今、できる事
慎が自身の中に芽生えた違和感を感じている内に、外では朱影がバイクを手に入れ、跨ったバイクが徐々に彼らにも視認できるようになっていった。すると彼は一旦速度を落とし、路肩の方へ向かうと何か見えぬものを道路に置いていた。
そのまま朱影は、どこで身につけたのか分からない運転技術で、巧みに機械獣の群れに入り込み、構えた手の中に現れた槍で機械の獣を一体ずつ串刺しにし、数を減らしていった。
関節部を見事に貫かれた機械獣は、バランスを崩しその場で派手に転がると、後方の方で大きな爆発を起こした。並走して走る機械獣の体当たりを急ブレーキでやり過ごし、仲間同士で潰し合わせる。
たった一人の男が群れに混じっただけで、機械獣達は徐々に数を減らしていく。しかし、鉄の塊の目的は慎達の部隊の壊滅。
数体は朱影の迎撃にあたり、何体かは彼との戦闘を無視して慎達の乗る車を直接狙いに行った。
「チッ・・・!おい、そっち行ったぞ!」
朱影の活躍で、戦闘不能となった機械獣が爆発を起こすということは即ち、現実の世界、慎が日常生活を送っていた世界の誰かが巻き込まれ、命を落としているのだと考える。
その度に心臓の鼓動は早まり、何かに握りしめられているような緊張感が走る。今の爆発で、何人かの命が失われたのだろう。そう考えると、自分のやるべきことへの集中力が散漫になってしまう。
黙る慎の様子を見て、瑜那はまた余計なことを考えているのではないかと思い、言葉をかける。未だに迷っているであろうことが分かってしまう程、感情が漏れ出している。
「我々が何かしなくても、彼らは命を落としますよ。追って来ている連中は、そんなことお構いなしに攻撃を仕掛けてきます。貴方も見てきたのでしょ?我々の目の前で、知らないところで、人は大勢死んでいます」
「・・・何で突然そんなことを・・・」
「まだ迷っているように見えたもので。余計なことは考えず、目の前のことをこなしていきましょう。考えるのも悩むのも、命あってこそのものです」
少年の言葉に、あちらの世界でキング暗殺へ向かう時のデイヴィスに言われた言葉を思い出す。彼も今の瑜那のように、全く同じような言葉を慎にかけていた。
余計なことを考え“今“の妨げとなるのなら、やるべきことを果たして後悔すればいい。今やるべきことは、今しか出来ないのだから。
「それ・・・あっちでも同じこと言われたよ。世界や環境は違えど、俺は同じ何だな・・・。変わらないと。これはそのきっかけなのかもしれない!」
それを機に、慎の運転技術は見違えるように向上した。何度も行われた少年達のアシストのおかげで、どのくらいハンドルを切れば車体がどれだけ傾くのか、理屈ではなく身体で覚えたのだ。
WoFの世界で例えるのなら、これが経験値というものだろう。それはアシストをしていた少年達にも伝わっていた。それまで力を込めて制御していた車体が、多少の力で体勢を整え始めた。
「・・・やるねぇ、旦那ぁ」
「どうやら吹っ切れたようですね」
この分ならアシストは一人で十分だと、瑜那は宵命に後のことを任せ、彼は警備ドローンのハッキングや機械獣の妨害工作に集中した。
操縦権を掌握した警備ドローンを使い、搭載された機銃で機械獣を狙い撃つ。銃弾は弾かれるものの、鉄の獣達はそれを嫌がり移動する。
しかしその先には、現実から引っ張り出したバイクに跨る朱影がいた。狙いやすいところへ飛び込んでくる機械獣を、彼の鋭い槍が貫く。
複数の警備ドローンによる援護射撃により、機械獣達を朱影の狙いやすい位置へ誘導させる瑜那。そして逆に、朱影の隙を突こうとする獣を妨害し、彼が攻撃に集中できる環境作りをしていた。
「ナイスアシスト!これなら攻撃に専念できるぜ」
「いい感じに回りはじめましたね!これなら振り切れそうです」
あれだけ数の多かった機械の獣も、その数を徐々に減らしていき、慎達にも余裕の色が見えはじめた。
この調子でいけば、いずれ近いうちに追手を始末できる。そう思っていた矢先の事だった。
直接機械獣を攻撃していた朱影が、とある異音を聞き逃さなかった。
「ッ・・・!?何の音だ、これは」
攻撃の手が緩み、回避行動の多くなる朱影の様子を見た瑜那が異変に気づく。
「・・・?朱影さん、どうしたのでしょう。辺りを気にしてるようですが・・・」
ミラー越しに見た慎の目にも、キョロキョロと辺りを見渡す朱影の様子が見て取れた。それはまるで、何かを探しているようでもあった。
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