蒼空

 蒼空達を閉じ込めていた靄の檻には、その空間の空気に溶け込むようにして黒い靄が蔓延しており、それを一定数値以上吸い込むことで、体内に靄が蓄積される。


 蓄積された靄は、檻の外であれば呼吸と共に徐々に体外へと排出されていくのだが、蒼空はここにいる誰よりも、靄の檻の中にいた時間が多く、その蓄積量も多かった。


 故に、一度しか檻に閉じ込められていない天臣やケイルには、体内に蓄積された靄の量が殆ど使えない量しかない上に排出されていた為、イルの攻撃に使うことは出来なかった。


 要するに、蒼空の身体を貫いた黒刀は彼の体内に蓄積された靄によって形成され、内側から突き破って出てきたのだ。避けることのできない必中の技。それが蒼空の中に溜まっていた。


 「蒼空さんッ・・・!」


 「何故だ・・・?一体何処から生み出した!?」


 イルは倒れながらも、必死に片腕をつっかえ棒のように立てて上体を起こしもう片方の腕を、黒刀に貫かれ出血しながらも辛うじて立っている蒼空に向ける。


 「一発分は・・・残っていたか・・・。せめてコイツだけは持って逝かせて貰うぞ・・・!」


 身体をくの字に曲げて、自身の腹部を貫いていた黒刀を、刃の部分などお構い無しに鷲掴みにして引き抜く。流血する穴を塞ぎながら、朦朧とする意識の中、蒼空もまたイルの方へ手を伸ばす。


 互いに最後の力を振り絞り、スキルを放とうとしているのは明白。蒼空の周囲に、靄から形成される黒刀が数本現れ、イルとその周辺は地面へと吸い付く。


 「ぐっ・・・!」


 先に声を漏らしたのは、地面に押し付けられたイルの方だった。上から押し付けられる痛みに、傷だらけの身体からはまるで絞り出されるかのように、血が溢れ出す。


 だが、それでも男は攻撃の手を止めなかった。自分が死ぬかもしれない中で、イルは黒刀を蒼空へ向けて撃ち放った。


 当然、彼もそれを避けられるような状態ではなかった。全部で三本の黒刀が、蒼空の身体に突き刺さる。


 同時に、イルに掛けられていた重力負荷が解かれる。それが何を意味するのか、そこにいた誰もが言わずもながらに理解していた。






 キャラクターネーム、蒼空。本名を、環たまき 志音しおんという。


 彼の家は、所謂富裕層と呼ばれる裕福な家庭だった。教養に重きを置いていた彼の両親は、幼き頃から習い事や作法を彼に学ばせてきた。


 当時の彼にとって、それは特別苦ではなく、新しいことや知識として身に付いていくことに充実していた。


 勿論、全てがそうではなかったが、苦手なものを克服することも、人として大事なことだと教え込まれていたし、自分の為に良くしてくれようとする両親の思いを無碍にはしたくなかった。


 彼が大きくなり、進学校に通い始めた頃、彼はとある壁にぶち当たっていた。


 それは、周りの人間もより優秀な者が増えてきたことにあった。これまでの小学校や中学が低かったという訳ではない。ただ、高校になることでより将来を見据えた勉学に励むようになり、明確な目標を持っている者ほど、その分野において急成長を見せていた。


 WoF風に言い方を変えれば、他の者達はアタッカー型やタンク型などに特化したステータスやスキルの習得を目指していたのに対し、彼はどんな型にするのか未だ定まってはおらず、何にでもなれるように基盤を充実させるばかりで、多方面で劣る事に悩んでいた。


 両親からも、将来のことについて聞かれるようになり、その都度曖昧な返事をしては衝突することも少なくなかった。所謂遅めの思春期に見られる反抗期を迎えていた。


 その頃、プログラムや技術職を目指す友人の間で流行っていたゲーム、“WoF“に興味を持った彼は、時間を見つけては息抜きがてら、もう一つの世界に浸っていた。


 そんな中で出会ったのが、最新鋭の技術を用いてライブを行うアイドルだったのだ。その頃、人気のWoFの中でも双方の宣伝という意味で活躍していたアイドル、ゆっきーこと岡垣友紀が、彼の人生を大きく変えていく事になる。

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