靄に咲く火花

 黒い靄を操る男、イルの不可解な移動能力の秘密の手掛かりとなる情報を手に入れたシンは、蒼空や親衛隊の一人で、イルによる記憶操作から解放され、遅れて参戦したケイルの盾に守られながら、戦場を離脱する。


 障害を取り除かねば、後を追えぬと判断したイルは、そこで初めて武器を手にする。男の手の周りに現れた靄の中から取り出したのは、周りの光を一切反射しない、真っ黒に塗り潰されたかのような異様な刀身の刀、黒刀と呼ばれる業物だった。


 これまでがまるで遊びだったと言わんばかりのセリフを吐いたイルは、物理的な距離が一番近い天臣へと急接近し、斬りかかる。


 同じ刀をメイン武器とした二人の斬り合いは、男がばら撒く黒い靄の中に激しい火花を散らす。


 細く鋭い刀身同士がぶつかり合う度に、イルの黒刀からは黒い靄が煙のように発生する。連続した打ち合いをすると、黒刀は闇に紛れその軌道が見えづらく、天臣を苦しめた。


 「くッ・・・!刀身を闇に隠すとは・・・!」


 「卑怯だなんて言うなよ?環境や能力を活かすのは、戦いの基本だろう。自分に有利なフィールドを作り上げるのも、また然り!」


 鍔迫り合いをしながら近づき、言葉を交わす二人。イルの言う通り、これは卑怯でも何でもない戦いのセオリー。


 だが、手を合わせることで天臣が感じていたのは、男の能力の恐ろしさよりも、その見事な太刀筋にあった。まるでこちらがメインクラスなのではと疑うほどに、侍のクラスである天臣と互角以上の戦いを繰り広げる。


 刀を弾いたイルは身を屈め低い姿勢を取ると、剣先を地面に滑らせるように素早く一回転し、斬り上げの一撃を天臣に差し向ける。


 迎え打たんと刀を振り下ろす天臣だったが、受け止めようとしていたイルの刀身にタイミングを合わせるも、突如予想だにしていないタイミングで刀が別の何かに接触した。


 振り下ろされた天臣の一撃は、その何かに止められ、直後に迫ったイルの黒刀によって激しく上に弾かれてしまう。


 「なッ!?何ィッ!!」


 「目に見えているものにだけに気を取られてちゃぁ、剣士としてまだまだだなぁ・・・!」


 先程の斬り上げの一撃の軌道を辿るように、イルの振るった一閃が再び戻って来る。が、イルの黒刀はその瞬間に、地面に引っ張られるようにして地に落ちる。


 あまりの重さに、咄嗟に黒刀を手放すイル。刀は地面に触れる瞬間に靄へと変わり、音もなくイルの黒刀は消え去った。


 無言で黒刀の残した靄に視線を送るイルに対し、背後に近づいていた蒼空が黒い靄の中からスッと現れ、回し蹴りをイルの頭部目がけて放つ。


 イルの黒刀を地に落としたのは、蒼空の重力を操る能力によるものだった。


 蒼空の回し蹴りを察したイルは、振り返る事もなくそれを裏拳で受け止めると、反対の手で再び靄の中から黒刀を引き摺り出すと、蹴りを弾かれ体勢を崩す蒼空へ向けて斬り掛かる。


 「マジかよッ・・・!」


 蒼空の弾かれた足が地面に到達するよりも先に、イルの黒刀は彼の身体へと斬り掛かる。避けることは不可能だった。蒼空が辛うじて出来る抵抗といえば、可能な限り傷を浅くする選択肢しかない。


 だが、彼の身体を支えるように、その後ろから何者かの手が蒼空の背中に触れる。すると、彼の身体を覆うように、黒刀が触れる身体の部位に分厚く強靭な鎧が現れ、イルの一撃を防いで見せたのだ。


 「無策で飛び込むのは危ねぇっスよ、蒼空さん!」


 彼の背中を支えたのは、親衛隊のケイルだった。ディフェンダークラスの彼の能力で、仲間にも耐久を上げるバフ効果を与えられる。


 後退する蒼空とケイルを追撃しようとするのも束の間、二人に気を取られ背を向けたイルのガラ空きとなった背中に、すかさず斬り掛かる天臣。


 彼らの見事な連携により、天臣の一撃は綺麗にイルの身体を捉える。


 しかし、引き際を弁えていたイルは、このままでは天臣による追撃を避けられぬと、先を読んでいた。


 蒼空へ放った一撃の体勢のまま、男は天臣の繰り出す攻撃に合わせ、身体を靄に変えてその場から消え去った。


 イルの形を象っていた黒い靄は、天臣の背後に回るように移動していく。データ化による瞬間移動とは異なり、移動先が視認できる為、天臣も攻撃を命中させた後、靄を正面に捉えながら蒼空達と合流するように退く。


 三人と対面するように、再び姿を現すイル。戦いは一度仕切り直され、ケイルは二人に防御力を上げるバフを付与し、戦闘に備える。


 蒼空と天臣に加え、ケイルの戦闘スタイルを学習したイルは、厄介な能力が加わった三人をどう切り崩すかの策を考える。


 数では蒼空達が有利だが、戦場の地の利はイルにある。撒き散らした黒い靄はイルの攻撃のみならず、その姿さえも覆い隠す。


 「お二方の防御力を上げておきました。これで多少の無茶も可能になるかと思いますよ」


 「ありがとう、ケイル。俺は天臣さんのサポートをします。多分、正面切って奴とやり合えるのは天臣さんだけでしょうし・・・」


 「分かった。なら二人には援護を任せる。あの男の相手は私がしよう」


 一歩前へ出る天臣の様子から、手合わせをするのはやはりこの男かと、黒刀を握りしめるイル。彼の動きに合わせ数歩前に出る。


 互いの間合いに入った二人は、それぞれ戦闘態勢に入る。天臣は抜刀術の構え。イルは体勢を低くし、大きく左足を後ろに下げながら上半身を捻る。刀を握る手元が見えぬ独特の構えを取り、呼吸を整え睨み合う。

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