後に残ったもの

 その光景は宛ら、真紅の薔薇が一瞬にして咲き誇り、そして花弁を散らしていく。そんな悍ましくも美しいとさえ思える程に、圧巻な光景だった。


 その肉塊の中にどれだけ詰まっていたのか、ドロドロと赤黒き血飛沫を周囲に撒き散らし、力なく水面へ落ちた大型モンスター。薄暗い下水道の中でも、その周囲の水がどんどんと血で染まっていっているのが分かった。


 「肉ダルマには、脳みそなんて代物は詰まってなかったようだな。いくら外側を固めようと、内側はこんなにも脆いモンなんだな・・・」


 全身を巡っていた緊張の糸が解けるように大きな息を吐く朱影。


 しかし、仕留めたと思ったはずの大型モンスターはまだ生きていた。水中に沈んだと思われたその巨体は、真っ赤に染まる水面から顔を出す潜水艦のように浮き上がり、大口を開けてその痛々しい姿を現した。


 「なッ・・・!まだ生きてッ・・・!?」


 大型モンスターはそのまま下水を含んだままの大口を広げ、その体内から押し寄せる何かを一気に噴き出した。


 まるでブレスのように噴き出す、血液と下水の混ざったような吐瀉物。衛生的にも、毒や酸が含まれている可能性を考え、咄嗟に天井に突き刺さったままの槍を掴み、高い場所へ避難する朱影。


 波のように通路を飲み込み、そして水路の方へと引いていく。後に残ったのは、いつ口にしたものか何かの残留物が通路に取り残されていた。


 体内のものを威勢よく吐き出した大型のモンスターは、そのまま水中へ潜ることなく、もがき苦しむように通路へあがろうとしていた。体表から伸びた人の腕のようなものが、ガリガリと通路を引っ掻いているも、力が入っていないのか、引っかかることはない。


 肥えていた身体は、吐き出したことにより小さく萎んでいき、伸びていた腕も徐々に細くなっていっては、ボロボロと塵へと変わる。その度に新しい腕が生えてくるも、どれも同じ末路を辿っているのを繰り返す。


 弱っているのは誰の目にも明らかだった。これ以上の快進撃は見込めない。そう思わせる弱り方だった。


 「んだよッ・・・悪あがきか。驚かせやがって・・・」


 天井が欠け、破片が通路へと落ちる。残留物の残る通路を転がりながら、水中へ転がり落ちると、欠片は解けるように煙を上げて沈んでいった。


 この事からも、強い酸性のものであったことが伺える。槍から手を離し、通路へ降りてきた朱影は、僅かに動く残留物へと近づく。モンスターが水中で口にした生き物だろうか。まだ微かに生きているようだった。


 だが、不足の事態に対処しきり安堵していた彼を、全く別の衝撃が襲う。


 通路に残された残留物。辛うじて動いているだけではなく、耳を澄ますと何か音を発しているのだ。終わったことにこれ以上関わる道理も必要もないはずだったが、困難を乗り越えた余韻からか、不思議とその音に興味を惹かれた朱影。


 ゆっくりと歩みより、その音に耳を傾けると音はただの物音ではなく、意味を持った人の言葉だったのだ。


 「タス・・・ケテ・・・タス・・・」


 それが人の言葉だと分かった瞬間、彼の背筋に悪寒が走った。ヘドロに塗れた残留物を確かめようと、槍の先端で小突いてみると、向きを変えた固形物の中に、人の頭だった物らしき塊と目があった。


 思わず後退りする朱影。一歩後ろへ引いた足底に、何か固いものを感じて振り返る。


 「ニゲ・・・ニ・・・ニゲッ・・・」


 そこには同じく、人だった物らしき固形物があり、朱影に何かを訴えるようにヒクヒクと動いていた。大型モンスターの腹の中には、幾人もの人間が入っていた。


 それを主食としていたかどうかは定かではないが、こんなところに人が来るなど考えづらい。それこそ街中へ出ない限り、食料に困るだろう。


 それとも、これほどまでに身体が肥大化する前までに口にしたものか、或いは誰かがこの下水道へ人を送り込んでいるのか。


 何にせよ、このモンスターは街中にいるただのモンスターとは違うようだ。


 「な・・・何だってこんな奴が地下に・・・?帰ったら白獅に伝えねぇとな」


 通路の至る所から聞こえてくる声を聞かないようにして立ち去る朱影。このままここに居ても、彼らを助けることも出来ない上、精神を病んでしまいそうになる。


 みるみる萎んでいく大型のモンスターを尻目に、彼は通路を進み施設を目指す。


 その道中、何とか囮となって消えたシンに連絡を取ろうと試みるも、彼に通話が通ることはなく、取り敢えず第一の目的である電力の復旧を急ぐため、現地で合流しようとメッセージを送り、先を急いだ。

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