雨のオルレラ

 窓の外から聞こえてくる雨粒の打ち付ける音で目を覚ます。陽の光が雲に遮られ、肌寒さと陰鬱とした空気が身体を覆うようだった。


 ベッドに寝ていたツバキは、うっすらと開けた瞼の先に映る光景が、寝る前のものよりも明るいことに気が付き、夜が明けていることを知る。


 横で寝ているミアの方を振り返るも、呼吸で身体を揺らす程度で全く起きる気配がない。


 布団の中に残る温かさを惜しみつつも、ツバキは彼女を起こさぬようゆっくりとベッドから出る。


 外の雨による湿気のせいか、或いは寝汗によるものか、彼の身体は折角シャワーを浴びたのが無駄になってしまったかのように、気持ち悪いベタつきを纏っていた。


 「げぇ〜・・・んだよ。・・・しゃぁねぇ、もっかい浴びっか・・・」


 陰鬱とした気持ち悪さを洗い流す為、ツバキはシャワー室へと向かう。寝室を出た時に、ついでにソファーで寝ていたツクヨを確認するも、彼もミアと同様にぐっすりと眠りについているようだった。


 自分が早く起き過ぎてしまったのかと思いつつも、湿った身体が余計に感じさせる寒さに身震いを起こしながら、足早にシャワー室へと入って行く。


 乱雑に脱いだ衣服を床に落とし、シャワーヘッドから吹き出すお湯に身体との温度差で、感触の麻痺を起こす。


 「ふぅ〜!あったけぇ!」


 豪快に頭からお湯を浴びたツバキは、用意されていたどこぞのブレンドものかと見紛うほどの容器に入れられたシャンプやボディソープを贅沢に使い、全身を泡だらけにする勢いで洗っていく。


 生まれ変わったかのようにさっぱりしたツバキは、暖かい湯気で充満するシャワー室でふかふかのタオルを使って、全身の水分を拭き取る。シャンプーやボディーソープが良いものであるならば、タオルも高級な物なのだろうか。これもまた吸水性が、そこらのものとは比べ物にならないほど凄く、肌触りも心地いいものだった。


 ふかふかのタオルで髪を拭きながら、大満足のツバキがシャワー室から出てくる。そこで初めて彼は気がついた。やはり肌に纏わり付いていた気持ち悪いものは、外で降り注ぐ雨によって部屋に発生する湿気によるものだった。


 綺麗になった肌だからこそ、それがはっきりと分かる。


 「おいおい・・・やっぱり外が湿気ってっからか」


 折角さっぱりした身体が、再び湿気に包まれるのに対して大きな溜息を吐きながら、髪を乾かし外出の準備をし始めた。


 ソファーでは未だにツクヨが寝ており、寝室ではミアも眠ったまま起きる気配がない。二人ともそれだけ疲れていたということなのだろう。ツバキは二人に変わり、自分がアークシティへ向かう為の馬車を手配しようと、いつにもなくやる気になっていた。


 いつもの服に着替え、借りていた部屋を後にするツバキ。廊下は外の天候の影響もあり、朝方の割には薄暗さが残っており、窓から入る光も少ない。


 だが、それ以上にツバキの心に違和感を与えたのは、屋敷の照明が付いていないことだった。朝早くだからとはいえ、誰も起きていないような時間ではない。


 それどころか、エディの家族や使用人がいる筈のこの屋敷には、生活音も聞こえてこなければ、人のいる気配すら感じない、不気味なほどの静けさがあったのだ。


 「あぁ?どうなってんだ?なんで照明もついてねぇんだぁ?」


 明らかな違和感が彼の胸をざわつかせる。やはりミアの言っていた通り、屋敷の主人であるエディという男を信用し過ぎたのだろうか。


 眠っている二人に代わり屋敷内を調査しようと試みたツバキは、そのまま昨夜登って来た階段を降り、玄関前の広場へとやって来る。


 一階も二階と同様に照明はついておらず、何かこれといって聞こえてくる音もない。ただあるのは、降りしきる雨が屋根を打ちつける音だけだった。


 呼吸を止め、耳に神経を集中させればさせるほど、肌身に感じる不気味さと静けさが心を侵食していくような感覚に包まれる。


 それからツバキは、幾つもの部屋を調べ歩くも何処にも人の気配はなく、それどころか初めてこの屋敷にやって来た時の感動が、まるで夢幻であったかのように感じていく一方だった。


 いよいよただならぬ雰囲気を感じたツバキは、急ぎミア達のいる部屋へと戻る。二人を起こし、この異様な屋敷のことを伝えなければ、やはり部屋を出た時に二人を起こすべきだったかと、焦る気持ちが彼の足を早める。


 そして二階の部屋へと戻って来た彼は勢いよく扉を開け、声を荒立てて二人に呼びかけるように叫ぶ。


 「ミアッ!ツクヨッ!大変だ!やっぱりこの屋敷ッ・・・」


 しかしそれ以上に、彼を困惑させる光景と違和感が、静かに彼の全身を覆う。


 ソファーに寝ていた筈のツクヨはそこにおらず、毛布はツクヨが寝ていた時と同様に、まるで何かに掛けられていたかのように形を残していた。


 更に彼の背筋に悪寒を走らせたのは、部屋に戻って来た時には既に薄っすらと感じていたが、その目で確かめるまでは俄かに信じがたい感覚。それはミアの様子を確かめる為、寝室に駆け込んだ時に確かなものとして彼に突きつけられる。


 屋敷を探索していた時に感じていた感覚と同じく、この部屋にも“人の気配“を感じないのだ。ベッドに寝ていたはずのミアも、彼がベッドを出た時のまま彼女の姿だけを消し去り、時間が止まっている。


 寝室や部屋全体に、争ったような痕跡はなく、彼らが持ち込んだちょっとした荷物がその場に残されているだけで、本人達だけがそっくりそのまま取り除かれてしまったかのようだった。


 「ッ・・・どうなってんだよ・・・誰もいないのかッ!?」


 大きな声で二人の名前を叫ぶも、ただ虚しく彼の声が木霊するだけ。部屋を飛び出し、まだ行っていない二階の部屋という部屋へ走り、何処かに人の気配がないか確かめるツバキ。


 だが、いくら探そうと屋敷はもぬけの殻状態だった。


 捜索に夢中になるあまり、息を切らしていた彼が、一旦呼吸を整える為に足を止める。走り回ってかいた汗のせいか、突然人の消えた不気味さからくる悪寒のせいか、それまで感じなかった身を震わす寒さが彼の身の周りに充満していた。


 ぶるっと身体を震わせたツバキは、何か暖かいものはないかと周囲を見渡しながら、屋敷のロビーの方へと歩いていく。その途中、エディの物だろうか、大人用のコートを手に取ると、それを身に纏い今度は街の様子を見に行こうと、屋敷を後にした。

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