祈願の為の礎

 最初に慎の視界に映し出された光景は、何処かの船の上だった。今の慎にとって、寧ろその景色の方が見慣れた景色になっていた。


 周囲からは空気を震わせる大砲の音と、鉄同士が激しくぶつかり合う音が、その時の光景をより鮮明に思い出させる。


 船上で戦う者達の格好を思い出すのに、少しばかりの時間がかかった。それほど多くの者達を目にして来たのだ。だが、共に戦ってきた者達の姿を忘れるはずがない。


 白獅らアサシンギルドの装置によって蘇るのは、グレイス海賊団と彼女が持つ“アストレアの天秤“を狙うロッシュ海賊団との戦いの光景だった。


 グレイス・オマリーは、裁定者という特殊なクラスを保有していた。そのクラスは特定の条件を満たした上に、ロッシュの狙っていた“アストレアの天秤“というアイテムの所持が必要不可欠となる。


 条件が厳しいクラスということもあり、通常の上位クラスよりも強力なスキルやステータスを有している。


 彼女の場合、どんなに悪条件の中でも裁定者のスキルによりステータスの差や現在の身体状態、周囲の条件などその全てを平等で公平な条件へとすることが出来た。


 「ここまでは普通だな」


 慎の記憶を映像データへ変換し見ていた朱影が、言葉を漏らす。WoFの世界観や設定、クエストや登場人物などのデータベースへアクセスしていた二人の少年も、これまでの映像内で疑問に思う点はなかったようだった。


 対し、ロッシュ・ブラジリアーノは戦闘ではあまりお目にかかることのない珍しいクラスであるパイロットと、シンのアサシンにも近いトレジャーハンターのクラスに就く、ダブルクラスの海賊だった。


 彼は後にシン達が戦うことになるロロネーと組み、クラスそのものの未知なる力を引き出す実験を、生きた人間から死体まで、非人道的なことを繰り返し行なっていた。


 その結果としてロッシュは、パイロットのスキルで生き物を僅かだが操る術を手に入れる。


 「どちらもデータ上にある人物のようだな」


 「えぇ、グラン・ヴァーグという港町でのイベントによっては、このロッシュやロロネーという者達に加担するルートもあるようですが・・・」

 「偶然、このルートを選んだってわけっスね」


 プレイヤーによってクエストの進行内容が異なるマルチストーリーで描かれるWoF。


 今回シン達は、グレイスやチン・シーと友好関係を結び、レースへ臨むルートとなった。だが、少年らが言ったようにイベントの選択によっては、ロッシュやロロネーらと手を組み、味方としてグレイスやチン・シーらと戦うルートも存在していた。


 しかし、ルートによって難易度は大きく異なり、非人道的な者達や悪事に身を染める者達とのルートは、敵対する者や組織が多くなり非常に困難な道のりとなる。


 「だが、このロッシュはデータベースにない能力を身につけていたようだ」


 「このパイロットの能力ですね」


 「あぁ。パイロットというクラスに“生き物を操縦する“能力なんてものはない。つまり・・・」


 白獅と少年達の会話を聞いていた朱影も、興味を示したかのように壁に寄りかかっていたのを止め、映像の方へと歩み寄る。


 「これがあっちの世界で言うところの“異変“ってやつか・・・」


 「これを調べることで、我々が元の世界へ戻る手掛かりへと繋がるかも知れない。この世界に起きているとされる“異変“は、全てWoFというゲームに関係している。ならば我々の転移にも、何らかの関係があると見て間違いないだろう」


 彼らアサシンギルドの者達も、目的は本来あるべき世界へ戻ること。慎達のように別の世界へ行き来できるわけではない彼らは、情報を得るために各地で仲間を探し、WoFのユーザーを保護し戦いを教える。


 そして調査員としてWoFの世界へ送り、こうして見てきた光景を映像データとして記録し保存してきた。


 中には、命を落としてしまった者達の最期の光景も多くあり、彼らが挑んでいたクエストの一部には、データベースにない異例の事態が起こっていた。


 そして今回、慎の映像の中にあった異例の事態にも同じ反応が見て取れる。しかし、慎の見て来た映像にはまだ先があり、これまで以上に貴重なデータを彼らにもたらすこととなる。

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