残ったモノ
消えゆく身体を見たシンは、ふと我に帰り急ぎその遺体に触れる。そして白獅から貰った眼で、出来る限りの情報を引き出そうと試みた。
記憶の中で探ったのは、あくまでデータ化という能力を身に付けるまでの過程に過ぎない。この男が一体どうやってデータ化を成していたのか。その原理を知りたかったのだ。
もしデータ化という能力が解明されれば、異世界から来た者達、つまりフィアーズやアサシンギルド、そしてイルのような何処にも属さないイーラ・ノマド達。
彼らの移動能力が大幅に強化されるほか、現実世界への直接的な干渉が可能になる。これにより彼らは、人間の肉体という入れ物を手に入れることが出來る。
それによるメリットやデメリットはまだ深く解明されていないが、シン達覚醒者と殆ど同じ事が出来るようになるということだ。
そしてイルとの戦いの中で得た大きな情報として、データ化中の彼らの身体にはハッキングが有効であるということだ。
アサシンギルドの者達はともかく、フィアーズの幹部連中がデータ化をモノにすれば、一体何をしでかすか分かったものではない。ただでさえ人体実験をしているような連中だ。きっと良くない事に使われるだろう。
だが、組織の規模も技術力も、シン達が知る中で最も力を持っているのはフィアーズを置いて他にいない。彼らの技術力を利用することが、謎を解明する為に最も早い近道となる。
対抗できる手段として、アサシンギルドにはどこでどうやって作られたのか分からない、イルのデータ化能力を低下させたウイルスがある。もしそれが更に改良され効果を上げたのなら、彼らにとってデータ化はメリットではなくデメリットにもなり得ることになる。
だが、肝心のイルの遺体からは有力になりそうな情報は得られなかった。それでも得られた小さな情報をかき集め、オーブを通じ白獅の元へ可能な限り情報を送った。
次第にイルの身体は触れられなくなるほど透過していき、最期にはチリも残さず消え去ってしまった。
情報の整理を終え、シンが遺体のあった場所から立ち上がり、仲間達の元へ天臣と友紀を連れ帰る為、歩み寄る。
なぎさの身体を乗っ取ったイルによって負傷を負わされてしまった友紀だったが、急所は外れており一命は取り留めていた。だが重症であることには代わりない。
大きな傷を抱えたまま元の姿へと戻った時、彼らの身体への影響はどうなるのか。興味はなくもないが、とても試してみようという気にはなれない。
それに、恐らく良い影響はないだろう。アイドルである友紀が怪我をしたともなれば、活動に大きな影響が出る。ファンもきっと心配し、騒ぎ立てるだろう。シン達にとっても、そのような状況になるのは望ましくないのだ。
彼女のように有名人が、異世界の者や異形のモノが見える覚醒者であることが知れれば、また狙ってくる者がいないとも限らない。出来るだけ回復した状態で彼女を元の身体へ戻さなくては。
その為にも、早く彼女をにぃなと引き合わせなければならない。
しかし、ふとシンが当たりを見渡すと、ランドマークタワーの屋上には彼を含め三人の姿しか確認できなかった。友紀を刺したなぎさは、一体どこへ行ってしまったのか。
そして、天臣がイルと思い斬り殺した人間の遺体もまた、血痕もろとも綺麗さっぱり消えていたのだ。いくらイルが現実世界に干渉できるようになっていたからとはいえ、人が死ねば原状修復でどうにかなるものではない筈。
東京へシン達がやって来た際、朱影がバイクを拝借した時に一人、現実世界の人間を巻き込み怪我をさせている。
その時は、修復の力により違和感が無いよう、事故という形で収まり、高速道路で起きた惨事も車の衝突事故ということで済まされていた。
もしあの時、バイクの持ち主が死んでいたら、事故死という形で片付けられていたのだろうか。ならば今回は、どういう形で現実世界へ影響がでるのか。考え出せば分からないことが山のように出てくる。
今の自分達が置かれている状況や、何故現実の世界でWoFのキャラクターとなり戦えているのか。如何に自分達が、不確かなものに頼り切っているのかを思い知らされる。
すると、天臣の抱える友紀が僅かに意識を取り戻し始める。
「ぁっ・・・あれ・・・?私・・・」
「友紀ッ!よかった・・・意識が・・・!」
「大丈夫・・・ちょっとびっくりして・・・意識が・・・」
「喋らなくていい。すぐに何とかしてやるからな」
小さく頷く彼女は、天臣の見せる表情に安心したのか、再びその瞼を閉じ眠りについた。友紀が目を閉じたのを確認すると、天臣は周囲を見渡しシンを探す。
「君の友人の中に、ヒーラーのクラスがいると聞いた。その人の元へ彼女を連れて行ってはもらえないだろうか・・・」
言われるまでもなく、シンもそのつもりだった。にぃなという仲間が、赤レンガ倉庫近く、つまりライブ会場付近に待機していることを伝え、彼女に今から怪我人を連れて行くと連絡を取る。
安心した天臣がほっと胸を撫で下ろしていると、視界の端に屋上の縁に立つ人影のようなものが映る。彼がすぐにその人影へピントを合わせると、そこには生気を失ったように立つなぎさの姿があった。
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