事件の当事者

 東京都セントラルシティの聳える、広大な医療施設。そこには都心にはあまり見ない自然豊かな緑の景色がある。しかしこれも、現代の技術によって生成された植物達であり、嘗て地に生えていたというものとは別のものである。


 建物は綺麗な状態で保たれている。技術の進歩は、こういった面では生活や歴史的財産を残すといった点において、大きな貢献に繋がっている。


 建築当時の様子を記録することによって、それを維持する為の清掃や修復が毎日のように機械によって行われている。


 白く美しい状態で保たれた施設に、明庵を乗せた車が到着する。車を降り、正面玄関から中へ入ると、広大なロビーへと出る。多くの人々が行き交い、病院という割には些か賑わっていた。


 「サイバーエージェントの出雲明庵だ。今日の高速道路で起きた事件で搬送されてきた患者と面会したい」


 受付のカウンターに設けられたモニターに映し出される、何処か機械的な表情を浮かべる女性AIに事情を話す明庵。サイバーエージェントは医療関係とも提携しており、彼らの個人データも共有されている為、認証が済めば簡単に中へ入ることが出来る。


 「認証を確認。サイバーエージェントの出雲明庵様、ようこそいらっしゃいました。中へお入りください」


 奥へと繋がる扉がスライドし開く。向こう側が綺麗に見えるほど薄いガラスの扉に見えるが、最新鋭の技術で強化されたガラスであり、銃弾程度であれば割れることのない素材が用いられている。


 通路の壁に設置された端末に、自身のスマートフォンをかざす明庵。病院内のデータを移し、高速道路で消えたバイクの持ち主である患者の病室が表示される。


 院内図のナビに従い、長い廊下とエレベーターに乗り、目的の病室へと辿り着く。扉の横に複数の名前が表示されている。その中にバイクの所有者と思われる人物の名を見つけ、ボタンを押す。


 インターフォンのようなシステムが設けられており、特定の人物のベッドに、来客が来たという知らせが届く。それは同室の者であれ聞こえることはない。それぞれの患者への配慮が、より充実した環境となっている。


 ベッドに備えられた端末から、来客の映像と開示可能な個人データも見ることが出来るため、患者側にも相手を選べるということになる。


 サイバーエージェントは、民間人にも身近な機関であり、それなりの信用もあるため、警察が面会に来るというよりも警戒どは低くなる。患者への余計な負担も少なくなる。


 患者による了承が得られたようで、病室への扉が開く。部屋自体は複数の患者と共有だが、中ではそれぞれのスペースが区切られており、曇りガラスによって中の様子は見えないようになっている。


 ガラスの仕切りに患者のデータが表示されている。弥上奨志やがみ しょうじ。大きな外傷はないものの、事故の衝撃で気を失っており、体内への影響はないか精密検査及び、メンタル面での治療が行われているようだ。


 仕切りに設けられたモニターにアクセスし、弥上へのコンタクトを図る。扉のロックが外れ中に入ると、ベッドに横になる弥上の姿があった。


 「サイバーエージェントの人?警察の次はアンタ達か・・・」


 「出雲明庵という。警察もここへ?」


 どうやら明庵が来る前に、警察の関係者が彼の元を訪ねていたようだった。彼も聞こうとしていた、事件の様子を聴取され、弥上はその時体験したすべてのことを話したのだという。


 それを聞いた明庵は、スマートフォンで警察の捜査ファイルへアクセスし、弥上奨志に行った事情聴取のデータを調べる。


 「何?また事故のこと聞きに来たの?もう散々話したよ。これ以上ないってくらいにね」


 「そうか、事故の概要についてはよく分かった。しかし私が聞きたいのは、事故のこととは少し違う。君がバイクから転落した時の話だ」


 彼は、自身のバイクが現場から無くなっていることは既に警察側から聞かされ知っていた。ショックを受けていたものの、高速道路から下へ落下してしまったものとして捜索していることを告げられたそうだ。


 「何か・・・自分の力とは別のものを感じなかったか?」


 「別のもの・・・?」


 聴取に訪れた警察達とは、明らかに様子の違う明庵に動揺し始める弥上。しかし、淡々と事故のことを聞いてくる警察の聴取の時とは違い、少しだけ警戒心を解いたのか、当時の記憶を呼び起こそうと必死に考える。


 「弥上さんの運転には問題がなかった。バイクに組み込まれたアシスト機能やシステムデータにも異常は見受けられなかった。要するに、ハッキングによる第三者の手は入っていなかった。目の前で大きな事故が発生したとはいえ、貴方の運転には問題は見当たらない。だから妙なんだ・・・」


 「妙・・・?一体どういうことだ?」


 「もし良ければ、事故当時の弥上さんの記憶をスキャンさせてもらいたい。勿論、スキャンしたデータは貴方にも開示する」


 「スキャンって・・・どうやって?」


 「これだ・・・」


 そういって明庵が取り出したのは、一見普通に見える小型のドローンだった。


 「直接貴方に何かする訳じゃない。ちょっとだけあなたの側でこれを飛ばさせてもらう。それだけだ」


 「それだけで俺の記憶がスキャン出来るって?ホントかよ。まぁ、飛ばすくらい構わねぇよ。確認もさせてくれんだろ?」


 了承が得られて、僅かに口角を上げた明庵が黙って頷く。そして改造ドローンを病室内の彼のスペースで飛ばし、彼の脳波から得られた情報と高速道路にあるカメラとの映像を照らし合わせる。


 「貴方がバイクから投げ出される時、僅かに動揺とは別の感情が読み取れる。何か・・・不思議な様子といった疑問を抱いた時に出る反応だ」


 「わっわかんねぇよ!事故ってビックリしてさ、それどころじゃなかったんだ。何かに驚いたなんて覚えはないと思うけど・・・」


 「ならば単刀直入に聞く。何かに身体を引っ張られたりしなかったか?」


 弥上は寧ろ、明庵の発言に驚いた。明庵の見せた高速道路の映像には、弥上が点灯するところが映し出されていたが、その周りに彼に触れられる者など何処にも見当たらない。


 こんな状況下で誰かを掴もうと接近すること自体、考えられないことだ。現に誰もいないことは、明庵自身が見せた映像が証明してしまっている。


 「はぁ!?何いってんだ、誰もいないだろ?ほら!あり得ない!誰かが俺を掴むなんて」


 彼の反応は至極真っ当なものだ。何もおかしなことは言っていない。二人の会話を聞いたら、きっと誰もが明庵の方がおかしなことを言っていると思うだろう。


 だがこれが彼の追うものの存在であり、この世界に起きている“異変“なのだ。まだそれは、多くの人間にとって認知できないものではあるが、慎のように何か知っている者はある一定数存在している。

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