳か、レインコートが被さっている部分がみるみると温まってきたのだ。この際、原理のことなどどうでもいい。今はただ、命の危険に晒されているこの寒気をどうにかしなければと、ツバキは小さく丸まりレインコートの中へ、コタツで丸くなる猫のように入り込んだ。


 「あっ・・・あったけぇ・・・!まるで生き返ったみてぇだ!」


 ツバキが元気を取り戻した姿を見て、彼の周りにいた子供達は嬉しそうにはしゃぎながら、建物の彼方此方へと走り去って行ってしまった。


 「あっ・・・おい!待ってくれ!お前達は?この街はどうなってんだ!?」


 それまで寒さで動かなかった身体が嘘のように軽くなる。だが、起き上がった拍子にレインコートが床に落ちると、再びツバキの身体は異常な寒気に襲われる。


 慌ててレインコートの袖に腕を通すと、不思議なことに寒さを一切受け付けなくなるのだ。


 ツバキは子供達から貰い受けたレインコートを着てフードまでしっかり被ると、温まった身体で真っ暗な部屋を飛び出して行った子供達を追いかける。


 廊下に出ると、既にどこにも子供達の姿はなかった。しかし、どこからともなく子供の走る足音らしきものが聞こえてくる。


 ツバキは上がって来た階段の方へ向かうと、手すりから一階のロビーを見下ろす。すると、彼らがいる建物の入り口の扉が、僅かに閉まる様子が目に入った。


 あの時側にいた子供達が全員外に飛び出して行ったのかは分からないが、今ツバキの元にある子供達の行方のヒントは、外に通じる扉の揺れしかない。


 雨の降り頻る濃い霧に覆われた街の寒さを思い出すと足が引けたが、今はこの原理の分からない熱を帯びるレインコートがある。


 これさえあれば、この異様な街の探索も可能になるかも知れないと、ツバキは急ぎ階段を降りると、子供達と出会った建物を後にした。


 外は依然として雨が降っていた。霧も濃いままで、遠くの景色が全くと言っていいほど見えない。だが、これまでと違い体力や温度を奪われることは無くなった。


 ツバキはレインコートを着込み、雨の街を駆けて行く。子供達が何処へ消えたのか、手掛かりは途絶えてしまった。再びツバキは街を探索しながら、建物や民家の窓、路地の方や子供が隠れられそうなところを見渡す。


 姿は見えないが、丁度彼が見ていない死角から人の走る気配と子供の笑い声が聞こえてくる。そう遠くには行っていない。近くにいる筈なのだが、見つけることが出来ない。


 すると、ある一軒の民家の方から視線を感じたツバキ。すかさず振り返って見てみると、二階の窓からこちらを見ている黄色いレインコートの子供がいた。


 彼の視線を感じると、その黄色いレインコートの子供はビックリしたように身体を飛び上がらせ、部屋の奥へと消えてしまった。


 「逃がさねぇぞ!ぜってぇ街に何が起きてんのか聞き出してやる・・・!」


 民家に逃げ込んだのであれば、出入り口はそう多くない正面の玄関か、裏口があればそれくらいしかないだろう。


 あとは窓などもあるだろうが、それならそれで音で分かるはず。ツバキは急ぎ黄色いレインコートの子供がいた民家へ入り込むと、二階へ上がる階段を探し、駆け上がっていく。


 そして外から見た部屋へと辿り着く。この街の建物は一貫して照明がついていない。無いわけではなく、恐らくつかないのかも知れない。


 だが、子供達と出会った部屋のようにカーテンが閉まっていないので、ある程度の光が部屋の中を照らしてくれている。


 この民家に辿り着くまで、外に逃げ出した様子はなく、ここまで来るのにツバキと出会してないことから、先程の子供はまだ二階にいるであろうことが想像できる。


 なんなら、今ツバキがいる黄色いレインコートの子供がいた部屋に、まだ隠れているのではないだろうか。


 子供達の目的は分からない。だが何となくだが、同じ少年のツバキには敵意を感じなかった。どこか遊んで欲しいといった感情が伝わってくる。


 久々にあった人に悪戯をしたくなるような感覚。きっと子供達は、必死に追って来るツバキに見つけてもらいたいのかも知れない。まるで隠れんぼでもするかのように、部屋のどこかで息を潜めている。


 感覚を研ぎ澄まし、気配を探るツバキ。床の絨毯の模様や僅かに舞う埃の動きを見て、部屋の一角にある大きなクローゼットへと歩み寄る。


 そして狙いを定めたツバキは、クローゼットの取っ手に手をかけ、一気に開く。


 しかし、クローゼットの中には多くの上着や洋服が掛けられているだけで、子供の姿は見当たらない。暫く瞳だけを動かして様子を伺うツバキ。そこから彼は、もう一度一気に動き出す。


 クローゼットの取っ手から静かに指を離し、今度は掛けられている上着にゆっくりと手を掛ける。そして一気に両側へ手を引くと、どこに掴まっていたのか、中から黄色いレインコートの少年が落ちてきたのだ。

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