World of Fantasia

夜景に潜む異形

　サイレンの音が聞こえてくる、とある都会の風景。空には月明かりに照らされた雲が見え、地上には昼夜問わず働く人々の暮らしの明かりが、まるで満天の星nのように煌めいている。

　人が栄えている都心部ではよく見かける景色の中、建設途中のビルの中から男の荒い息遣いが聞こえてくる。それは何かに怯えるような声を漏らしながら、必死に何処かへ身を隠そうと走っていた。

　「何だッ・・・何なんだよ、あいつは・・・！」

　物陰に身を隠し身体を小さく丸める。息を殺すように両手で口を塞ぎ、物音を立てぬよう細心の注意を払う男。小刻みに身体を震わせながら、何かが去るのを待っているようだ。

　しかし、男の願いは叶えられる事なく、その何かは男の予想外のところから姿を現し、絶叫を上げさせた。男の逃げてきた方向とは、真逆の方から姿を現したもう一人男。

　その男は怯える男から何かを奪い取りながら、強烈な蹴りで男を鉄骨まで吹き飛ばす。背中を押さえ悶え苦しむ男を尻目に、もう一人の男は奪い取った何かをじっと見つめている。

　青白い光を発するそれは、男の顔を照らし出す。男の手にしている物は、スマートフォンだった。手の中に収まるスマートフォンの液晶を眺める男の視線は、忙しなく画面の下から上へと繰り返し往復していた。

　「おッ・・・俺のスマホッ・・・！何してんだ、返せッ！」

　苦しむ男の言葉になど耳を貸す事なく、スマートフォンを手にした男の袖からは何かがもぞもぞと蠢くように手のひらの方へと向かっている。そして袖から現れたのは、蜘蛛の形を模して作られた小さな機械だった。

　機械の蜘蛛は、足の一本を変形させて男のスマートフォンへと差し込む。何かを読み込んでいるのだろうか、機械の蜘蛛はパソコンのように細かな機械音を奏でている

　「何してんだよ・・・。やめろって！」

　ふらふらしながらやっとの思いで立ち上がった男が、近くにあった鉄パイプを握りしめ奇妙な男へと殴りかかる。

　すると、男の振りかざした鉄パイプは瞬く間に輪切りにされ、足元には鉄のリングとなったものが甲高い音を立てながら、バラバラと転がり落ちていった。

　「ひぃッ・・・！」

　さっきまでの威勢は何だったのかというほど、情けなく手にしていた鉄パイプを放し再び頭を守るようにしながら離れていった。

　「雑魚が喚くな・・・！すぐにテメェも楽にしてやるよ・・・」

　威嚇するように鋭い眼差しを向ける不気味な男。その押し潰すような低い声に圧倒され、命の危機を悟った男は奪われたスマートフォンを諦め、その場を去るように逃げていく。

　それを見たもう一人の男は、スマートフォンから何かを読み取っている機械蜘蛛の足を一本を引き抜き、まるでスナイパーライフルから放たれた弾丸のように、逃げる男の太ももを貫いた。

　「あ“あ“あ“ぁぁぁッ！！」

　悲痛な叫びをあげる男だったが、その声は夜の街を走る車の音や工事の音にかき消され、誰かに届くこともなかった。

　「チッ・・・！足を狙ったのが間違いだった。クソがッ！」

　独り言を呟きながら、足早に倒れた男の元へと向かう。そして、足を押さえながらのたうち回る男の元にまでやって来ると、何も言わず倒れる男の心臓部へ手を突き刺した。

　直後、倒れていた男の目は見開き、声を発しなくなった。まるで壊れた人形のように目から光が失われ、身体からは力が抜けていく。ぐったりと倒れる男はピクリとも動かない。

　「初めっからこうしておきゃ良かったぜ・・・」

　乱暴に引き抜いた男の手には、何故か血液が一切ついていなかった。人間の身体を突き刺しておきながら、その手には在るべきものがない。男が一体何をしたのか。

　心臓部を貫かれた男は意識を失い、魂の抜けた入れ物の人形のように倒れている。その傷跡は、まるで割れた液晶画面のようにブロックノイズが残っている。

　貫いた男は、床に突き刺さった機械蜘蛛の足を拾い、もう片方の手の上でスマートフォンから何かを読み取る機械蜘蛛にくっつけた。すると、丁度読み取り作業が終了したのか、コードを外した。

　そして、その男の前にホログラムの映像データを投影する。人の形をしたそのホログラムは、解析されているかのように全身図をゆっくりと回し、その周囲にいくつかの文章が表示されている。

　「・・・こいつもハズレ・・・」

　そう呟くと、機械蜘蛛は映像を中断し、袖の中へと戻っていく。男は手に残された奪い取ったスマートフォンを握り潰し、まるでお菓子でも食らうかのように、上を向いて大きく開けた口の中へと放り込む。

　その口は耳元まで裂け、凡そ人間のものとは思えないほど大きく開き、鋭く尖った肉食獣のような牙を覗かせた。