人の衣を纏ったモンスター
嘗ての友人の姿と現在の姿を擦り合わせるように、友紀の目には二人のなぎさの姿が映っていた。
一人は学生時代、共にアイドルを目指し夢に向かって輝いていた頃の姿。そしてもう一つは・・・。
「貴方・・・貴方はもしかして・・・」
先に口を開いたのは友紀の方だった。どうやら自分の顔に心当たりがあるのを悟ったなぎさは、帽子を取りゆっくりと彼女へと歩み寄る。
「へぇ~、驚いた・・・。とっくに忘れてんのかと思ってた」
「忘れない・・・忘れる訳がないじゃないっ!だって私達一緒に・・・」
友紀が久しぶりに会った彼女に、いつも心の支えになっていたということを伝えようとした時、それを遮るようになぎさが口を開く。
「一緒じゃねぇだろ?アンタとアタシはまるで別物。どうせアンタも、競争に埋もれたアイドルの成り損ないの事なんかどうでも良かったんだよなぁ!?」
「そんなことッ・・・!!」
「あるだろ?アンタは“アレ“以来、アタシに一度だって連絡をよこさなかった。今の今までね・・・」
彼女がなぎさへ連絡を取らなかったのは、そんな理由からではなかった。
初めは確かに、自分だけがスカウトされアイドルへの道を一歩先に行ってしまった事、夢を恥ずかしげもなく語り合える親友を置いて行ってしまった事への後ろめたさもあった。
だがそれ以上に、彼女はなぎさのことを信じていた。彼女ならばいずれ追いついて来る。彼女ならば自分を追い越し、同じステージへと上がって来る筈。
友紀の辛い時期に彼女を支えたのは、他でもないなぎさの存在があったからだろう。こんなことに挫けている間にも彼女は・・・。そう思うことで、友紀の心を奮い立たせる希望となっていた。
しかし、それは友紀が勝手に作り出していた幻想の姿に過ぎない。現実は彼女の想像とは全く別のものだった。
アイドル像とはかけ離れた、まるでギャングタウンのゴロツキのようなパンクファッションに、僅かに見える首や足の素肌にはタトゥーのようなものが刻まれていた。
「私・・・私は貴方もアイドルを目指しているものだとっ・・・」
悲痛な声でなぎさに想いを伝えようとする友紀。だが、大人気のアイドルとなった今の彼女がそれを口にしても、今のなぎさには皮肉にしか聞こえなかった。
「そんなくだらねぇモン、直ぐにやめたよ・・・」
「どうしてッ・・・!?」
「どうして・・・?アンタみたいにとんとん拍子にアイドルになれちまったような奴には、アタシの苦労や苦痛なんて分からないだろうねぇ・・・」
視線を逸らす彼女の様子から、本当はアイドルになりたかったのだという想いが伝わってきた友紀は、あの日以来、空白となったなぎさとの関係の間に、一体何があったのか知りたくなった。
「ねぇ、何があったの・・・?」
なぎさは話すべきか少し迷った後、ここに友紀と会いに来た目的を思い出し、この際全てを話しておこうと、友紀がスカウトされた後の日々を、何一つ包み隠さず明かした。
あれから何度も、一人でオーデションを受けたこと。友紀との劣等感に押し潰されてしまった事や、緊張で声が出なくなったり身体が動かなくなってしまった事。
心ない言葉を周りから浴びせられ、人間が怖くなり引きこもってしまっていた事や、強姦に襲われ命の危機に陥った事。
そして、人生のどん底でとある人物に会い、世界が変わった事を・・・。
「あの人・・・なぎさの知り合いだったの?」
友紀の言葉を聞いて、なぎさは少し驚いていた。今までイルが、故意にその姿を晒していた時意外に、イルの姿は誰にも見えていなかったからだ。いや、正確には彼女は、イルを視認できる人物を知らなかったのだ。
なぎさの目的の為に動いていたイルは、その目的を果たすまでの過程を彼女と共に過ごしてはいなかったからだ。
いつもイルが行動を起こす時は、一人で行っていた。そして目的を成す時にだけ彼女の前に現れ、その後なぎさが望んだ事の成り行きを、共に共有してきた。
つまり片桐なぎさは、WoFのユーザーの間に起きている異変のことを知らず、覚醒者と呼ばれる者の存在すら知らないのだ。
何故、イルの姿が見える人間と見えない人間がいるのか、そのカラクリを直接彼に聞いたこともあった。イルは特に隠すこともなく彼女に話した。
自分はこの世界の者ではない事。世間の者達が自分の姿を見ることが出来ないのは、その者達にはその力がないという事。
そして、何故なぎさには見えているのかという事を。引きこもっていた時代に作った、流行のWoFのアカウントは持っているものの、シンや友紀らのように覚醒もしていない彼女が、どうして異世界の漂流者であるイルの姿が見えるのか。
友紀に全てを話していく中で、突然なぎさが言葉に詰まる場面があった。
それは、イルと出会ってから彼女が何をしていたかという事だった。
「貴方はそのイルって人と、何をしてたの?どうして・・・普通に会いに来てくれなかったの?」
友紀の純粋になぎさを心配する言葉に、彼女の中に残された僅かな良心が叫び声を上げている。胸の奥で彼女の心を叩いているのを感じた。
しかし、その今にも消えてしまいそうな叫びでは、なぎさの心を動かすことは出来ない。全てを話す覚悟を決めて来た彼女は、イルと共に果たしてきた目的を口にする。
「・・・復讐だよ・・・。アタシのこと馬鹿にして!見下してッ!人として扱おうとしなかった連中への報復ッ!裁きッ!当然だよねぇ!?人の痛みが分からないんだもん!だからアタシは、親切に教えてやったんだよ。アタシが受けてきた苦痛や屈辱、絶望を一人一人に・・・」
友紀は淡々と話す彼女の言葉と様子に込められた怒りや憎しみに、思わず背筋が凍りついた。その話から、なぎさとイルが一体何をしてきたのか、大体の予想はついた。
それでも、友紀は直接彼女の口から聞くまで、その予想が間違いであると願っていた。嘗ての優しかった彼女はそんなことの出来る人間ではない。例え辛いことがあっても、彼女はそんなことをしないと信じたかった。
「教えたって・・・何をしたの・・・?」
だが、そんな友紀の希望も虚しく、悍しい言葉が彼女の口から溢れ落ちた。
「・・・脅して、拷問して・・・殺してやった・・・」
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