灼熱の炎と極寒の氷
引火した船体は轟々と燃え上がり、突き刺さった槍を炭へと変える。あまりの熱量に近付くことすらままならなくなったロイクの竜騎士隊は、一度距離をとり様子を伺う。
「野郎ッ・・・!自分の船に!?」
炎に覆われたジャウカーンの船は速度を落とし、徐々にエンジン音を小さくする。よもや自ら自爆したとでもいうのだろうか。ロイク含め、竜騎士隊の面々も手をこまねいている。
すると突然、炎上していたジャウカーンの船が急発進し始め、周囲を取り囲んでいた竜騎士隊の包囲網を突破する。意表を突かれた彼らは、急旋回し火の粉を散らして走り抜けるジャウカーンの船を追う。
「どういうことだ!?突然加速しやがったぞ・・・!」
「あれで生きてるとでもいうのかよ!?それ以前に、どうして船が壊れねぇ?」
隊員達の口にする疑問は最もだった。だが今は、それでもエイヴリー海賊団の本隊を追うジャウカーンを止めなければならない。
暴走する船に向かって、先陣を切るようにロイクが槍を放つ。軌道は正確、見事な偏差射撃を決めたロイク。槍は炎を貫き、船体へと突き刺さろうかという刹那、矛先から黒く変色し灼熱の炎を纏うと、瞬く間に灰へと化した。
「ざんね〜ん!そんな生っちょろい攻撃じゃぁ、俺は止めらんないよぉ?」
「冗談じゃねぇぞ・・・。こちとら全力だってのッ!」
ジャウカーンの挑発とは裏腹に、既に全力で槍を放っていたロイク。しかし、先程の槍による攻撃を観察するに、物理的な攻撃では彼の走りを止めることはおろか、邪魔することすら出来ない。
他の隊員達がロイクに続き、何度も何度も槍を投擲していくが、どれも船に届くことはなく、鈍色の灰へと変わり散っていく。
かといって、ドラゴンのブレスではジャウカーンの炎を飲み込むほどの熱量には至らないだろう。下手を打てば彼の勢いを加速させることに繋がりかねない。炎の属性に同じ属性のものを撃つことは危険だ。
「息巻いて出て来ちまったが・・・どうすればいい・・・?」
手の内ようがなく、ただ炎に包まれるジャウカーンを追いかける事しかできないロイク。これでは追撃を振り払うという役目が果たせない。船長であるエイヴリーの前で、あれだけ啖呵を切っておきながら、何の成果も得られないのでは部隊長の名に傷がついてしまう。
「暑苦しい獣が私の道の邪魔をしておるようだな」
後方から、如何にもプライドの高そうな女性の声がする。ロイクにはそれが誰なのかすぐに分かった。つい先程まで、共に命懸けの巨獣戦を戦っていた戦友、氷の女王シャーロットだ。
海を凍らせて走る氷の馬車が、ロイクの後ろから近づいていた。
「貴方も、あの海を抜けられていたか」
「当然だ。あの程度、凍らせてしまえばどうという事はない」
会話を交わす彼女は、そのままロイクを追い抜き、そのまま大気に余熱を残すジャウカーンの船の軌跡を辿っていく。
しかし、一見して氷と炎では相性が最悪。シャーロットが追いついたところで彼を止めることなどできるのだろうか。だが、彼女のその表情からは不思議と敗北する未来は窺えない。
共に死線を潜り抜けた戦友として、ロイクは彼女に知り得た情報を共有するようにアドバイスする。
「気をつけろ。奴の炎は普通の炎ではない。何ものをも近づけさせない結界のようになっている。それに、貴方の氷では相性が・・・」
あたかも、このまま挑んだのでは勝ち目はないといった口ぶりに、シャーロットは鋭い視線を返す。彼女の怒りを買ってしまったかと一瞬たじろぐロイク。だが、すぐに彼女は片側の口角を上げて表情を一変させる。
「甘く見るなよ?エイヴリーの従者。私の力、その目にしかと焼き付けておくが良い」
速度を上げて海原を駆け抜けていくシャーロット。氷の上を滑り推進力を得た彼女がジャウカーンの船に近づくと、船を覆っていた炎がその燃え盛る勢いを徐々に弱めていった。
自身の船に起こる異変に気がついたジャウカーンが、後方を確認する。するとそこには、雪の降る海面を氷漬けにしながら氷の馬を走らせる、高貴な女の姿があった。
「アンタは確か・・・。ふ〜ん、俺の炎に氷で挑もうっての?いいぜぇ、そういう無鉄砲さ。嫌いじゃないねッ!」
シャーロットの周りに漂う極寒の大気に負けじと、ジャウカーンも火力を上げる。海上には炎の熱気で揺らめく景色と、一部だけ雪の降る極寒の気温に凍りつく海面の景色という、不思議な光景が繰り広げられた。
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