絶たれた帰り道
空中で刀を抜いた天臣の一撃は、最早誰にも止められない。それが例え友紀の願いだったとしても、既に彼の中で決意は固まっていた。
付き合いの長い友紀にも、天臣の表情や目でそれが伝わった。彼が何の為にその刀を振るうのか。誰の為に危険を冒してまで、こんなところまでやって来たのか。
なぎさが庇おうとするこの男、イルと呼ばれたその男を救う手立ては友紀にはない。それに、親友を悪の道へと引き摺り込んだ張本人を、友紀自身も許すことは出来ない。
しかしこれで、彼女を惑わせる元凶は消える。せめてなぎさだけは、正しい道へ連れ戻さなければ。彼女は咄嗟に、倒れるイルへと近づくなぎさを受け止めるように前へと飛び出す。
なぎさは友紀に抱きとめられ、イルの元へ到達することなくその行手を阻まれてしまう。衝突の衝撃で目を瞑ってしまった彼女は、友紀の背後でその後、天臣の振るった刀がどのような結果をもたらしたのかを確認する。
大きな着地音と共に、友紀に強く抱きしめられるなぎさが、イルの姿をゆっくりとその視界に捉えようと首を伸ばす。最初に彼女の目に飛び込んできたのは、刀を振り抜いたまま着地の姿勢で固まる男の姿。
その視線を徐々に降ろしていくと、背中を斬られ上半身と下半身が切り離されている余りにも酷い姿と変わり果てた、イルの姿だった。
悪しき道とはいえ、彼女の命を現世に留めてくれた命の恩人。復讐を果たした時の喜びと達成感は、今でも身体に刻み込まれている。
走馬灯のように蘇る、イルとの出会いからこれまでの日々。それがどんな悪事であっても、彼女はその行いに救われていた。彼女の中に残る遺恨を根こそぎ引き摺り出し、忘れられるようにしてくれたのは、他でもないイルだった。
そして、今後彼女を待っているであろう正しい道への懲罰を想像すると、例えそれが未来へ繋がる正しき罰であり道のりだったとしても、まるで取り返しの付かない事をしてしまった時のように、心臓が押し潰されるような収縮感に苛まれた。
光が怖い。正しさが怖い。それがずっと闇の中を歩いてきた人間の身体に刻まれた、消えることのない呪い。これは恨みや憎しみとは違い、決して心の内から消えることもなければ、忘れることも出来ない。
これから彼女がどんなに罪を償おうと、どんなに善良な行いに努めようと消える事のない、彼女の影となる。
最早、自分の中に溢れる感情が一体何なのかさえ分からない。なぎさの目からは涙が溢れ、空いた口からは呻き声のような悲痛な音が漏れ出す。
「大丈夫ッ・・・大丈夫だよ。貴方は一人じゃないから・・・。今度は私もいるから!もうこの手は離さないから・・・!」
なぎさの抱える不安や恐怖が、密着する身体から、皮膚から、感触から伝わって来ているようで、あまりの生きる力の無さに、友紀の目からも涙が溢れた。
どうして思いを伝えるという簡単な事が出来なかったのだろう。
いつから二人の間に壁ができてしまったのだろう。
だが、失われたものや時間を埋めるのはこれからだ。
親友が道を踏み外してしまったのなら、その手を取り引き上げてやればいい。それは一人では出来ないこと。しかし、今の彼女には正しい道にいる友がいる。
これまで二人の道は違えてしまっていたが、漸く交わることが出来た。二人でならきっと正しく歩んで行ける。間違いや失敗を支え合って生きていける。
友紀が暗い時代を乗り越えたように、今度はなぎさの番が来たのだ。暗く閉ざされた彼女の未来に、光が差し込む時が来た。
そう、思っていた・・・。
「天臣さんッ!」
「あぁ!分かってるッ!!」
胴体を切断したところで安心は出来ない。確実にイルが死んだ事を確かめなければ、気を緩めることは出来ない。
今までもそうだった。勝利への油断が、一変して悲惨な未来への道へと変わってしまう。
天臣はうつ伏せで倒れているイルの頭部を掴み、刃を首に当てる。そして果実をもぎ取るように刃を力強く引き、首を切断した。
月明かりに照らされた血流が辺りへと飛び散る。鮮血を浴びた天臣の表情と行動からは、まるでどちらが悪党であったか分からないほど姿だった。
掲げた首をゆっくりと覗き込む。
息を呑むようにして、その光景を見守るシン。天臣の表情から目が離せない。ちゃんと仕留める事が出来たのだろうか。
彼の表情で、一番最初に変化したのは目だった。
まるで瞬きを忘れているかのように、大きく見開いたその目は閉じることがなかった。僅かに遅れて口も開くが、その時点で何となく想像はついてしまった。
イルはまだ、死んでいない。
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